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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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朝石市日千木6-3 築27年/アパート1K南向き バス停日千木 徒歩5分コンビニ、食堂近/自社

 今年の梅雨入りは遅れているとのことだが、それでも今月の末には梅雨の時期に入るだろうと気象情報の動画で告げていた。

 昼下がり。アパート二階の部屋。

 水嶋 沙依(みずしま さよ)はカットソーの(そで)をまくった。

 いまのうちに大掃除をしておきたい。

 シーズン中に多少のカビが生えるのはしかたないにしても、せめて掃除しやすいようにしておきたいのだ。

 ちゃぶ台の周辺に置かれたクッションや長ざぶとんを片づける。

 ついでに洗濯しちゃおうと洗濯機のほうに運ぶ。

 つけおきしておけば手間が省けるかと思った。

 水道代節約のために風呂場に残り湯をくみに行く。

 あとでお風呂場のタイルもみがいておきたいなと思いながら、残り湯をくんで洗濯槽(せんたくそう)にザバザバと入れた。

「よし」

 部屋にもどり、短柄のシダホウキを手にして部屋の端から掃きはじめる。


 ドンッと音がした。


 ベランダに出る掃き出し窓に、若い男性の姿が見える。

 怖い顔でなんどかドンッドンッとガラス窓をたたいた。

 この部屋が事故物件だというのは、もちろん知っている。不動産の担当の人からきちんと説明を受けた。

 ベランダの男性は害はないが大掃除は気に入らないらしく、念入りに掃除をしたい時期にはこうして抗議のように戸や窓をたたく。

 年末の大掃除のときも、春にコタツをたたんで部屋の大掃除をしたときもこうだった。


 ドンッドンッとまた音がする。


「しかたないじゃない。あんたも不衛生な部屋に住みたくないでしょ」

 沙依さよは、セミロングヘアを耳にかけながら反論した。

 ここに住んでそろそろ三年だ。

 こんなことももう慣れた。

 無視して掃除を続ける。

 男性が強引に窓を開けようとしているようなしぐさをする。

 カギをかけておいてよかった。

 掃除さえ終われば、とくにこんなことはないのだ。

 いつもは何ごともなくしずかに日常をすごしている。

 さっさと終わらせたほうがおたがいのためじゃないのと思う。

 

 ドンドンドンドン、とふたたび掃き出し窓のガラスをたたかれる。


「さっさと終わらせればいいんでしょ!」

 沙依は声を上げた。

「うら、めし……」

 男性がガラス窓をたたきながらそう口にする。

 なにが言いたいんだろうと沙依は思った。

 掃き掃除を続ける。

「うらめ……」

 男性がそう口走り、「あ゙あ゙〜」とうめいてガラス窓をたたいた。

 

 雨が降り出してきた。


 はじめはポツ、ポツという感じの降りだったが、すぐにはげしい降りになる。

 やだな。もう梅雨入りしちゃったかなと沙依は(くも)った空を見上げた。

 男性がさらにせわしなくガラスをたたく。

「……ら、のろ……!」

 さきほどよりもさらに怖い顔だ。

 雨がなにかあるというんだろうか。

 


「お邪魔します」



 玄関口のほうでゴソゴソと音がする。

 そちらを見やると、黒いスーツの青年が革靴を脱いでいるところだった。

 このアパートを管理する華沢(はなざわ)不動産の事故物件担当の人だ。

 一年まえにここが事故物件になったむね説明を受けたさいに会った。


 たしか名前は、華沢 空(はなざわ そら)


「不動産屋さん、こんにちは」

 沙依は掃き掃除をしながら会釈をした。

 不動産屋が軽く屋内を見回す。

 洗濯機の横には、まだ洗濯していない下着を何枚も入れたカゴ。布団を入れた押し入れは、さきほど開け放してそのままだ。


「勝手に入ってすみません。男性のお部屋なので、まあいいですよね」


 言いながら、つかつかとベランダのほうへと行き掃き出し窓のカギを開ける。

「てめ、毎回毎回ふざけんな!」

 掃き出し窓がいきおいよく開き、ベランダにいた男性が怒鳴(どな)り声を上げた。


「掃除のたびに部屋の(ぬし)閉めだしやがって!」


「だって掃除の邪魔なんだもん!」

 沙依は反論した。

「不動産屋さん! せめて掃除のあいだだけでもベランダにいてもらってください!」

 書類袋でトントンと肩をたたく不動産屋にそう要望する。

「とはいえ、いまの家主さんはこちらの一水(いちみず)さんですし」

 不動産屋が男性のほうを目線で示す。

「一年前まではわたしが家主だったんですけど!」

「まあ……お勤めだった工場の事故のケガがもとでお亡くなりになるまではそうだったんですが……」

 不動産屋が答える。

「ひどい! いま現在お家賃払ってるほうの言い分が有利なんですか!」

「それはそうでしょう」

 不動産屋が答える。


「あー、つか裏の飯屋の裏メニューの時間が終わっちまう。土日の昼すぎしか出してくれんのに」


 一水がいそがしく部屋のなかを歩き回り、軽く服を着がえて財布を手にする。

「だいたい、のろのろのろのろ作業しやがって。雨で濡れんだろうが! ――不動産屋さん、ども。助かった」

 一水がそう言い残して部屋をあとにする。


 アパートの階段を早足で降りる足音がした。


「僕も帰りますので。今後は考えてあげてください」

 不動産屋が玄関口へと行く。

 律儀にドアを開け、合いカギでカギをかけて出ていった。

 入ってきたときにはカギもドアも開けていなかったが、幽霊相手と生きてる人相手で使い分けるんだなと思った。

「さて」

 そうつぶやく。

 邪魔者もいなくなったし、掃除の続きをしようと沙依は思った。

 一水のスマホを夜中に拝借して見た気象情報の動画では、月末にはジメジメした梅雨に入るということだ。

 自分の部屋に一水が住むようになってから、水場はいつもヌルヌルしてるわ、コタツを出したら部屋の掃除をいっさいしないわ、けっこうイライラを我慢しているのだ。

 年に何回かの大掃除くらいで怒らないでほしいと思った。



 終





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