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部屋から出ると、隣の部屋の玄関前に黒いスーツの男性がいた。
例の隣の会社員と話しているようだった。
スーツの男性は、こちらに気付き振り向いた。
童顔だが、ちょっと落ち着いた感じは、見かけより少し上の年齢かなと思った。
「こんばんは」
スーツの男性は会釈した。
「ああ、ええ」
急いで女の幽霊から逃げたかったので、涼平は曖昧な礼だけして通りすぎようとした。
ふと、男性の服装と来ている時間帯が、隣の会社員から聞いた事故物件担当の特徴に当てはまる気がして立ち止まった。
「えと……」
「はじめまして。華沢不動産の事故物件担当の者です」
スーツの男性は微笑して言った。
「あ……うぁ」
涼平はすぐに言葉が出ず、口をパクパクとさせた。
不動産屋は、丁寧な手付きで名刺を取り出し差し出した。
華沢不動産 事故物件担当、華沢 空とあった。
「うちの部屋、やっぱ事故物件なの?」
涼平は、もはや抗議よりも縋るような気持ちで言った。
「は?」
不動産屋は、どこの部屋だろうという風に周りを見回した。
涼平は隣の自室を指差した。
「いえ、そちらは違いますが」
不動産屋は言った。
「ですよね」
不動産屋は、なぜか隣に越して来た会社員の方を向き、確認した。
「ああ……そうなるの?」
会社員は言った。
「いや、あんたが事故物件だって……」
涼平は会社員の男性に詰め寄った。
「事故物件って扱いにはなってなかった? って聞いただけだよ」
会社員は苦笑した。
「いやでも、実際女の霊が!」
涼平は部屋の方を指差した。
「ベッドの下に潜んで、一生憑いていくからって!」
恐怖が甦り涼平は喚いた。
不動産屋は首をやや傾け、何かを考えているような表情をしていた。
「あいつ、まだ来てるのか」
会社員はそう言い舌打ちした。
「その女性は、まだお部屋に?」
不動産屋は涼平の方を向き言った。
「は、はい」
「では通報しておきます」
「通報……?」
涼平はポカンと目を見開いた。
「あれ、俺の所に来てたストーカーだよ」
嫌悪を覚えているような表情で会社員は言った。
「ここに引っ越すとき、念のため周囲の人には隣の部屋の番号知らせといたんだよね」
会社員はそう言い、涼平の部屋を指差した。
「は? え?」
涼平は困惑して会社員の顔を見た。
「な……何ですかそれ。迷惑でしょ」
「うん。だから、何かあったら言ってって言ったの」
会社員はそう言った。
「じゃ、事故物件ってのもデマか何か?」
「事故物件は、こちらのお部屋です」
不動産屋は何かを書類に書きながら、ボールペンの頭で会社員の部屋の方を指した。
「いやあ……」
会社員は苦笑した。
「あ?」
涼平は不機嫌な表情で会社員を見た。
「何なんですか。じゃあ、何でこっちが事故物件なんて」
「前にあのストーカー女が来たとき、俺、ベランダ伝いにそっちの部屋に逃げようとしたんだよね」
会社員は言った。
「んで、ベランダから落ちて頭打ってさあ」
あはははは、と会社員は笑った。
「……は?」
「それでそっちの部屋も一緒に事故物件扱いになったのかなって、ちょっと思って」
「ご自分の部屋に戻ろうとしたところで落ちられたので、ご遺体の半分以上は元のお部屋の前でしたし」
不動産屋は言った。淡々とした口調だった。
「どちらにしろ、あなたの出没場所はその部屋が中心のようですから」
不動産屋はボールペンで頭を掻いた。
「ああ、そういう風に判断するものなんだ」
会社員は言った。
どういうことだ。今、何と話してるんだ。
涼平は呆然とした。
「では、通報しておきます。そちらのお部屋は、通常営業している社長の担当なので、あとは社長の方に相談してください」
不動産屋は深く礼をした。
「お疲れ様」
会社員はにこやかに手を振った。
不動産屋が階段の方に消えると、会社員は涼平の方を向いた。
「あ。警察が来るまでの間はどうするの? こっちに避難してる?」
会社員は自室の玄関扉を開けた。
終