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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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88/96

椀間市西月田4-8 バス停西月田東側徒歩20分 築年数不明

 枡井 友菜(ますい ゆうな)は、アパート二階の窓を開けた。

 冬のすこし冷たい風がサアッと入ってくる。

 引っ越し作業で紅潮した(ほお)には、むしろ気持ちがいいと感じた。

 大学を卒業して今年で五年め。

 新卒採用で勤めていた会社が去年倒産した。

 アルバイトで生活していたが、このほどさいわいにも食品会社の事務に採用が決まった。


 姉がこのあたりに住んでいるというのもあって、会社から近いこのアパートに引っ越してきた。


 引っ越しの出費を考えたらとうぶん節約しなくてはならないが、環境としては悪くない。

 周辺は静かな住宅街。

 年配の人が多いのか、ここに着くまでに庭仕事をする人を二、三人ほど見かけた。

 越高窓のサッシに(ひじ)をつき、タタミの上にぺたんと座る。

 引っ越しの荷物はまだ開けていないものもあるが、布団とテーブルはもう置いてある。きょうはこのまま休むのもいいかなと思う。

 

 学校のチャイムの音が聞こえた。


 どこかに学校があるのかと思い目でさがす。

 アパートのすぐまえにある、戸建ての住宅がならぶ界隈。

 そのずっと向こうに、オフホワイトとうすいブラウンの大きな建物が見える。

 あそこかと思った。

 そういえばここの周辺の環境を調べていたときに、学校と書かれた箇所がマップにあったような無かったような。

 学校を卒業してだいぶ経つので、関心がないぶんあまり印象に残らなかった。


 じっと見ていると、校舎のガッシリとした造りのベランダに、セーラーカラーのような制服を着た子がいるのが見える。


 やっぱり学校なんだ。友菜(ゆうな)は校舎をは見つめた。

 朝の通学時は、ちょっと騒がしいのか。

 この物件の内見に来たとき若い子は見かけなかったけど、このあたりはあまり通学ルートに入っていないのか。


 セーラーカラーの制服の子が、三階くらいと思われる階のベランダから下を見ている。


 下の階か校庭にだれかがいるのかと想像したが、ここからでは戸建ての家々の陰になって一階と校庭は見えない。

 下にいるのは男子かなと考えてみた。

 ロミオとジュリエット気分じゃんと内心で冷やかしてニヤニヤしてしまった。


 セーラーカラーの子が、こちらを見る。


 住宅街のずっと向こうのアパートの窓から見ている人間なんて、気づくわけがない。

 自分が見られているわけはないだろうが、なにを見ているんだろうと友菜はぼんやりと考えた。

 セーラーカラーの子がふたたびベランダの下を見る。


 陽がゆっくりとかたむき、やがて夕焼けで空が赤くなってきた。


 セーラーカラーの子は、じっと下を見ている。

 校舎が真っ赤に染まってもまだそのままなので、友菜はさすがに見ているのに飽きた。

 夕飯のしたくしようか。

 そう思って立ち上がった。

 窓を閉めて、到着してすぐにつけたカーテンを閉める。

 部屋がだいぶ暗くなっていたのに気づいて、プルスイッチを引っ張りあかりをつけた。



 

 引っ越して二日目。

 午前中に窓の外を見ると、学校の校舎のベランダにはだれの姿もなかった。

 まあずっといるはずないよねと思いながら荷物の整理をはじめる。

 午後になってもういちど窓を開けると、きのうとは違う位置のベランダにセーラーカラーの制服の子がいた。

 きのうと同じ子なのかは分からないが、きのうよりもこちらにやや近い箇所にいるので、髪型も分かる。


 長い黒髪。


 下を見ていた。

 きのうの子よりももっと身を乗りだすようにして、じっと下を見ている。

 今日中に片づけを終わらせたかったので、しばらくしてから友菜は窓を離れた。

 夕焼けで部屋が赤く染まったころ、風が冷たいので窓を閉めようと越高窓のほうに行く。

 朱赤のきれいな夕焼けのなか、セーラーカラーの子は、まだベランダにいた。

 こちらを見ている。

 すぐに横顔を向けると、ベランダの手すりから上半身を乗りだすようにして下を見はじめた。

 危ないな、と思い友菜は眉をよせた。

 先生は注意しないんだろうか。

 自身が通っていた中学校や高校は、ベランダに出た生徒がいると校内放送が入りすぐに中に入るよう指示されたけど。




 三日め。

 明日からあたらしく採用された会社に通勤する。

 きょうはゆっくり寝ようと思いながら、空気の入れ替えにと開けていた窓を閉めようとした。

 学校の校舎を見る。

 

 ベランダにセーラーカラーの女の子がいた。

 

 きのうよりもさらに近い位置のベランダにいるので、顔立ちもなんとなく分かる。

 日本人形のようなきれいな顔立ちに見える。遠目に見ているせいかもしれないけど。

 こちらをじっと見ていたが、ややして横を向くとベランダの手すりに腹部を押しつけるようにして大胆に身体を乗りだしはじめた。

「え……危な!」

 友菜は思わず声を上げた。

 近くの戸建ての家で庭仕事をしていた年配男性がこちらを見た。


「あ、あの。あそこの学校で女の子が……! あの学校の先生なにも言わないんですか?!」

 

 友菜は学校の方向を指さした。

「学校……」

 年配男性がゆっくりと立ち上がり、指さした方向をながめる。

 ああ、だめだと友菜は思った。

 こんなお爺さんに言っても、もしかしたら認知症とかなのかもしれない。

 自分で通報したほうが。

 友菜は、部屋を見回してスマホをさがした。

「ええと……スマホ、スマホ」

 焦っているせいか。スマホが見つからない。

 引っ越しの片づけはおおむね終わったのに何でと思う。

 

 セーラーカラーの制服の女の子は、下に手をのばしてますます身体を乗りだしている。

 

 笑っているように見えた。

 本当に下に男子がいて、ロミオとジュリエット気分で遊んでいるんだろうか。

「ああもう」

 友菜は玄関口に駆け足で行くと、あわただしく愛用のスニーカーを履いた。

 

 たぶん走れば数分のあたり。

 こうなったら直接行ってあの子を止めて、ついでに先生たちにも職務怠慢だって苦情を言ってやる。

 友菜は玄関ドアを開けた。

 作ったばかりの合鍵で鍵を閉めて走りだした。




 学校の場所はすぐに分かった。

 周辺でいちばん大きな建物だ。近くに来れば分かる。

 校庭につき三階を見上げると、さきほどの制服の子はまだいた。

 ベランダの手すりからさらに身体を乗りだして、下に手をのばしている。

 いまにも落ちそうだ。


 下には、だれもいない。

 

 もしかして自殺かと友菜は思った。制服の子のほぼ真下に駆けよる。

「ちょっ……危ないから! ね、なにしてんの?!」

 女の子は、日本人形のような顔で目を合わせた。

 小さめの唇を上げて、ニッと笑いかける。


「ちょ……」


 ぜったいに自殺だと友菜は思った。

 教師は。職員室と思われる一階の広めの部屋を窓越しに見る。

 教師はすべて帰ってしまったのだろうか。だれもいない。

「だめだって!」

 友菜はあたりを見回し、外に面した渡り廊下から校内に入った。

 薄暗い階段を駆け上がり、三階にたどりつく。

 息を切らして廊下を進むと、四つめにのぞいた教室の窓の向こうに制服の女の子の姿が見えた。

 手すりに腹部を押しつけるようにして身体を乗りだしているので、こちらからはスカートと(ひざ)のうらがまず見える。

「ちょっと! 危ないでしょあんた!」

 友菜は教室に入り窓ぎわに走りよった。

 その友菜の目の前で、女の子がさらに下に身体をかたむける。 

「危ない!」

 友菜は思いきりベランダに身を乗りだし、手をのばした。



 女の子の姿はなかった。



 あれ、あの子は。

 動揺した友菜の目の前で、こんどは二階あたりの位置に浮いたあの女の子がニッと笑いかけてこちらに手をのばしている。

 どういうこと。

 恐怖とわけの分からなさと危機感とで友菜は混乱した。

 ベランダの手すりから身体を半分出し、大きくかたむけたまま固まる。


 うしろから、服の背中部分をグッと引っ張られた。


 誰かに身体を支えられて、ベランダ側へとうしろ歩きでよろめく。

「大丈夫ですか?」

 テノールの声の若い男性だと分かった。

「え……えと」

 友菜は、とりあえず気を落ちつかせようと口元をおさえた。

 心臓がバクバクと速まっている。

「この校舎、老朽化ひどいですから中に入ると危ないですよ」

 助けてくれたらしい人物が、手すりの下を見る。

 黒いスーツの二十五、六歳ほどの男性だ。


「あの子がいるんで中々買い手がつかない土地なんです。うちにどうかって県のほうから話があったんですけど、僕は平気でも住む人が危険すぎますから」


 男性がそう言う。

 もしかしてあの女の子は幽霊。しかもたぶん(たち)の悪い。

 幽霊は信じているわけでも否定しているわけでもないが、そう認識すると全身が小刻みに震えた。

「あの……ありがとうございました」

「いえ」

 男性が笑いかける。

「ここ、だいぶむかしに廃校になった校舎なんで、この辺の方はだれも近づかないんですが――さいきん越してきた方ですか?」

「ええ」

 友菜はそう返答した。

「じゃ、ご用はないかもしれませんけど、せっかくですから」

 男性が名刺入れを取りだし、そこから名刺を一枚抜く。

 こちらに差しだした。

 

 華沢(はなざわ)不動産、事故物件担当 華沢 (そら)


 そう表記されている。

 事故物件担当。

 友菜は、納得したような聞き慣れない担当名に困惑したような、複雑な気分で名刺を凝視した。



 終





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