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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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89/96

朝石市河岸ノ上2-8 築18年アパート1K南向きバス停 河岸ノ上徒歩8分 自社


「わたしもむかし、この辺に住んでたんですよ」


 落ちついた口調で壮年のタクシー運転手が語る。

 時間は午後十時ちょうど。

 昭和ふうのすこし角ばった車体のタクシーが、暗くなった住宅街を走る。

 夏井 蓮(なつい れん)は、後部座席で通勤カバンからスマホを取りだし時刻を見た。



「このさきにあったオアシスっていう喫茶店、いまでもあります?」

 ハンドルを切りながら運転手が尋ねる。



「ああ……そこは十三年まえに店たたみましたよ。店主のかたが体調をくずされて。ご高齢だったので六年まえに娘さん夫婦が住んでいるマンションに同居することになったそうで引っ越していきました」

 

 (れん)はスマホを見ながら流れるようにスラスラと説明した。

「そうですか……十三年まえに」

 運転手が復唱する。

「ずいぶん前ですね」

「えと、震災のちょっとあとくらいですかね」

 蓮は答えた。

「震災……」

 運転手が少しのあいだ口をつぐむ。

 年数の計算をしているのか。


「おいしいコーヒー淹れていらしたんですけどね」

 飲んだことはないのだが、蓮は「そうですね」と話を合わせた。

 

「じゃあいま店舗は?」

「店舗はそのままですよ。空き家になってます」


 いや空き店舗というのか。

 住居部分がいっしょの建物なので、こういう場合はどちらと言ったらいいのか迷う。

「そうなんですか。まだ小さいかわいらしい娘さんがいて」

 タクシーの運転手がしみじみとした口調で続ける。

「ええ」

 蓮はスマホの画面を見ながら答えた。


 タクシーが赤信号で停まる。

 しばらくして青になると、ウインカーを出して左折した。

 単身の会社員や学生のアパート、マンションが多い界隈に入る。

 蓮の住むアパートもこのすぐ近くだ。



「この近くにあるアパートって――あ、お客さん幽霊の話とか大丈夫ですか?」



 運転手が問う。

「あ、大丈夫です。どぞ」

 蓮は答えた。


「このすぐ近くのアパートなんですけどね。OLさんが夜に急いで実家に帰ろうとしてタクシー呼んだんだけど、玄関を出たところで急にめまい起こして亡くなっちゃったらしいんだよね。――でも実家に帰りたいっていう気持ちがよほど強かったのか、いまでも夜のその時間帯になるとタクシーに乗ろうとするOLさんの霊が出るんだってさ」


 運転手が語る。

「じつはわたし、それらしいものこの付近で乗せたことあって。――怖いよねえ」

「そのOLさん、実家のお父さんが倒れたって知らせがあったらしいですね。お父さんは回復したらしいのに……まあ」

 そのさきは何ともつづけにくくて蓮は話を打ち切った。


「くわしいですね」

 運転手がそう応じる。

「僕、そのOLさんがいた部屋に住んでるんで」

 蓮は、ハハッと笑った。

「ほんとですか?!」

 運転手が応える。

 冗談なのかどうかうかがうように蓮のつぎの言葉を待っていたが、ほんとうだという前提で話すことにしたようだ。


「事故物件になるんですか? ああいうとこって大丈夫なんですか?」


「ああ……部屋んなかは平気ですね。なんも出ないですよ」

 蓮は答えた。

「へえー。あんがいそういうもん?」

「ほかの幽霊物件は知らないですけどね」

 蓮はハハッと笑った。


「あ、そこで降ろしてもらえますか」


 蓮はアパートの敷地のまえを指さした。

「はい」

 運転手が返事をして、指定された場所でタクシーを停める。停車してサイドブレーキを引くとアパートの棟を見上げた。


「うっわ、ほんとうにそのお部屋に住んでるんですかぁ」


「そですよ。事故物件の担当者さんとかいて」

 蓮はサイフを取りだして小銭を数えた。八百円。初乗り料金に少し加算された程度だ。

 運転手に手渡す。


 アパートの棟ほうから、若い女性が歩みよった。


「あの、いいですか?」

 少しかがんでサイドウインドウから問う。

「ああ、いいですよ」

 タクシー運転手が愛想よく答える。はやばやと次の乗客がついてうれしそうだ。

 

 ドアが自動で開き、蓮はタクシーから降りた。

 入れ代わるように乗車した女性を乗せてタクシーが走りだす。



 しばらく走ると、タクシーは女性ごと消えた。



 蓮はかがんで足元に落ちた八百円の小銭をひろった。

「おかえりなさい」

 黒いスーツを着た青年が歩みよる。

 ここのアパートを管理している華沢(はなざわ)不動産の事故物件担当者だ。

 入居時にもらった名刺に書かれていた名前は、たしか華沢 (そら)

「毎回おなじような対応をするのはちょっと面倒かと思いますが」

 不動産屋がタクシーの消えたあたりをながめる。

「いやでも駅からの二キロ近い道のりを毎日タダで乗ってこれますからね、ラッキーですよ」

 蓮は笑った。


「運転手と乗客のどっちも幽霊ってレアケースですから、さいしょ聞いたときはやっぱびっくりしましたけど」

「あのお二人が出るのと帰宅時間がだいたい合うかたにいつもおすすめする物件なんですが、気に入ってくださったなら何よりです」

 不動産屋が茶封筒を手にゆるく腕を組む。

「じゃ」

 蓮はひらひらと手をふってアパートの棟のほうに向かう。

「おやすみなさい」

 不動産屋が会釈を返した。



 終





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