朝石市那間良1-11-201 築19年/アパート1K 備考:コンビニスーパー近く 仲介
一人暮らしをしている町から電車に乗り一時間ほどの海水浴場。
泳げるシーズンはもう終わってしまったが、内海 彩香は、せっかくだからと会社のお盆休み初日に出かけた。
友人の千夏と、ラフな服装で海水浴場の海の家めぐりをする。
波の音と、海の景色と潮風。
これだけで開放感でのびのびする。
さきほど海の家で買った串刺しの焼き魚をかじる。
振り向くと、千夏がこちらを見てにっこりと笑った。
これからまっすぐ実家に帰省する。千夏は地元もおなじなので、夕方になったらいっしょに地元への特急列車に乗る予定だ。
裸足で歩くと、熱をもった砂が心地いい。
途中の店でビーチサンダルを買ったが、履いているとサンダルに入った砂がザラザラと鬱陶しいので脱いだ。
千夏ははじめから履いていない。そのほうが正解だなと思う。
四軒めに入った海の家で買ったコーラを手に、屋外に置かれた木のイスに座る。
波の音が耳に心地いい。
コーラをストローで吸った。
「住んでるアパートがさあ、ちょっと陰気くさい曰くがあるじゃん。よけいに清々しいっていうかさ」
彩香は苦笑いした。
「悪いところじゃないんだけど、すぐまえの公園がね」
ストローで氷をかき回す。
「事故物件ってわけじゃないんでしょ?」
千夏が問う。
「事故物件じゃないんだけど、まえにある公園で女の人が二人死んでるんだってさ。気にする人もいるから借り手がなかなかつかなくて、事故物件をよく扱ってる不動産に仲介お願いしたって」
「正解じゃん。彩香みたいに気にしない人が見つかったんだから」
千夏がアハハと笑う。
「んだねー」
彩香はじゅじゅっと音を立ててコーラを飲んだ。
「なかには、公園で死んだ女の人の幽霊がアパートの部屋まで入ってくるっておびえて逃げ出した人もいるんだってさ」
彩香は眉をよせた。
「まさかねえ」
幽霊は信じないわけではないが、まあ一生見ることはないだろうなという認識だ。
自分とは関係ない世界の話というか。
「一人は二十年近くまえに公園内で真っ昼間に変死。もう一人は、十年くらいまえに理由がいまだに不明の自殺とかいったかな」
千夏が「ふうん」と相づちをうつ。海の家を出ていくカップルをながめた。
「自殺のほうの人は、さきに変死した人の呪いで死んだんじゃないっていう人もいるんだってさ」
彩香は、組んだ両手を伸ばして軽く伸びをした。
海の家で使っているガスボンベが目に入り、アパートの元栓が急に気になる。
「ガスの元栓、閉めてきたっけ」
伸びをした体勢でつぶやく。
「え、やだ」
千夏が苦笑いする。
「気にしだすと、ものすごく気になる……」
「どうする? アパートいったん戻る?」
「それも時間のロスでやだなあ」
彩香は顔をしかめた。
「あ」
彩香は宙を見上げた。
「澪子ちゃんいるかな。いたら見てもらお」
木のテーブルの上に置いたビニールの手さげバックをさぐり、スマホをとりだす。
「おなじアパートの人?」
千夏が尋ねる。
彩香はコクコクとうなずいた。
澪子の部屋の固定電話の番号をタップし、スマホを耳に当てる。
「──あ、澪子ちゃん? いま時間ある? あたしの部屋のガスの元栓なんて見れるかな」
「──もう見たよ。彩香ちゃんが出かけたあと」
電話口に出た澪子が答える。
「ん? ──そう」
彩香は目を丸くした。
元栓開いてたのかな。もしかして外にガス漏れて大騒ぎになってたとか。
「なにかあった?」
彩香は眉をひそめた。
「──ちゃんと閉まってたから、大丈夫。わたしが近くの家のガス漏れで死んでるから気になっちゃって」
澪子が言う。
「あ、そうなんだ、近くの家の。それ大変だっ、たね……」
違和感に気づく。
彩香は向かい側に座る長い三つ編みの女性を見た。
さきほどからなにも飲食せずに手近なカップルをながめている。
「……だれ」
彩香は問うた。
友人の千夏だと思いこんでいたが、そんな名前の友人はいない。
この海水浴場へは、一人で来た。
実家に向かう途中で下車して、夕方までブラブラするつもりだったのだ。
「わたし、失恋して死んだんだ」
目の前の女性がうつむく。
まばたきすると、女性がいた席は無人になっていた。
周囲のざわめきが耳に入る。
彩香はゾッとしながらスマホの画面を見た。
この通話口の向こうにいる女性も知らない。固定電話を使っている知り合いなんていない。
あわてて通話を切ろうとしたが、こんどは通話口の向こうからテノールの男性の声が聞こえる。
彩香は、こわごわ耳に当てた。
「──お世話になっております。華沢不動産の華沢と申します」
彩香は、はぁぁぁと息を吐いた。
アパートを紹介された不動産の人だ。
たしか紹介されたさいにもらった名刺には「華沢 空」と氏名が表記されていた。
これはたぶん本物の人だよね。そう自身に確認する。
「さきほど通話に出た方とお話ししましたが、悪気はなかったとのことなので──僕も確認させてもらいましたが、ガスの元栓は閉まっています。ご安心ください」
「ああ……はい。お手数かけました」
彩香はそう返して通話を切った。
不動産屋がまるで幽霊と会話したかのような言い方をしていたが、たぶん自分の解釈ちがいだろう。
顔を上げると、幽霊が座っていたイスがあらためて目に入りジワジワと鳥肌が立つ。
波の音が、ひときわ大きく聞こえた。
終




