朝石市見付東3-8 1階/42坪現状渡し
雨が降ってきた。
会社帰りのバスから降りたとたんにポツポツと雨が頬にあたる。
舟木 汐織は、手にしていたスマホから顔を上げた。
バスの女声のアナウンスが降りるさいの足元の注意を告げ、ややしてからバスのグライドドアが閉まる。
スマホを手に持ちながら、折りたたみ傘をとりだして開いた。
いつもならこのずっとまえの停留所で降りて駅に向かうのだが、今日は高校時代からの友人、沙帆と会う約束をしている。
高校入学時から数えたら、いちおう二十年近いつきあいだ。
向こうは二年前に結婚した。
相手はコンビニを一家で経営している人で、手伝ってみたら大変だとか、実をいうとあまり儲かっていないとか、それでも楽しそうな感じで話していたが、半年ほどまえから連絡が途絶えていた。
こちらもそのコンビニに行く行くと言っておいて、いちども行っていない。
自宅からも遠いし、通勤の通り道からは外れている。仕事もいそがしかった。
高校卒業後、大学や就職先がバラバラになっても友人関係は続いていたが、とうとうこのまま疎遠になっていくのかもと思っていた。
ところが、昨日の夜に半年ぶりにメールが来た。
なんだろと思いながら開くと、内容は「久しぶり、元気?」との他愛もない内容だった。
「元気」と書きこんだあと、「コンビニなかなか行かなくてごめんね」とつけ加えた。
連絡が途絶えていたあいだにコンビニ潰れてたらどうしよ、と送信してからあせったが、「いつでも来て」と返信が来たのでホッとした。
「いま、うちのコンビニでキャンペーン中だから来るとお得だよ」とつけ加えられる。
なんだ半分は営業かなと複雑な気分になったが、明日は休み前だし、いい機会だからちょっと顔を出そうかと思った。
バスから降りて、傘をさしながらスマホを見る。
来たことのない地域なので、地図なしでは絶対にムリだ。
あたりを見回しながら地図を確認する。
かなりさみしい地域だ。
道の片側には鬱蒼とした草むらがつづき、もう片側は民家はあるものの、ポツポツと点在しているという感じだ。
バス停はもう遠い。
車で通る人がよく利用する感じの立地なのかなと周囲を見回した。
数十メートルほどさきに、煌々とライトの光が目立つ建物がある。
あれかな。
スマホの地図と見くらべる。
たぶん。まわりにコンビニらしき建物はほかにないし。
雨が強くなってきた。
汐織は、すこし歩く速度を早めた。
コンビニのまえに到着する。
傘の水滴をはらい、簡単にたたむ。
ビニールの傘袋はないのかなと見回すが、ないようだ。
盗まれたらイヤなので、手に持ったまま店内に入る。
沙帆にとつぜん出迎えられたら気恥ずかしいなと思いつつレジのカウンターを見るが、だれもいない。
ちょっと気勢をそがれつつ、店内を見回す。
メールにあった通り、キャンペーン中の横断幕が天井を横切っている。
あれ、と目を丸くした。
半年ほどまえに販売休止になったと聞いたスナック菓子がある。
けっこう好きだったのでがっかりしていたが、在庫としてあった分を置いているのだろうか。
へえ、とあちらこちらの棚を見た。
品ぞろえ、けっこういい。
やはり半年まえに生産中止になったお菓子をもう一つ見つけた。
ネコ缶の棚にある缶づめのいくつかも、生産中止とかドラッグストアで貼り紙されてたやつじゃないかな。
へええ、と感心した。
さいきんは愛用の日用品とかお菓子の生産中止にガッカリっていう話をよくネットで見かけるけど、そういう人をターゲットにしているのかな。
経営者は彼のお父さんと聞いていたけど、けっこう目のつけどころいいかもと思う。
買いものカゴを持ってきて、お菓子をいくつか入れる。
飲みものも買って行こうかなと、店の奥のリーチインにならんだコーヒーをながめる。
さいきん発売された夏限定ブレンドはないのかぁと思い、べつのものを手にとった。
おでんのつゆの匂いがする。
いまの季節に買う人もいるのかと思いながら、レジまえのお惣菜をながめる。
おいしそうな匂い。
沙帆か、せめて店員さん。だれか来ないかなとレジの奥のほうを見た。
お客が少ない時間帯なんだろうか。
ややしてから、レジの奥のドアが開く。
「あ」
コンビニの制服を着たショートカットの女性が顔を出した。
「汐織ぃ」
女性がうれしそうにかけよる。
沙帆だ。
「へへー来ちゃったー」
汐織もレジにかけよった。
「品ぞろえいいじゃん」
「そ?」
沙帆が苦笑いする。
汐織は買いものカゴをレジの横に置いた。
「プリペイドカード使える?」
バックをさぐり、サイフをとりだす。
カード入れから、よく使うプリペイドカードを取りだして顔を上げる。
店内は真っ暗だった。
「え?」
自分の目がおかしくなったのかと思い、目をなんどもしばたたかせる。
停電だろうか。
そう聞こうとしたが、目の前にいたはずの沙帆もいない。
「沙帆?」
やっぱり停電かな。
ブレーカーを見に行ったのか。
暗い店内を見回し、沙帆がもどるのを待つ。
商品棚が空のように見えるが、暗くてよく見えないせいかなと思う。
「沙帆ー? 大丈夫?」
奥のほうにむけて声を上げる。
よほど奥のほうなんだろうか。ドアのすりガラスに懐中電灯のあかりが見えない。
それより結婚した彼や、いっしょにコンビニをやっていた彼の父母たちは。
いないのかな。
「すみません」
コンビニの入口から男性の声がする。
うす暗い外灯に照らされて、黒っぽいスーツを着た若い男性だというのが分かった。
入口ドアを半分ほど開けて、こちらに身を乗りだしている。
「ここはうちで管理している物件なんですが」
男性が言う。
「えとここ賃貸なんですか? あの、友だちの家で経営しているお店で、友だちはいま奥に行っちゃったみたいで……」
「空き店舗ですよ、ここ」
男性はそう言った。
「……え」
「先日から、うちが管理することになったんですが」
男性が入口で内ポケットに手を入れる。
名刺をとりだしたようだが、紙面を見て「んー」と声をもらした。
「ここじゃ見えないですが、よろしければ」
こちらに近づいて、名刺を差しだす。
「華沢不動産、事故物件担当の華沢と申します」
言いながら名刺入れを内ポケットにしまう。
「事故物件……?」
汐織は眉をひそめた。
外のうす暗い外灯のあかりに照らして、なんとか名刺を読んでみる。
氏名は「華沢 空」だろうか。
「半年ほどまえ、経営者の一家が心中なさいまして」
不動産屋が言う。
「……うそ」
汐織はつぶやいた。
「先日まで商品が棚に置きっぱなしだったんですが」
よく見ると、さきほどレジの横に置いた買いものカゴにはなにも入っていない。
汐織は暗い店内を見回した。
終




