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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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椀間市尼内字加井山8-11 ㈲華沢不動産


あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。路明


「内容、間違いないですか?」

 不動産入口を入ってすぐの事務所。

 黒いスーツの青年がプリントアウトされた書類をこちらに見せる。パサッとかすかな音をたててテーブルに置いた。

 始沢 結(はじめさわ ゆい)は、身を乗りだして書類をざっと見た。

 先ほどまで、初詣にいっしょに行った友人と飲んでいた。

 午後十時ちかくになり、元旦の今日はもう店が閉まる時間らしいと知り切り上げて電車に乗った。

 アパートに戻りバッグをさぐったところ、鍵がない。

 いっしょに飲んでいた友人に泊めてもらえないか連絡したが、寝てしまったのか通話に出てくれなかった。

 一月の夜の風が冷たい。

 とりあえず鍵はあした店に問い合わせてみようと早々にあきらめた。

 どこか安いビジネスホテルかウィークリーマンションと思い検索したところ、事故物件に限り日割り計算で一日滞在からオーケーという不動産を見つけた。

 華沢(はなざわ)不動産。

 昭和くらいからある不動産らしいが、数年前から事故物件とキッパリ表記しての賃貸を始めた。

 事故物件なんてむかしなら絶対あの手この手で隠してたでしょうに、ほんと令和だよねと思う。日本語的に変だけど。

「ごあいさつが遅れました。事故物件担当の華沢(はなざわ)と申します」

 スーツの男性が、懐から名刺入れを取り出しだした。名刺を一枚抜き、こちらに差し出す。

 (ゆい)は両手で受け取った。

 氏名は、華沢 (そら)と表記されている。

 年齢は二十五、六歳というところだろうか。結よりも少し年下っぽい。

 不動産と名字が同じということは、ここの息子さんか何かだろうか。真夜中まで家業を切り盛りなんて偉いなと思う。

「事務所内、少々うす暗くて見づらいかもしれませんが」

 不動産屋が言う。

 言われてみればと結は奥のほうの蛍光灯を見上げた。

 今どき蛍光灯なんだとも思う。

 LEDの明かりもちゃんと設置してあるらしいのに、わざわざうす暗い蛍光灯の明かりをつけているようだ。

「とくに気にならないですけど……環境に配慮してとかそういうのですか?」

 蛍光灯が環境にどうだったかなんて関心もないし全然知らないが。

「いえ。業務をしている姿をなるべく社長に見つかりたくないもので」

 不動産屋がニッコリと微笑(ほほえ)む。

 (ゆい)は眉をひそめた。

 社長にかくれて何か悪事でも働いているとか。

「まあいくら暗くしても、いつの間にか明かりがついていたら、いるのがバレバレなのは同じなんですけどね」

 はは、と不動産屋は笑った。

 そりゃそうだよと結は思う。

 思考実験の段階で簡単に気づきそうだけど。

 ざっと見た書類を、結は不動産屋に返した。

「間違いないです。大丈夫です」

 先ほどホームページ上で欄を埋める形で書き込みした内容だ。

「事情をお聞きしましたので、家財道具が一式そろっているお部屋を紹介させていただきますが」

「助かります」

 そう結は返した。

「あと、ホームページをご覧になって申しこんだならご存知と思いますが、事故物件つまり住人が亡くなった等の事情がある部屋をご紹介させていただくことになります」

「あ、はい」

 結は何となく姿勢を正した。

「夜中にいちどだけ様子を伺いに行きますので、もし解約のさいにはそのときに言ってくださってもけっこうです」

「で……出ます? やっぱり」

「これからご紹介する部屋はどちらも出たことのないところですが」

 不動産屋が答える。

「そうなんだ。よかった」

 結は、ホッと息をついた。

「安いし緊急だししかたないけど……やっぱり枕元にいきなり立ってるとか怖いし」

 胸元に手を当てて苦笑いする。

「見たこと全然ないですけど。見なくてすむなら見たくないですよね」

「何でしたら、出て怖がらせないでとお願いするくらいならできますが」

 不動産屋が言う。

 「へえ」と結は目を丸くした。

「やっぱり事故物件の担当者さんって、霊感とか強かったりするんですか?」

「僕は生前からふつうでしたが」

 不動産屋が言う。

 生前。

 なにか違う単語を聞き間違えたんだろうか。

 結は、不動産屋の横顔を見た。

「じゃあ、今からご案内してもよろしいでしょうか」

 不動産屋が立ち上がる。

「あ、はい」

 結はコートとバッグを手に持ち同じように立ち上がった。

 不動産屋が事務所の出入口へと向かう。

 あとをついて行きながら、結はなんとなく足元を見た。自身の足元に蛍光灯で作られたうすい影ができている。

 不動産屋の足元には、影がなかった。

 不意に気づいて結は目を見開いた。

 


 終





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