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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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於曾方市沼千々3-12 築35年2LDK8・8中2階戸建て 楚洲下線沼千々駅/自社

 海の広がる窓の外の風景を鏡谷 涼一(かがみや りょういち)はながめた。


 夜中だけ事故物件を扱う不動産のことは、以前からネットで見て知っていた。

 昼間はふつうの不動産として営業しているところだそうだが、おもしろいことをやってるんだなと思った。

 当時は関係ないなと思っていたが、先日大きな災害に巻きこまれ周囲の勧めもあってまとめて有給休暇をとって休養することにした。

 お盆の時期であれば、他社も交代でまとまった休みを取ったりするので、あまり迷惑もかからんだろうとあえてこの時期を選んだ。


 日割りでも借りられるとのことだったので、ためしに五日ほど契約した。

 うわさに聞いていた事故物件というものがさほど問題でないものなら、家賃も安いし引っ越すのも悪くはないなと思ったが、今回はとりあえず五日間ほどのリゾートだ。

 山間か海でポツンと建つ一軒家はあるかと問い合わせてみたら、どちらも一軒ずつあるという。


 せっかく夏だしと、海を選んだ。


 もう泳げる時期ではないし、そもそも海水浴場というわけではない(がけ)の多い海なので、泳ぐには向いていない。

 だが窓から見える、水平線に海鳥が飛んでいる景色は清々しい。

 ふだんゴチャゴチャした街なかで歩き回ってるからなおさら。

 はぁーと息を吐く。

 二部屋あるので、そこは少々もて余しそうだ。

 友人をさそってもよかったかと思ったが、ゆっくり療養するための有給休暇だ。

 もて余すくらいが正解なのか。

 涼一は、窓ぎわに頬杖(ほおづえ)をついた。


「落ちつく……」

「落ちつきますねえ」


 涼一のつぶやきに呼応するように、おだやかな男性の声がする。

 まだ足を踏み入れていなかったとなりの部屋。

 そちらの窓から、老夫婦がこちらを見ている。

 近所の人か。

 周囲は向こう二キロちかく民家はないはずだが、散歩でもしているのか。

 田舎の人の感覚で、知らん人の家も平気でのぞいているのかもしれないがちょっと鬱陶(うっとう)しい。

「……こんにちは」

 とりあえず大人の対応であいさつしてみたが、ここからどうやって「一人にしてくれ、放っておいてくれ」とやんわり伝えるか。


「あの……」

「わたしら、むかしここで過ごしてましてな」


 むかしのこの建物の持ち主か。

 売りに出したものの様子を見にくるとか、何か執着を感じてこわい。

「妻は(がん)でしてな」

 夫が、老婦人のほうを指す。

 老婦人が、ニッコリと笑いながらコクコクとうなずいた。


 癌にしては色つやよくてふっくらした顔だが。


 涼一は眉をよせた。

 そういう症例もあるのか。

「わたしは、妻を看取ったあとに脳溢血(のういっけつ)でポックリと」

 夫が自身を指さす。

 脳溢血……って、なっても元気に回復して散歩までできるのか。

 後遺症が残りそうなものだがと思ったが、あまり詳しくはない。

 

「そうですか、お大事に」


 涼一は社交辞令的にそう声をかけた。

 てきとうに塩対応すれば、あとは来なくなるだろうか。

 老夫婦にクルリと背を向ける。


「海は好きですか?」


 こんどはさきほどの窓とは反対方向、台所の窓に老夫婦が現れる。

「えっ」

 涼一は身を固まらせた。

 さきほどこの二人が立っていた窓からは、ぐるりと外周を来たとしても一瞬ではムリだ。

 老人のくせになんて脚力だ……ととりあえず脳内で冗談をかましてみるが、違うだろう。

 双子、いや何かトリックがあるとか。

 涼一は室内を見回した。

 

「どちらからおいでの方なんですか?」


 こんどは中二階の窓から二人がそろって顔を出す。

 涼一は手近な壁に貼りついた。

 そういえば、ここは事故物件だった。 

 こんなにバッチリ出るとは思わんかった。せいぜい夜中のあやしい物音くらいだろうとナメてた。

「わたしら、もとは椀間市で会社やってましてなあ」

 老夫婦がこんどは洗面所の小窓から顔を出す。

「おおおお俺も会社そっちで」


「おお、そうなんですか。奇遇ですなあ」

「知ってる会社かしらねえー」


 老夫婦が、こんどは涼一のすぐ横の窓から顔を出す。

「ぅわあ━━━━!」

 涼一は声を上げた。



「あの、すみません」



 老夫婦のうしろから、テノールの声がはさまれる。

 黒いスーツを着た青年が、複雑そうに顔をしかめていた。

 ここを借りるときに手続きしてくれた華沢(はなざわ)不動産の事故物件担当の人だ。

 たしか名刺にあった名前は、華沢 (そら)


「顧客を驚かすのやめていただけませんか」

「お、不動産屋さん」

「あら一年ぶり」

 老夫婦がふり向いて話しかける。


「いや、お盆で戻ってきたら若い人がいるからうれしくて」

「海が見たくてバブル期に建てた別荘だったからねえー」

 老夫婦がそろって笑う。

「まじ幽霊……うわぁ」

 涼一は窓辺に手をついた。

 じっさいに遭うと、こわいと言うよりどうしていいか分からん。

 考えたら、いま老夫婦が立ってる場所のすぐ下は崖で波がザバザバと打ちつけている。

 なるほど本物だ。

 この反応もたぶんおかしいんだろうが、本物だ。


 涼一は、もういちど窓の外を見た。

 窓の外はすぐ崖だ。

 老夫婦の背後に立っている不動産屋、どういうことだ。



 終





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