椀間市尼内字西根見3-14 アパート1K 築8年南向きトイレ、キッチン窓あり
「みかん食べますー?」
アパートの窓の外から声をかけられ、星野 橙也は声のしたほうを向いた。
若い女性のような声だ。
閉めていたはずのカーテンと窓が開いている。
こんな寒い季節に閉めわすれなんてありえないと怪訝に思いつつコタツからでた。
さいきん妙に疲れやすいんだが、そのせいでボーッとしていたのか。
外はもう暗い。
こちらの花台窓てすりとあちらの屋根がぶつかるかというほど接近して建つとなりの一軒家の二階の部屋が、夜空から浮き上がるように明るく見える。
煌々とあかりをつけた女性の部屋が、腰高窓からまっすぐに見えた。
きれいに飾りつけられたクリスマスツリーが、窓ぎわで電飾をチカチカさせている。
大学に入学してここに越してきたのは半年以上まえだが、となりの一軒家に住む人を見たことがなかった。
屋内にこもりきりの高齢夫婦が住んでいるんだろうと勝手に想像していたが、こんな若い人がいたのか。
奥のほうには黒いスーツを着た二十五、六歳ほどの男性が立て膝ですわっている。
彼氏だろうか。
「みかん食べません?」
セミロングヘアのかわいらしい女性が窓から顔を出し、重ねて尋ねてくる。
「えと」
橙也は困惑した。
彼氏がいるのにいいんだろうか。
二十代くらいのカップルからしたら、この前まで未成年だった自分なんて近所の子供みたいな扱いだったりするのか。
「あ、じゃあ……おひとつ」
彼氏らしき人の反応をチラチラとうかがいながら返事をする。
彼氏はとくに機嫌を悪くしている様子はなく、微笑して軽く会釈してきた。
「投げますねー、はーい」
「えっ、と」
行儀のよさそうな人なのに、投げるのか。
橙也は、あわてて手を差しだした。
まあ、花台窓てすりと屋根が接触するかというくらい近いのだ。落ちることはないだろう。
女性がミカンをポーンと投げる。
なぜかミカンが高速で窓から侵入し、まっすぐ橙也のうしろの壁のほうに向かった。
壁にあたると思った瞬間、壁の手前で見えない何かにあたり「いたっ」と女の子か子供のような声が聞こえる。
橙也はうしろをふりむき目を丸くした。
ミカンを目でさがすが、どこにも落ちていない。
どこいった、とさがして室内を見回す。
女性の部屋のほうを見やると、すでに窓が閉まり部屋のあかりが消えていた。
さきほどまでチカチカしていた電飾も消したらしく、型板ガラスの窓ごしにモミの木の葉が見えるのみだ。
なんだこれ。
わけが分からず、橙也はとなりの女性の部屋の窓を見つめた。
つい一、二分まえまで部屋の明かりも電飾も煌々とつけていたのに、もうぜんぶ消したのか。
ハッと目を見開く。
そうか、彼氏が部屋にいたんだもんなと思う。
気持ちが急に盛り上がって、あれだ。おとなのイチャイチャに突入したというか。
なんだ、見せつけられたのかと少々イヤな気分になりながら、橙也は窓を閉めた。
もう寝よ。
数日まえに友人たちとおもしろがって心霊スポットに遊びに行ってから、なんとなく体調がスッキリしないのだ。
幽霊とか信じてないけど、知らないカップルのクリスマスなんか気にしないで寝よ。
玄関の呼び鈴が鳴る。
だれだこんな時間にと橙也は顔をしかめた。
コタツの上に置いた百円ショップの時計は十一時を差している。
友人にしても変な時間だなと思う。
どこかの酔っぱらいが間違ったんだろうか。クリスマスだもんな。
無視することに決める。
「夜分にすみません。さきほどミカンを投げさせていただいた者ですが」
若い男性の声がする。
さきほどミカンって、女性の声じゃないとすると彼氏のほうか。
橙也はとまどって玄関口のドアを凝視した。
なんの用だろ。
俺の彼女をたぶらかすなとか、そういう文句だろうか。
さきほど窓から見た感じだとちゃんとした会社員ふうでとくに怖い界隈の人という印象ではなかったが。
とりあえず足音をたてずに玄関に向かうが、ドアは開けない。魚眼レンズから外をのぞく。
さきほど女性の部屋にいた黒いスーツの男性がいた。
「不審に思われるのもしかたないので、ドア越しでかまいません」
男性が、ドアの向こうで苦笑しているような声音でそう告げる。
「華沢不動産の者ですが、となりの物件のほうにたまたま来ていましたところ、あなたのお部屋にさいきん不審な子供がいると相談を受けまして」
どういうこと。
橙也はドアを見つめて眉をよせた。
「心霊スポットからつれて来ちゃったみたいですね。さきほど脅かしたので逃げていきました」
橙也は目を見開いた。
何で心霊スポットに行ったの知ってんだ、この人。
にわかに心臓の音が速くなる。
「ああいうところは気をつけたほうがいいですね。――あ、ついでなのでよろしければ」
ドアについた郵便受けに、小さな紙が差しこまれる。
橙也は指先でこわごわ引っぱった。
名刺だ。
華沢不動産 事故物件担当、華沢 空と表記されている。
「まあ事故物件の担当者が、心霊スポットに気をつけてもないんですけどね」
ドア越しにクスクスと笑う声が聞こえた。
終




