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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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臼越市根座2-5 築25年/1K バス停西根座徒歩10分 西向き/自社

 除夜の鐘が鳴った。

 あれが一回め。

 ほんとうに百八回衝いているのか確認したいと子供のときから思っているけど、いまだに三回目くらいでよく分からなくなってやめる。

 日山 初音(にちやま はつね)は、カップラーメンのうつわに(はし)を置いて、ふぅ、と天井に向けて息を吐いた。


 年越しそば終わり。

 みそラーメンだったけど。


 以前は仕事納めのあとすぐに地元に帰って実家ですごしていたが、コロナ禍で帰れなかった時期に、このほうがラクだと気づいた。

 タブレットをスタンドでテーブルに立てて、ユーチューブであちらこちらの動画を見る。

 初詣のライブ配信をながめたあと、怪談話を語るチャンネルにたどり着いた。

 

『わたしが子供のころの話です』


 視聴者投稿の話らしい。

 目新しい話が聞けるかなとすこし期待する。


『祖父母の家のうらに空き地がありまして、祖父母の家の所有地だったのですが、わたしが小学校低学年のころにひさしぶりに祖父母の家に行くと、そこに戦後でいう掘っ立て小屋という感じかな――なんか手作りのような家が建ってまして』

 

 うんうん、と初音(はつね)はテーブルの上で頬杖(ほおづえ)をついた。


『おじいさん一人と、おばあさんがお二人住んでたんです。親戚のだれから聞いたか忘れたんですが、行く所がない人たちで居させてあげているというような意味のことを聞いたと思うんですが』


 おなかすいたな、おモチ食べようかななどと考える。


『わたしがその家のまえを通ると、いつもそこの家のおじいさんとおばあさんが三人そろって窓から顔を出して会釈するんです』


 おモチ、おモチ、でもコタツから出たくない。


『わたしが通るたびに毎回なんですよ。一日に何回通っても。毎回かならず三人そろって窓から顔を出して会釈。――ずいぶん律儀な人たちだなあと思うと同時に、一日中家のなかでなにしてんだろというか、ほかの人にもそうなんだろうかって』


 きな粉がいいかな。しょうゆもいいな。砂糖としょうゆ。

 でもなんかコーラ飲みたい。

 

『その人たち数年ほどそこに住み着いてたんですけど、わたしが中学生になったある日、母から “あの人たち、もういないみたい。出て行ってくださいって言ったんだって” って聞いたんです。――つぎに祖父母の家に行ったときは、その家は痕跡もありませんでした』


 となりの部屋から、男女のキャーキャー話す声が聞こえる。

 さっき一人で中に入って行った男の人がいたけど、となりの部屋に入居したのかな。事故物件って聞いてるけど。

 入居した早々にもうお友だち呼んだのか。


『おとなになって、どんな事情の人たちだったんだろうと思って母に聞いたんですけど。――ところがうちの母、その人たちまったく覚えがないって。ほかの親戚に聞いてもだれも覚えがないって言うんですよね。祖父母の家のうらは、ずっと空き地だよって』


 除夜の鐘が鳴る。


 となりの部屋から「こわーい」と女の人の声が聞こえてきた。むこうも怪談話だろうか。


 ライブ配信やってるチャンネルで、カウントダウンやってる。

 あと五秒でお正月。

 三、二、一。


「あけましておめでとうございまぁす」

 初音はタブレットの画面に向けて新年のあいさつをした。

 

 

「あけましておめでとうございます」



 となりの部屋とを(へだ)てている壁のあたりから、とうとつに男性の声がする。

 初音は息を飲んでふり向いた。心臓が跳ね上がる。


 壁から三十代ほどの男性とショートカットの女性、セミロングヘアの女性が顔だけを出してこちらを見つめている。

「ひっ?!」

 あきらかに生身の人間ができることではない。

 初音は青ざめて固まった。

「ひゃ……ひゃに」


「すみません。僕たちとなりの部屋で百物語をやっていまして」

 

 男性が困惑した表情で言う。

「九十九話で終わらせたんですが、となりの部屋のあなたがもう一話語ってしまったので、ちょうど百話になってしまいまして」

 語ったというか、ユーチューブの動画なんだけど。初音は脳内で答えた。


「百話コンプリートされると、何か出ないわけにいかないじゃないですか」

 

 しししし知らない、そんな幽霊の規則なんて。

 初音は腰を抜かした格好でブンブンブンブンと首を振った。

「僕たち、生前の自分たちと同じ会社員の人たちに混じってときどき楽しみたいだけなんで、とくに悪さはしません。じゃ、お邪魔しました」

 男性が会釈する。

 いっしょに顔を出していた女性二人もペコッと頭を下げた。


 なんなの。


 三人が消えたあと、初音はぼうぜんと壁を見つめた。

 ややしてから、畳に手をつきわたわたと立ち上がる。

「いや、ああああああ━━━━!」

 初音は大声を上げて玄関口にたどりつき、ドアを開けた。

「だっ、だれか!」


 

「ああ、あけましておめでとうございます」



 通路のうす暗いあかりの下。黒いスーツの青年がふり返りさわやかに言う。

 たしかここを管理している華沢(はなざわ)不動産の人。

 まえにたまたま話したときに、「担当は違いますが」と華沢 (そら)と書かれた名刺をくれた。

「ゆ、幽れ……百物語してたって」

 初音はおろおろとそう訴えた。


 となりの部屋のドアのまえで立ちつくしていた男性が、名刺を手に青ざめた顔を上げてこちらを見た。



 終




※なお作中のユーチューブの怪談は、自分の体験話を使いました。





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