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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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82/96

椀間市戸杉4-2 築17年/アパート1Kキッチン窓付き バス停戸杉西 徒歩8分スーパー・コンビニ近く/自社


 開かない。

 

 アパート二階、いちばん端の部屋。

 玄関口を入ってすぐにトイレの前に行き、栗山 茉莉(くりやま まつり)はトイレのドアノブをガチャガチャと回した。

 通勤に使うバス停から自宅アパートまでは、女性の足では約十分。

 近くのコンビニやスーパーはアパートを通り過ぎて行かなければならないので、自宅のトイレを使おうと急いで帰ってきたのに。

「うん、もう」

 イライラと声を上げて百円ショップで買ったベージュ色のドアノブカバーを外す。

 セミロングの髪を耳にかけ、しゃがんでトイレの鍵の開閉の表示を見た。

 赤、つまり鍵が閉まっている。

 この表示の部分に指を突っこみムリヤリずらしていけば鍵は開く。

 小学校のときから知っている非常時の対処法だ。

 爪の先でグリグリと動かしていく。

 

 この部屋が、事故物件ということは承知で契約した。


 オカルト話はまあまあ嫌いではないが、幽霊は見たことがないので信じているとも信じていないとも、考えたこともない。

 最近はときどきこうしてトイレの鍵が閉まっているので、幽霊はトイレにいるんだろうかと推測してみたりしているが、本心としてはまあ欠陥的な作りの鍵なんだろうという感じだ。

瑕疵(かし)ナントカって、欠陥住宅とかも入るんだっけ……」

 そう独りごとを言いながら、表示の赤の部分を青にずらす。

 なんどもこんなことをやっているので、表示の部分は少し剥がれてきている。

 ここのところは、これをやるためだけに(つめ)を少しだけ伸ばすようになった。


 表示の大部分が、開きをしめす青に変わる。


 あとはドアノブをググッと回し、強引に解錠した。

「よし」

 ドアを開けてトイレの中に入る。

 洋式の便座に座り、ホッとして宙をあおいだ。

 少し塗装(とそう)の剥げた年季の入った天井が目に入る。

 速やかに用を足した。

 



「トイレですか?」

 午後十時。

 夕飯をすませて、お風呂にお湯を張ったすぐあとに呼び鈴が鳴った。

 ここを管理している華沢(はなざわ)不動産の事故物件担当者が様子うかがいに訪ねてくる。

 事故物件は夜中にとつぜん退去したいという人もいるので、いちおう様子を聞いて回っているとかなんとか。

 名前は華沢 (そら)さんだったか。

 二十五、六歳ほどの童顔のイケメンさんだ。

 いつも黒いスーツをきっちり着ているが、真夏も毎日この格好だったのはびっくりした。


 不動産屋が帰ったらお風呂に入って寝る。

 いつもこの時間に来るので、だいたいのルーティンが決まってしまった。


「最近いつの間にか鍵が閉まってるから、幽霊がそこにいるのかなって」

 茉莉(まつり)は冗談半分で尋ねた。

「いえ、トイレにいるわけではないんですが」

 不動産屋がボールペンを米噛みのあたりに当てる。

 スッと顔を上げると、キッチンのシンクのあたりをゆっくりと見回した。

「トイレではないですよ」

 そう言い、持ってきた書類になにかを書いた。


 ……なにいまの。


 茉莉は軽く鳥肌を立てた。

 ここにいる幽霊が見えているんだろうか。

 事故物件の担当者ともなると、霊能者のような力でも持っているのか。

 シンクのあたりを目で追っていたということは、その辺りにいるのか。

 茉莉はシンクをながめた。

 いや違う。ゆっくり目で追っていたから、移動しているのか。

 なんとなく鳥肌が立つ。


「あの。ここで亡くなった人って、どんなでしたっけ」

 

 茉莉は声をひそめた。

 幽霊がもし聞いていて、気に障って呪われたりしたらちょっと怖い。聞こえないように小声で聞いた。

 不動産屋が顔を上げる。

 かるく眉をよせた表情に見えた。

 いちど説明したのにとイラついたのだろうか。

「えとあの、契約時に聞いたとは思いますけど忘れたというか」

 茉莉は愛想笑いをした。

 忘れたというか、どうせ何も出ないと思って聞き流していたというか。

 不動産屋がもういちど書類に目を落とす。


「夜道で襲われたようなんですが、何とかこの部屋に逃げてきて後日ケガがもとの感染症で亡くなったんです」


 不動産屋が言う。

 茉莉は嫌悪に眉をひそめた。

「警察は変質者とみているようですが」

「そ……それ、捕まったの?」

 不動産屋がトイレのほうを見た。

「まだです」

 そう答えると同時に、トイレの中からガタッと音がする。

「ひ」

 茉莉はついおかしな声を上げてしまった。トイレを振り返る。

 やはり幽霊がいるのはトイレでは。

 自分の死因を話題にされることに怒っているとか。


栗山(くりやま)さん、靴を履いて外に出てくれますか」


 不動産屋が、書類をカーキ色の封筒にしまい早口で言う。

「早く」

 小声だが鋭い口調に茉莉はすこしおどろいた。

 意味が分からないが、そそくさと愛用のスニーカーを履いて指でかかとを直す。

 不動産屋が外にうながして静かに玄関のドアを閉めた。


「警察を呼びます。しばらく近くのコンビニにでもいてくれますか?」

 

 不動産屋が早口でそう告げる。

「え」

 茉莉はわけも分からず目を丸くした。

 不動産屋が顔の横に手をあてる。



「変質者だと思います。トイレにいます」



「は?」

 茉莉は口を半開きにして固まった。

「トイレの天井を一部外して侵入したんだそうです」

 茉莉は大きく目を見開いた。

 したんだそうです、って誰に聞いたのと思ったが、告げられた内容がそんな場合ではない。

「こ……ここに住んでた人を襲った?」

「それは警察にまかせてみなければ分かりませんが」

 そういえば、トイレの天井の塗装の剥がれた部分。

 さきほどの幽霊話とは違う、べつの性質の鳥肌がゾゾゾッと立つ。


鉢合(はちあ)わせしないようトイレの鍵を閉めてくれてたみたいですね」


 不動産屋が、階下に降りるよう階段のほうを指さす。

「……へ、変質者が?!」

「幽霊がですよ」

 不動産屋が何を言っているんだろというふうに眉をよせた。



 終





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