椀間市八橋保字拝天2-3 高内ビル3F ㈲拝天クリア・サービス
「メリークリスマァス!」
有限会社、拝天クリア・サービスの清掃員、簾 香南子は、アパートの空き部屋を掃除している最中にとつぜん現れた黒いサンタ衣装の男性を見て目を丸くした。
恰幅のいい体型、年齢はサンタというには若いが、白いひげは似合ってなくもない。
しかし、なんで黒い衣装なんだろ。
手にしていたモップを無言でモップバケツに突っこみ二、三度上げ下げしてから答える。
「お部屋、お間違えですよ」
どこかの子供向けのサービスかなと香南子は思った。
バブル期とか昭和とかだと各デパートがこういうサービスをしていたと聞いたことがあるが、見たのははじめてだ。
ゴム手袋をはずしてポニーテールの髪をすこし直す。
黒い衣装のサンタはすぐに立ち去るかと思ったが、ニヤニヤ笑いながら玄関口の三和土に立っている。
言った意味が分からなかったのかなと香南子は思い、モップバケツを風呂場の出入口に運びながら続けて説明した。
「ここ、空き部屋ですから。たぶんお子さんのいる部屋は、このアパートにはないんじゃないかな。単身者だけのところだから。住所確認しました?」
黒い衣装のサンタは、ニヤニヤしながら三和土に立っている。
よく見ると顔が青白くて具合の悪そうな感じだ。
体調が悪いのにムリしてアルバイトを引き受けたのだろうか。いろいろ大変だなと香南子は思った。
「住所どこです? このへん土地勘ないけど、いちおう」
「きみは、よい子かなぁ? 悪い子かなぁ?」
黒い衣装のサンタは、骨格からして不自然な感じに首を横に曲げて問う。
からだ柔らかいなあ、この人と香南子は見つめた。
「君和? 宵越? 割後?――市内にあったかな、そんな住所」
香南子は首をかしげた。
「いつもお祈りしてるかなあ?」
「え? いつもはしませんよ。元旦になったら初もうでに行こうと思ってますけど」
香南子は答えた。
お仕事熱心な人なのかなと再度首をかしげる。関係ない人が相手でも、とりあえずお店の宣伝するよう言われてるとか。
「あ、分かります。うちも社員が開発した洗剤、ともかく人に会ったら宣伝しろって言われてて。お値段、通常価格とお得用割り引き価格を暗記したんですけど、さいきん値上げして暗記しなおしさせられて」
「お祈りしない悪い子には、これをプレゼントだよぉ」
黒い衣装のサンタが、手にした大きな袋を両手で頭上に持ち上げる。
「あの、そちらの顧客じゃないですから。怒られますよ、プレゼント勝手に配ったりしたら」
香南子は両手を振って断った。
とたんに袋から大量の灰が流れだす。
ドサドサドサッと音を立てて、掃除したばかりの床を灰の山だらけにした。
「ちょっ……あ━━━━!! ちょっと!」
舞い上がった灰を手で振り払いながら、香南子は声を上げた。
「なにするんですか! もう少しでお掃除おわるとこだったのに!」
なにこの人、なにが目的でこんなこと。香南子は頬を強ばらせた。
もしや、嫌がらせをして仕事の縄張りを奪おうという悪質同業者。
香南子は作業着のポケットからスマホを取りだした。
まずは社長に連絡。
悪質な業務妨害、偽計業務妨害かな。そこは分からないから社長に任せよう。
スマホをタップし、会社にかけた。
「──あ、社長いる? 専務さんでもいい。緊急連ら……!」
とつぜん目の前が真っ暗になる。
サンタの袋をかぶせられたのではと気づいた。
「ちょっ! なに?!」
腹部をグッと持ち上げられ、足が宙に浮く。
持ち上げられたようだ。
「ホーッホッホッホ」
「ちょっ! なにするの! 会社への人質にするつもり?! こんなことしたって、うちは仕事譲らないんだから!」
香南子は、灰のこびりつく袋の中で思いきり暴れた。
「だいたいねー、華沢さん担当の物件は、あたししかお掃除する人いないの! 事故物件だからってみんな怖がってやりたがらないんだから!」
「ホーッホッホッホ」
からだが大きくゆれる。運ばれているようだ。
袋のなかは灰まみれ。服も髪も灰だらけだ。
「うちの会社の仕事を横取りしたところで、華沢さんの物件を掃除できる人なんていないの!」
香南子は思いきり暴れた。
それでも恰幅のいい男性との力の差はありすぎる。
「ちょっと!」
「ホーッホッホッホ、きょうは臓物でモツ鍋モツ鍋」
「仕事中におなかすくからやめてー!」
「赤いサンタさん、いらっしゃいましたよ」
とつぜん、べつの男性の声がする。聞き覚えのあるテノールだ。
香南子はゆっくりと床に下ろされたが、急に支える手がなくなってバランスを崩した。
袋に入れられているので、どうしてもバランスはとれない。
「やだ、わっ」
なんとかもがいて袋から顔を出したものの、床に尻もちをつきそうになる。
「おっ……と」
うしろから支えてくれた人がいた。
ふり向いて顔を見上げる。
ここを管理している華沢不動産の事故物件担当、華沢 空だ。
「え」
香南子はにわかに赤面した。
だ、抱きとめてもらっちゃった。
けっこう腕力あるのかな。というか見かけによらずよろめきもしなかったような。
「ああああありがとうございます」
香南子は首から下が袋のまま、もそもそと不動産屋から離れた。
「大丈夫ですか?」
不動産屋が問う。
「だだだ大丈夫ですけど、ちょっと悪質同業者が現れて、お掃除やりなおし……」
香南子は床を見た。
さきほど大量に床に流し込まれた灰はどこにも見当たらない。
自身が入れられていた袋も、よく見ると持参したゴミ袋だ。
「あ……あれ?」
「幼稚園のクリスマスイベントでブラックサンタの役をやるはずだった人なんですが、出かけるさいに玄関で倒れて亡くなられて、どうもクリスマスにだけ現れるらしくて」
不動産屋が書類を茶封筒から取りだし説明する。
「国によっては赤いサンタとブラックサンタはペアで活動するという言い伝えがあるそうで、その言い伝えに沿った設定だったようなんですが」
「へえ……」
香南子は玄関のドアを見た。
「じゃあ、相方さんが来たって華沢さんに言われて急いで行ったんだ。イベント始まっちゃいますもんね」
「いえ、もう亡くなっているので」
不動産屋がにっこりと笑う。
香南子も愛想笑いを返した。
また唐突に怪談話。よっぽど好きなんだなと思う。
終




