朝石市桐之上8-13 築21年アパート1K6 南向きコインランドリー近く/自社
ジングルベルの音楽が、朝から大音量で鳴る。
自身のスマホを勝手にさわられたと察して、樅山 星架は朝のいそがしいところを通勤用のバッグを開けた。
スマホから流れる音楽を止める。
「ちょっと、いいかげんにしてくれる?」
室内の一角にむけて声を荒らげる。
押し入れのすき間から、カラフルな派手スーツの十代後半の女の子が顔を出した。
「だってぇ。美沙、メッシーくんもミツグくんもいないシングルベルなんて、チョベリバなんだもん」
「……だから日本語でしゃべって」
星架は顔をしかめた。
「日本語だもん。チョベリバはさいきんの流行りだもん」
唇をとがらせる。
いつのさいきんなんだろうと星架は眉をひそめた。
彼女の名前は美沙、らしい。
このアパートが建つまえに建っていたマンションで、バブルのころに亡くなった女の子だと不動産の事故物件担当者から説明を受けた。
パーリーピーポーな性格以外とくに害はないとのことだったので、幽霊として出没することを承知でこの部屋を借りた。
亡くなった経緯が、クリスマスに複数のアッシーくんを使い高級レストランをはしごして、メッシーくんに奢らせたゴージャスシャンパンタワーとミツグくんに献上させた本場イタリアの貴腐ワインをしこたま飲んで、マンションに帰還後に急性アルコール中毒でやすらかに御臨終というから終わってる。
「アッシーくんもメッシーくんもミツグくんもなんなの? ちょっと死んだくらいでみんな無視して! もう声かけてやんないから!」
「ふつうに霊感ないんでしょ」
星架は髪を梳かしながら眉をよせた。
バブルが弾けたあとマンションに空き部屋が多くなり、その後解体。跡地にいまのアパートが建ったのがその約十年後。
その間ほとんど人と関わらなかったので、日本の現状のアップデートがいまいちできてないらしい。
「あったまくるからさあ、星架ちゃん、女の子二人でグアムとかサイパンとか行かない?」
「いまは海外旅行より国内いきましょって時代なの。歳上をちゃんづけで呼ばない、それにあんたパスポートないでしょ」
美沙が、プンッと唇をふくらませる。
「星架ちゃんチョベリバ」
「あたしに当たったってあんたのパスポート発行されないもん。くやしかったら外務省にかけあいなさいよ」
星架はテーブルの上に置いた百円ショップの鏡をのぞきこんだ。
「美沙、歳下じゃないもん。昭和生まれだもん」
「あんたといっしょに昭和カテゴリーにされたら、英霊とか泣くわ」
「あーあ、つまんない。やっぱ成仏しちゃおうかなあー」
美沙が体育座りになり体を前後にゆさゆさゆらす。
成仏すればいいのにと星架は思った。
いったいなにが目的でいまだアホな死にかたした場所にいるんだろと思う。
ことしは有名ケーキ店のシュトレーゼが、お一人さま用のクリスマスケーキを売り出したとネットで見た。
午後七時すぎ。
お一人さま用クリスマスケーキを二つ買って帰宅する。
これがいまのクリスマスなんだってバブル幽霊にインプットしてやる。
「ただいま」
星架は玄関の鍵を開けて、屋内に入った。
「おかえりんごー」
「あ、お邪魔してます」
美沙の能天気な声とともに、若い男性の声がする。
「は?」
星架は靴をぬぎ上がり框を上がったところで固まった。
六畳一間のリビング兼寝室に、見知らぬ男性がいる。
「星架ちゃん、ノリ悪ーい。おかえりんごって言われたら、ただいマンゴーでしょ?」
美沙が跳ねるような足どりでこちらに歩みよる。
「はあああ?!」
「紹介しまーす。あたらしいアッシー芦田くんでーす」
美沙がちゃぶ台の横にすわる会社員ふうの青年を両手で指す。
「はああああ?!」
なにを他人の自宅に無断で見ず知らずの男性を上げているのか。
星架はもういちど声を上げた。
「つって俺に操作できるのは、事故死させられたシーマだけなんすけど」
肩パッドのガチガチ入ったスーツの芦田青年が、照れたように笑う。
「なんていうか怨念パワー?」
「芦田くんイケてる。ナウいじゃん」
美沙がちゃぶ台にすわりキャッキャと応じる。
「芦田くんねー、クリスマスに彼女にはりきって貢いで、高級イタ飯レストランでゴールデンシャンパンタワーやって彼女といっしょにガバガバ飲んで、そのあとべつの高級レストランでロマネ・コンティいっしょにガバガバ飲んで、道ばたでヘイタクシーってやってるときにシーマに突っこまれて彼女と御臨終しちゃったんだってー」
美沙があかるく言う。
バブル期はアホしか日本に棲息していなかったんだろうか。星架はきつく眉根をよせた。
「彼女のほうはさっさと成仏しちゃって、僕も退屈してて。とはいえなかなか話の合う幽霊さんもいなくて」
芦田青年が苦笑いする。
「美沙も退屈してたの。ねねね、どっかでシーマつかまえてドライブ行こっ」
「いいね」
芦田青年が応じる。
二人で立ち上がると、「わーい」と擬音をつけたくなるような様子で玄関ドアをすり抜けて外に出かけてしまった。
ややして玄関の呼び鈴が鳴る。
星架はリビング兼寝室の六畳間に行こうとしたが、きびすを返して玄関に引き返した。
ケーキどうしよ。一人で二つ食べようかなと考える。
どちらにしろ美沙は食べられないから、しばらくお供えしたらそのつもりだったし。
魚眼レンズで外を確認すると、ここのアパートを管理する華沢不動産の事故物件担当の人がいる。
「はい」
星架はドアを開けた。
二十五、六歳ほどの黒いスーツを来た青年が会釈する。
華沢不動産 事故物件担当、華沢 空。契約まえの問い合わせをしたさいに名刺をもらった。
事故物件は夜中にとつぜん退出したがる人もいるので、夜にいちど様子うかがいに来る。
不動産屋が、屋内に入ってすぐ不思議そうに体をかたむけて奥のほうをうかがう。
「美沙さんがいないようですが……」
「え」
さすが事故物件担当。やっぱり霊感とか持っているものなんだ。
星架は感心した。
「さっき同じバブル期死亡の男性の幽霊と意気投合してドライブ行きました」
「ああ、なるほど。いちばん価値観が合うかもしれないですね」
不動産屋が淡々と返した。
終




