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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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73/96

椀間市尼内字加井山8-11 ㈲華沢不動産

 除夜の鐘が聞こえる。

 末迫 朔也(すえさこ さくや)は、重々しく響く音を聞きながらプリントアウトされた契約書を見ていた。

 大晦日(おおみそか)の真夜中。

 車の通りももうなく、ひんやりと冷えた道沿いにうっすらと明かりをつけていた不動産。

 年末に引っ越しのはずが、アパート側の手違いで正月明けにならないと荷物を運べない事態になってしまった。

 元のアパートはきのうで退去だったので、何とか数日間だけ入れるウィークリーマンションはないかとネットをさがしていたところ、この華沢不動産のホームページを見つけた。

 事故物件に限り一日からの日割り計算で入れるとのことだったので、連絡した。

 契約が真夜中のみということだったので、むしろちょうど良い。会社で今年中までの仕事を終えたあと訪ねた。

「内容に間違いはないですか?」

 黒いスーツの男性が、スッと目の前に現れる。

 いつの間にいたんだと思う。

 童顔だが二十五、六歳といったところだろうか。朔也(さくや)よりも少し歳下という感じだ。

 真夜中の薄暗い明かりの事務所内、黒いスーツの社員。

 事故物件がちょっと流行ってるとは聞いていたが、演出まで()ってるなと思う。

「事故物件担当の華沢(はなざわ)と申します」

 黒いスーツの男性が、内ポケットから名刺入れを取りだす。名刺を一枚引き抜きこちらに差しだした。

「ども……」

 両手で受けとる。

 あまり大きくはない不動産だが、事故物件の担当者なんてものがあるんだと思った。

 ふつうの物件より事故物件のほうが人が入るとか。いまのご時世ならありそうだなと思う。

 名刺には、華沢 (そら)と氏名が表記されていた。

 不動産と同じ名字か。ここの息子か何かなのかなと推測する。

「お荷物はどうしてるんですか?」

 ネットの申し込みの備考欄に軽くいまの事情を書いたので、不動産屋がそう尋ねる。

「いちおう今までいたアパートの大家さんに話して、朝までなら荷物置いてていいっていうんで」

「ここの近所の部屋を二、三案内しますので、もし可能ならすぐに運んでかまいませんよ」

 不動産屋が言う。

「真夜中じゃ近所迷惑にならない?」

「除夜の鐘が終わったら近くの神社に初詣に行く人がけっこう通りますので、今日とかは大丈夫じゃないかと」

「こんな状態で年越しか。何だかな」

 はは、と朔也は笑った。

「ホームページをご覧になったのでご存知だとは思いますが、事故物件、つまり住人が亡くなった等の事情がある部屋をご紹介させていただくことになるんですが」

「ああ……うん」

 朔也は苦笑した。

「やっぱ出る? 幽霊っていうか」

「ご紹介させていただく部屋は、あまり出ないところ二軒と、ときどき外出なさるところ一軒です」

 不動産屋は答えた。

「外出って……ほかに住人いるの? シェアハウス?」

「六畳1Kのお部屋ですが」

「シェアってわけじゃないんだ」

「シェアハウスがよろしかったですか?」

「いやそうじゃなくて」

 つまり外出する住人というのは、そこに出る幽霊ということだろうか。

 正直、幽霊が出る事故物件なんてウソ話だと思っていた。

 怪奇現象があったという話は、こういった業者が宣伝として広めているとかかなと思っている。

 幽霊は見たこともないし、信じてもいない。

 除夜の鐘が鳴る。

 近所が少し騒がしくなってきた気がする。

 もう初詣に向かう人たちがいるのか。

 先ほどまで静かだった前の通りを、二、三台の車が通りすぎた。

「では出ますか? ご案内します」

 不動産屋が事務所の奥のほうへと行き、鍵を手にこちらへと戻る。

「あ、はい」

 朔也はそそくさと椅子を引き、席を立った。




 外に出る。

 今年はやや暖冬の傾向だと思うが、それでも夜は寒い。

 雪は降ってはいなかったが、風の冷気はやはりきついなと感じる。

 朔也はトレンチコートの(えり)を片手でおさえた。

 ふと横を見ると、不動産屋がコートも着ずに店舗の鍵を閉めている。

「寒くないですか? コートとかは?」

 朔也は問うた。

「ああ……」

 不動産屋が曖昧な返事をする。

「気にしないでください」

 そう言って愛想よく笑う。

 暑がりな人なのかなと考える。たまにそういう人はいるが。


「あれ、不動産屋さん」


 若い女の子の声がした。

 不動産屋が振り向く。

(りん)さん」

 不動産が呼びかけた。

「うちの物件に住んでいらっしゃる方です」

 不動産屋が女の子を簡単に紹介する。

「あ、ども」

 朔也はそうあいさつした。女の子の容姿を何気なく見る。

 サラサラのセミロングの黒髪、大きな目、快活そうな表情。

 どこかで見たことあるようなと思う。


「あれ? 末迫 (すえさこ)くん? 末迫くんだ!」


 女の子が声を上げた。

「あ……柚木(ゆずき)さん?!」

「お知り合いでしたか?」

 不動産屋が尋ねる。

「小学校のときのクラスメートです」

 朔也は答えた。

 こんなところで会うとは。初恋というのかはよく分からないが、仲の良かった子だ。

「なに末迫くん、ここらへんに引っ越してくんの?」

 柚木が尋ねる。

「えと……まあ、そんなもん」

 少々照れながら朔也は答えた。

「お知り合いならちょうどよかったかな。これからご案内しようとしたの、彼女が住むアパートなんです」

 不動産屋が言う。

「え……同じとこ?」

「ほんと? 偶然。あたし末迫くんが引っ越して来るならぜんぜんオッケー」

 柚木が嬉しそうにいう。

 何か本当に照れると朔也は苦笑いした。

「凛さんは、今日は初詣ですか?」

 不動産屋が問う。

「うん。やっぱ部屋にばっかいられないじゃない。ときどきあちこち散歩しないと飽きちゃう」

 無邪気にそう言う柚木は、自分よりも年下の女の子に見える。

 同い年なんだが、大人になっても高校生くらいと変わらない感じなんだなと朔也はかわいく思った。


「末迫さんは? 彼女のいるお部屋でもいいですか?」


 不意に不動産屋がこちらを向いて話しかける。

「え」

 いま何を聞かれたんだと朔也は目を丸くした。

 知り合いとはいえ小学校のとき以来だ。同じアパートの間違いだろと思う。

「いやアパート……」

「わたしはオッケーだよー」

 柚木がニコニコ顔で両手をこちらに向け振った。何の冗談を振られてるんだろうと目を左右に泳がせる。

「ご紹介しようとしたお部屋の一つ、凛さんが住みついているお部屋なんです」

 不動産屋が言う。

「男性の幽霊がいるところは女性には紹介しないんですが、逆はとくに住人の方が気にしなければという感じなので」

「……え?」

「わたし、そこの先のアパートで高校生のころインフルこじらせて死んじゃってさ。わたしは末迫くんならオッケーだよー」

 柚木がピースする。

「は?」

 除夜の鐘が、重々しく鳴り響く。

 朔也はピースした柚木の手を呆然と見つめた。



 終






読みに来てくださる方々、ありがとうございます。

また、ブクマや評価、レビューをくださった方、ありがとうございました。


今年も残すところあと二時間となりました。

よいお年をお迎えください。  路明


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