プロローグ
☆ ☆ ☆
「お前みたいな弱い奴は一族にいらない。今日限りでお前は赤の他人だ。……今すぐ消え失せろ」
たった今、俺は一族の長老から追放宣告が下された。
いつか、こうなると思っていた……。
……この世界にやってきてからずっと……俺は一族で弱い存在であった。
故に、常にいじめられていたのだ。
理由は単純だ。
俺はこの世界でドラゴンという種族に転生してしまったからだ。
ドラゴンといえばモンスターの中でも無類の強さを誇る事で有名であり、それはドラゴンに転生したこの世界でも同様らしい。
なのに俺は全く強くないのだ。
おまけに魔法も使えない上に魔力を溜めることができない。
魔力が多ければ多いほど、力が強くなるそうだ。
逆を言い換えれば、魔力が無ければ魔法を使うことができないので、魔力の無い者は必然的に役立たずとなる。
電化製品で例えるなら、電気が付かない初期不良品でありリコール対象商品に指定されていてもおかしくない。
なので俺は一族では全くと言っていいほど使えない上に、ドラゴンに転生してからはずっといじめを受ける日々だった。
長老からはストレス発散の為に頭を何度も殴られたりもしたし、同年代と思われる者達からも何かあれば石を投げつけられたり、隙あらば顔などを殴られる事は日常茶飯事。
唯一の楽しみは、彼らドラゴン達が人間から奪った金品のうち、役に立たないと判断して捨てた物の中から、使えそうな物を集めることだけだった。
使えない俺が、ここにいるのは一族にとって迷惑だったのかもしれない。
だから長老の言葉を聞いて思わず胸が高鳴りした。
ようやくこの場所から立ち去ることが出来るからだ。
どうしよう、嬉しさのあまり泣いてしまいそうだ。
思わずうれし涙がこぼれてしまうが、それを見た目の前の相手は更にイラついて声を荒げる。
「聞こえなかったのか!今すぐ出ていけ!」
「……はい、今までお世話になりました……さようなら」
頭をペコリと下げて俺は長老にお礼と別れの言葉を言う。
どんなに酷い事をする相手でも、世話になった以上はお礼の言葉はしっかり言いなさい。
それが母親の口癖だった。
母親の言葉通り、お礼と別れの言葉を言ってから直ぐに俺はこの場所を去ることになった。
荷物を持って出ていこうとした時、一族の者達が俺を見て唾や石を投げつけてくる。
「おっ、ようやく追放されたのか……足手まといがいなくなって気分がいいぜ」
「あばよ、二度と戻ってくるんじゃないぞ。戻ってきたら殺してやる」
「さっさとその腑抜けた面を見せるな。失せろ糞雑魚野郎!」
「一族のごくつぶし!さっさと出ていけ!」
一族の者達からも、熱烈な言葉が投げつけられる。
だが、今の俺には通用しない。
この場所から出ていくことが出来る。
それだけでも幸せなのだから、むしろ嬉しいのだ。
有名なことわざにもあるじゃないか、立つ鳥跡を濁さずってね。
だから彼らにも言っておこう。
「今までご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。私はここを去ります……一族の皆様、お世話になりました」
微笑んで頭を下げて今までお世話になっていた分の感謝の言葉を言う。
すると、彼らは少々面を喰らった表情をしている。
一族から罵声や物を投げつけられても、相手が微笑んでいたらおかしくなったと思う。
(かれこれ、ここに来てから一年間ほど世話になったかな……だけど、もう二度と戻る事は無い……さようなら)
今後生活をする上で必要最低限の荷物を布に包んでから、俺は洞窟の外に向かって歩いていく。
このジメジメした暗い場所を出て、新しい場所に旅立つ時がやってきた。
待ちに待った瞬間だ。
一年間……今日この時、この瞬間の為に待った甲斐がある。
そのために今日まで受けていた汚辱や屈辱も我慢してきた。
「おっ、外から光が差し込んでいるな……まだ日中の時間帯か……」
洞窟の外からは白い光が差し込んでいる。
光は真っ白……。
光の色からして、丁度外は昼間のようだ。
眩しい光に包まれていく。
「……太陽の光が眩しいなぁ……」
外の世界にようやく出れたのだ。
湿気と薄暗い場所とはこれでおさらだ。
暗闇から明るい場所に出ると、目が慣れるまで時間が掛かる。
30秒ほどで目も慣れてきたので、外をぐるっと見渡してみる。
青く、透き通った空。
雲一つない快晴だ。
渡り鳥だろうか……空高く鳥たちが羽ばたいて飛んでいる。
視線を少し下に移すと、木々が生い茂っている。
見た感じ針葉樹ではなく、広葉樹林のようだ。
遠くには大きくそびえ立つ山々が見える。
森の間には川も幾つか点在しており、山の方から流れてきているようだ。
この目の前に広がる大自然を前に、俺は目をつぶって大きく深呼吸をする。
「すぅ~っ……」
洞窟の中とは打って変わって、とても新鮮で……生きているという実感が湧いてくる匂いだ。
木々に生えている葉っぱが光合成によって酸素を出す匂い。
辺りに立ち込めているのは、そんな大自然の中で育まれた香りだ。
「とっても……気持ちがいいなぁ……」
旅立ちの日が雨だったら気分は悪いかもしれない。
しかし、こんなに晴れていれば気分も高ぶる。
心も身体も心地が良い。
絶好の快晴……。
であれば、地面で歩いてここを離れる必要もない。
俺は背中に生えている翼を広げる。
ドラゴンに転生してから初めての飛行だ。
こんなに天気がいいなら、何でもチャレンジしようと思う。
洞窟の中で、飛んでみる練習は何度かやってみた。
「上手く飛べるかどうかは分からないが……やってみてダメなら陸路で行こうかな……」
折り畳み式の翼は収納には困らない。
どうやってこの身体になったのか、生物学者が見たら恐らく一週間ぐらいは考え込むんじゃないかな。
まずはゆっくりと翼を羽ばたいてみる。
ザッ、ザッ、ザッ……と耳元で翼が動く音が聞こえてくる。
「さて、カウントダウンと同時に飛んでみるぞ……3……2……1……テイクオフ!」
俺は足で思いっきり地面を蹴り飛ばした。
それと同時に羽ばたく翼に身を任せて青い空に向かって飛び立つ。
やり方としてはボートを漕ぐような感覚に近い。
背中の翼を動かしていくと、意外と簡単に飛び立つ事が出来た。
洞窟の中で練習してみた甲斐があった。
「おおっ、浮いた!すごい!浮いたぞぉ!」
翼を動かすたびに、空に浮かんでいく。
身体が重力に逆らい、宙に浮かんでいるこの感覚は人間の時には味わったことがない。
空に飛び立つと、自分自身が飛行ドローンにでもなったような気分だ。
宙に浮かんでから、少しずつ前に羽ばたいて進んでいき、進行方向に動いて飛んでいく。
「これが……空を飛ぶという事か……」
遠くに見える山を目指して翼を羽ばたかせる。
ふと顔を振り返ると、先程まで暮らしていた洞窟が遠ざかっていく。
洞窟の穴もだんだんと小さくなっていく。
俺が旅立つのを遠目で見ていた一族の者達は、誰一人として見送ることはなかった。
だけど、それでいい。
必要な道具は布に包んで持ってきたし、嫌な思い出は全てあの洞窟の中に置いてきた。
そう考えれば良いさ。
さようなら……一族のみなさん。
そして初めまして、外の世界……。
これから俺はこの世界で生きていこう。
俺の冒険はまだ始まったばかりなのだから……!
こうして、俺はこの世界で初めて自由に生きる事になったのだ。