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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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臼越市根座2-5 築25年/1K バス停西根座徒歩10分 西向き/自社


あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。路明

 冬の深夜のしんとした空気がただよう。

 郊外のアパートの二階。

 真っ暗な六畳の和室のなか、この部屋に住む男性がロウソクに火をつける。

 室内にいる四人の男女の顔がオレンジ色に照らされた。

 テーブルを囲んで、畳の上にそれぞれ正座や脚を崩したりしてすわり、おたがいの顔を何となく確かめ合う。


 市井 新吾(いちい しんご)は、この部屋に住む男性の様子を見つめた。


 年齢は三十代ほど、会社員と言っていた。

 集まってそのつど雑談などをする社会人のサークルだ。

 申し込みのときにサークルの主催者が免許証を確認するが、勤め先まできちんと調べるわけではない。

 なので身元はある程度はウソをつけると思っている。

 それでも会社とは関係のない話ができる場があるのは気分転換になったので在籍していた。


 きょうは、百物語で年を越そうというイベントだ。


 この部屋に住む男性が提案した。

 いつもなら十人くらいは集まるのだが、年末年始でいそがしい人が多いのか希望したのは新吾(しんご)と女性二人だけだった。

 合計四人。

「一人、二十五話になっちゃうね」

 セミロングの髪の女性が困ったように笑う。

「あたしそんなに知らないんだけど。途中で検索してもいい?」

 ショートカットの女性がバッグをゴソゴソとさぐりスマホをさがす。


「九十九話めで止めておくとかいう方法ってだめですか? そしたら危なくないっていうか」


 新吾は右手を挙げてそう提案した。

 幽霊は信じているわけでも信じてないわけでもどちらでもないという感じだが、この方法ではだめなのか、単純にいちど試してみたかった。

「あたし、それいい。ほんとになんか出たら怖いもん」

 ショートカットの女性が言う。


「じゃ、九十九話でお開きにする?」


 イベントを提案した男性が、残りのセミロングヘアの女性に尋ねる。

「いいんじゃない? どうせ遊びっていうか。でしょ? みんな」

 セミロングヘアの女性が、くすくすと笑いながら答えた。


 除夜の鐘が聞こえはじめる。


「十個めの鐘から話しはじめたら、終わったときに九十九話めで年が開けてる感じ?」

 ショートカットの女性が問う。

「あれ終わったときがちょうど十二時なの?」

 セミロングヘアの女性がそう応じた。

「そこまで意識したことないな。っていうか、ほんとうに百八回鳴らしてる?」

 新吾は答えた。




 除夜の鐘が鳴る。

 九十九話め。

 最後の話は、この部屋に住む男性だった。

 雰囲気を出すためか、声音を落として少し不気味な演出で話す。


「それでね、その友人が指さして言ったんです。“死んでるのは、おまえのほうなんだよ” って」


 女性二人が、はぁ~と息を吐く。

 イベント提案者がトリということでけっこう期待したが、どこかで百回くらい聞いたような話だなと新吾は思った。

 暇つぶしのイベントだから、べつにいいけど。

「これで九十九話め? 終わり?」

 ショートカットの女性がスマホを見る。

 本人が言ったとおり、ほんとうに途中からは怪談話を必死で検索していた。

 ほかの人の話なんか聞いている余裕はないという感じだった。

「九十九話、終わったよ」

「間違いない」

 全員がそれぞれにスマホを見る。

 百本のロウソクをつけるわけにはいかないので、めいめいにスマホに話数をメモしていた。

「じゃ、ロウソク消して電気つけていい?」

 イベント提案者の男性が尋ねる。

「いいよ。あたしラーメン食べたい。出前とかこのへんある?」

 ショートカットの女性が言う。

 フッとロウソクが吹き消された。室内が真っ暗になる。

 郊外の里山と隣接している地域なので、街灯は少ない。

 ロウソクを消したら、真っ暗だ。

 遠くの神社のあかりが窓から小さく見える。

「何かでた? 幽霊いる?」

 どちらの女性なのか。はしゃいだ声で言う。

 アハハハともう一人の女性が笑った。


 新吾のスマホのアラームが鳴った。


 ちょうど新年が明けたときに鳴るようさきほど設定していた。

「あけましておめでとうございます。電気、つけるよ?」

 いつまでも部屋の電気がつかないので、新吾は立ち上がり自分がつけようとプルスイッチを手さぐりでさがした。


 だが、いくら頭上をさぐっても何も手に触れてこない。


「あれ? ごめん」

 スマホのライトで室内を照らす。

 いやな寒気が走った。



 部屋には誰もいない。



 小さなテーブルと、二、三個の段ボールだけが転がったガランとした部屋。

 窓にはカーテンすらない。

 考えてみれば、さきほどなぜ窓からの神社のあかりが見えたのか。

 新吾は、ぎこちなく後ずさった。

 わたわたと脚をもつれさせるようにして自身の上着を拾い玄関口へと走る。

 玄関の鍵がかかっていたらどうしようかと思ったが、さいわいにもすんなりと開いた。

「だっ、誰か……!」

 何ともいえない気持ちの悪さに、自分でも誰へ向けているのか分からない助けを求める。


「ああ、あけましておめでとうございます」


 玄関を出てすぐに落ちつき払った声でそう応じられた。

 黒いスーツを着た青年だ。

 童顔だが二十五、六歳ほどか。

 青年がドアのほうを見る。

「ここは空き部屋ですが。内見希望ですか?」

 こんな時間帯に何言ってるんだろう、この人と新吾は思った。

「このアパートを管理してます華沢(はなざわ)不動産の者ですが、いまからでもいいですよ」

 そう言い青年が名刺を差しだす。

 アパートの通路の薄暗いあかりで見つめた名刺には、「華沢不動産 事故物件担当 華沢 (そら)」と表記されていた。


 事故物件……。

 新吾は出てきたばかりの玄関のドアを振り向けずに固まった。



 終





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