椀間市尼内字新見利6-2 アパート1K 築31年南向きスーパーコンビニ近く/自社
いい天気だ。
夏の太陽が照りつけてあちこちキラキラ反射してる、元気というかエネルギッシュな印象の景色。
猛暑とか酷暑とかあっても、これはこれできれいだ。
アパート二階。
がらんとした六畳間の腰高窓のそばにすわり、夏出 帆香は外をながめた。
大学を卒業し、就職先に通うのに便利なこの部屋に越したころから三年。
外の景色はあまり変わっていない。
今年は気温が四十度になる地域もあるが、この地域はそこまでではない。
一時的に暑い日はあったが、秋の風が吹きはじめたのも早かった。
夕方ちかくになると、セミの鳴き声と秋の虫の声が混じり合って聞こえる。
もしかしてめずらしい現象かもしれない。
きょうからお盆の時期なので、実家は帰ってくるのを期待していたようだった。
べつに帰らないというつもりはないが、帰ったら帰ったで町内の盆おどりやらその準備やらでバタバタとさわがしいのが、ちょっとイヤだ。
今年はもうすこしのんびりと帰ろうと思う。
たたみを踏む音がした。
「ああ、ごめんなさい、勝手に入ってごめんなさい」
年配の男性だ。「ごめんなさい」をくりかえして両手をブンブンとふっている。
茶色いカーディガンにグレーのスラックス。
年老いた感じにも若い青年のようにも見えるふしぎな感じは、すぐにこの世の住人ではないと分かった。
霊界では好きな年齢の姿ですごすものだそうだが、身内に会ったときのために死亡時の姿で来たのだろう。
「えと……もしかして?」
帆香はとくに驚きもせず男性の顔を見上げた。
「二十年前にここで亡くなりました、蓮池と申します」
男性が両膝に手を置いておじぎをする。
「ああ……」
帆香はうなずいた。どぞ、というふうにちゃぶ台のそばを手で指し示す。
「わたしが使っていたちゃぶ台ですね」
蓮池が言う。
「重宝してます」
帆香は笑いかけた。
蓮池が「どっこいしょ」とつぶやきながら、ちゃぶ台のそばに座る。
「えと」
帆香はたたみに手をついて、ほとんどやったことのない和式のおじぎをした。
「はじめまして。夏出ともうします」
「そんなかしこまんなくていいんですよ。お盆で帰ってきたら懐かしくて」
蓮池が、ハハ、と苦笑いする。
「娘夫婦んとこに行く予定なんですけど、盆おどりの太鼓の練習の音がちょっと苦手で」
「あ、分かります。わたしスーパーのゲーム機のコーナーで太鼓の玄人のドンドコって音もイラッときますもん」
帆香は答えた。
「上手い太鼓の音はいいんですけどね」
「分かります」
帆香はうなずいた。
「ここがわたしが死亡した物件だということは?」
「聞いてました。お名前は知らなかったですけど」
帆香は答えた。
「いまの人は変わってますなあ。幽霊が出るかもしれない場所だと聞いても平気で住む人がけっこういるらしいですね」
「家賃安いですし、事故物件ってなんかブームみたいになりましたし」
「ブームに」
蓮池が小さな目を丸くする。
「とくに害のあるところじゃないって不動産屋さんから聞きましたし」
帆香はハハッと笑った。
「華沢不動産ですか。年配のご夫婦でやってたとこですね」
「いまはたぶん継いだ人なのかな? 事故物件の担当者さん、二十五、六歳くらいの男の人ですけど」
「へえ。息子さん継いだんだ。お二人いたけど」
「あの、すみません」
ちゃぶ台の一角から、壮年の男性の声がする。
昭和の肩パッドの厚いスーツを着た男性がいつの間にか座っていた。
「盆城と申します。勝手に入ってしまってすみません。だれも住んでいないだろうと思ったものですから」
男性が正座した格好で膝にこぶしを乗せおじぎする。
「ここが建ったばかりのころに住んでいたんですが、会社帰りに倒れてそのまま搬送先の病院で亡くなりまして。死人が出た部屋なんて、さぞかし悪いウワサになって借り手なんかついていないだろうと思ったんですが」
「いまの人は幽霊出ても平気で住むから。現にこのお嬢さん、わたしがここで死んだと知ってて住んどったし」
蓮池が笑いながら帆香を指さす。
「いえ、幽霊が出まくったらさすがに退去しますけどね。害がないなら、まあいいかって」
「はあ……変な時代になったんですねえ」
盆城が細い目を丸くする。
「こんにちは」
六畳間の入口に、黒いスーツの男性が立っていた。
このアパートを管理している華沢不動産の事故物件担当、華沢 空だ。
「あれ? 不動産屋さん、いつも呼び鈴ピンポーンってやって入ってくるのに」
帆香は声を上げた。
「ああ、お兄ちゃんが華沢不動産継いだ人。へえー」
蓮池が声を上げる。
「華沢不動産のご夫婦どうしたんですか? まだ子供のいない若いご夫婦がやってましたけど」
盆城が問う。
「不動産屋さん、ここのいまの住人っていないんですか? 部屋すごガランとしてますけど」
帆香は尋ねた。
「帆香さんの死亡以降、まだだれも入ってません」
不動産屋が手にした茶封筒から書類を取りだし、なにかを確認した。
「え、そうなんだ。食中毒で急死しちゃってごめんなさい。やっぱり死亡者二人め出だ事故物件ってさすがに部屋さがしの人に引かれる?」
「まあ、おもしろがって一泊だけするかたはときどきいるんですけど」
不動産屋が書類を見ながら答えた。
「うわちょっと責任感じるなあ。どうしよ、あたしときどき押し入れの中から顔出したりしてバズらせて客よせしましょうか?」
帆香はそう提案した。
「そういわれると。わたしもここで死亡した手前。――何かやったほういいですか? 内見のとき窓からのぞいたりしてみましょうか?」
「そもそもさいしょに死亡した住人はわたくしですからね。わたくしも何かしたほうがいいですかね」
蓮池につづいて盆城が協力を申しでた。
「けっこうですから、お盆が終わったらすみやかにおかえりください」
不動産屋が淡々とそう返して書類を茶封筒にしまう。
「では。おかえりのさいにはお気をつけて」
そう言い、六畳間をすこし出たところで姿を消した。
終




