椀間市布荷手前4-11 築16年/アパート1K南向き/コンビニ徒歩10分 自社
玄関口の呼び鈴が鳴る。
夏戸 七海は、玄関に歩みよった。
ここを管理する華沢不動産の事故物件担当の人だ。
玄関を開けると、黒いスーツを着た二十五、六歳ほどの青年が立っている。きのうと同じだ。
名刺に表記されていた氏名は、華沢 空。テーブルの上に名刺が置いてある。
「様子はどうですか?」
そう尋ねて書類の入った茶封筒を取りだす。
「なんていうか……変わりないですよ」
七海がそう答えると、不動産屋は書類にボールペンでなにか書いて茶封筒にしまい、去って行った。
ここに来たのは二日まえだが、事故物件は夜中にとつぜん退去したがる人がいるから、いつもこのくらいの時間帯に様子をうかがいに来ているとか説明していた。
事故物件っていってもなにも出ないんだけど、ここと七海は思った。
人が死んだとかなんだろうけど、なにがあったところって言ってたっけ。説明を聞いたかどうかもさだかではない。
六畳のたたみ敷きの部屋にもどる。
たたみの隙間から、紙きれがはみ出してるのに気づいた。
なにこれと思ってひっぱってみる。
目を丸くした。
自分の写真だ。
高校の制服を着て郊外の道を駅から学校に向かって歩いているところ。
裏の日付を見ると、一年前。「登校中」とペンで書かれていた。
こんな写真撮ったっけ、と七海は首をかしげた。
ここには二日まえに来たばかりなのに、なんでたたみの下にあったのか。
しかもスマホの画像じゃなくて紙の写真。
分からない。
よく見ると、また同じところから紙のはしが出ている。
ひっぱってみた。
また自分の写真だ。
こんどは学校の体育の授業中らしい。
校庭で走ってるところ。
また紙の切れはしが出ている。
ひっぱる。
またまた自分の写真。こんどはたぶん下校中だ。信号を待っているところ。
つぎも、つぎも。
たたみの下から自分を写した紙の写真がつぎつぎ出てくる。
「えっ、なんで」
七海は眉をひそめた。
「あー何も出ない、ぜんっぜん。ヘーキヘーキ」
玄関口のほうからこちらのたたみの六畳間に、大学生ほどの青年が入ってくる。
七海はおどろいて窓ぎわまで後ずさり身を縮めた。
「えっ、ちょっ、ちょっと誰ですか?!」
「──うん、その事件のニュース見たからどうすっかと思ったけどさあ、んでも部屋きれいだしそんで家賃安いっていうとやっぱさあ」
七海の問いにはまったく反応せず、青年はスマホで会話をつづけている。
ややしてから七海が見ていた写真に目を止めた。
「──あれ? 写真出てる。やべ、なにこれ」
そう口走り写真を片手で雑にかき集める。たたみの一角にそのまま置いた。
「うん、たたみはぜんぶ替えたって言ってた。──まあ、血がベタベタついてたっていうし、そらそうだよね」
青年がたたみに無遠慮にどかっとすわり、かたわらのテーブルに肘をつく。
七海は窓ぎわでさらに身を縮めた。
「たださあ、業者さんがなに考えてんのか──不動産屋も警察も見つけなかったのかな。たたみの下にストーカーが撮った写真、ぎっしり敷きつめられてたっていうか。あれ、どうすりゃいいんだろ。ご両親にお渡しすんの? あ、警察?」
「ストーカーが撮った写真……」
七海はたたみの下から出てきた何枚もの自身の写真を見つめた。
そういえば、自分はふつうに両親のいる家から学校に通ってたのになんで一人暮らし用のアパートにいるんだっけ。
ここ、だれのアパートだっけ。
「──JKストーカーしたあげくに自分のアパート連れこんで殺したとか、まじきっしょ、犯人。さっさと捕まってよかったわ」
青年が吐き捨てる。
「あ? 連れこまれて殺された子? ──いちおその子の幽霊出たらお線香くらいあげたほうがいいのかなと思ってさあ。名前くらいは覚えたわ」
青年がテーブルの上の置きっぱなしの買いもの袋をさぐる。
「夏戸 七海。七海ちゃん。お盆だしさ。もしかしてここに出るかもしれないじゃん。──んで、これさあ。線香って、ただ火ぃつければいいの?」
七海は混乱した。
線香のパッケージの紙をはずす青年を、目を丸くして見つめていた。
終




