椀間市布荷見西2-5 築38年/アパート1K 西向き/コンビニ徒歩5分 令和元年リフォーム済 自社
アパート一階。ドアのまえの薄暗いあかりのもと、賃貸している部屋の鍵を開ける。
山堂 元晴はドアを開けると、手をのばして玄関のあかりのスイッチを入れた。
せまい玄関の上がり框に大きなバッグを三つほどドサッと置いて息をつく。
年末は実家に帰省していたが、結婚した弟が嫁さんを連れて同じく帰省していたので、なんとなく落ちつかなくて早々に帰ってきた。
弟の嫁は悪い人ではないが、実家に他人がいるのは単純に気を使って疲れる。
例年は二日の日以降に帰ってきていたのだが、きょうはまだ元旦。
二日の日までにはまだ二時間ある。
しかたない。
元晴は、上がり框に置いた大きな袋を冷蔵庫のまえに運んだ。
冷蔵庫を開け、実家に持たせられた食材を一つ一つ袋から出して冷蔵庫に入れる。
大晦日の前日、三十日の日にほぼ空にしたので、冷蔵庫のなかはスッキリとしている。
「まず、やさい」
半分にした白菜とほうれん草とチンゲン菜。
いまの時期は、これは冷蔵庫じゃなくてもいいか。冷蔵庫わきのプラスチックのワゴンに置く。
「肉」
一人暮らしなのに、豚三バッグ、鶏二バッグ。計五パックも持たされた。
「鍋パーティーでもしろってか」
ひとりごとを言いながら冷蔵庫に入れていく。
ミカンを二十個ほど。
「まあカビ生やさんうちにコタツで食うか」
プラスチックのワゴンに二、三個ずつつかんで置く。
「……モチ」
そうつぶやいてモチの入ったパッケージを取りだした瞬間、見えない突風が吹いたかのように凄まじい勢いでパッケージが横に払いのけるられる。
「出たな」
元晴は不敵に笑った。
ここが事故物件というのは、もちろん承知で借りていた。
ふだんは怪現象が起こるわけでもなく、あやしい人影すらない部屋なのだ。
大学時代からすでに十年ちかく快適に暮らしている。
元旦の日を除いては。
元旦の日だけモチに関することをすべて邪魔される。
ここを管理している華沢不動産の事故物件担当者によると、以前ここに住んでいたのは元旦にモチをのどに詰まらせて亡くなった老人ということだ。
自分の死因につながったものがよほどイヤなのか、元旦の日だけはかならずこうなる。
「そちらがそのつもりなら、しかたがない……」
元晴はモチをビニールのパッケージから出すと、皿にならべた。
「今年は意地でも食ってやる」
コンセントを入れ、トースターの扉を開ける。
モチをのせた皿をトースターのなかに入れようとした瞬間、皿の上のモチが見えない手にかっさらわれた。
「あっ!」
床に落ちるかと思いきや、きちんとシンクの作業台の上にならべられる。
さすがは高齢者というべきなのか。何か変なところはきちんとしてる。
「この……!」
元晴はふたたびトースターの扉を開けた。
皿にならべた瞬間にトースター内に入れてやる。スピード勝負だ。
そしてすばやく扉を閉め、タイマーセット。
元晴はジリジリと見えない老人を牽制した。
あるのかないのか分からん隙をみて、トースターの中にモチをならべた皿をつっこむ。
「なにっ!」
元晴は声を上げた。
トースターの扉が閉まらない。
ググッと扉を押すが、うすい弾力のあるものを挟んだようにきちんと閉まらない。
霊体を挟みやがったのか。挟めるのか知らんけど。
「小癪な……」
元晴はシンクの作業台にならべられたモチを焼かずに口にした。
「ふぉっちがふぉのつもりなら、焼かずにふぁべてやる」
とたんに背中をドンッと強く押された。
それこそ喉に何かを詰まらせたときの応急処置のように容赦なくドンッドンッと叩かれる。
「ぶふぉっ」
元晴の口からモチが飛びだした。
「くっそ」
口をぬぐう。われながら子供っぽすぎた攻撃だったと恥ずかしくなる。
「こうなったら!」
元晴は、肉まん蒸し器にモチを入れてフタを閉めた。
「このまま入れてやる!」
すばやくトースターの扉を閉め、タイマーをセット。
とたんにコンセントが抜かれる。
「そうきたか……」
元晴は歯ぎしりした。
玄関の呼び鈴が鳴る。
「はーい」
元晴は返事をした。
「華沢不動産の者ですが」
そう玄関ドアの外から聞こえる。
「ああ、はいはい」
元晴はいったん戦闘中断して玄関を開けた。
玄関まえの通路の薄暗いあかりの下、黒いスーツの青年が立っている。
事故物件担当者の華沢 空だ。
事故物件は、夜中にとつぜん退居したがる人もいるとのことで、毎夜いまごろの時間に様子を聞きに回っている。
「二日以降におかえりかと思っていたんですが、いらしたようなので」
「ああ、うん」
何でいるのが分かったんだろうこの人と思ったが、キッチンのあかりのせいか。
「おモチですか。僕も生前はお雑煮はけっこう好きで……」
不動産屋に向けて、ワゴンの上に置いたミカンが投げられる。
不動産屋は、あわてずさわがずナイスキャッチした。
「では」
何ごともなかったかのように不動産屋が落ちつき払って礼をし立ち去る。
やっぱ事故物件担当者ってすげえ。この程度の霊現象は日常茶飯事なんだろうか。
「まあいい、戦闘再開だ!」
元晴は見えない老人がいるであろう方向に向き直った。
蒸し器が開けられ、モチが畳の部屋のほうへ持ち去られる。
「待てっ!」
元晴は声を上げた。
しかしつぎの瞬間、モチはコトッ、コトッと一個ずつちゃぶ台に置かれた。
壁のアナログ時計を見ると、ちょうど十二時。
元旦が終わったのか。
「……モチ食うか」
元晴はちゃぶ台に置かれたモチを手に取った。
終




