表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/88

椀間市手染1-3 築8年/1K 手染バス停前コンビニ徒歩1 自社

「事故物件?」

 アパート二階。

 磯山 涼平(いそやま りょうへい)は、玄関扉から顔だけ覗かせ言った。

 近くの専門学校生だ。

 先月地元から出て来て、ここに越したばかり。

 隣の部屋に越してきたという男性に、妙な話を聞かされたところだった。 

「いや……聞いてませんけど」

「あ、そうなの」

 男性は言った。

 年齢は三十歳くらい。

 会社員だと言っていた。

 引っ越しの挨拶に来るなんて、今どき律儀だと思うが煩わしい。

 タオルを貰ったが、百円ショップでも買えるしと思う。

 自分の住む部屋が事故物件だという話は気になるが、学校の課題もあるしさっさと帰って欲しい。

 涼平はわざと部屋を振り返り時計を見た。

 出来る限り、帰って欲しそうな態度を表したつもりだった。

「夜中に黒いスーツの男の人来ない?」

「いや。来ませんけど」

 涼平は言った。

「何ですか、その人。死神か何か?」

 男性は息を吐いて笑った。

 いやいや、という感じで手を振る。

「ここの事故物件担当の人。事故物件は、夜中に突然解約したがる人もいるから、様子見に来るの」

 ふん、と涼平は鼻を鳴らした。

「出たがるくらいなら、何でそんな所に住むんでしょうねえ」

 得意になって正論をかました。

「安いからじゃない?」

 男性はさらっと返した。

「何か変なことあったら聞かせてよ」

 男性は言った。

「はあ」

 他人の好奇心に付き合ってるほど暇じゃないんだがと涼平は思った。

 ひとしきり話して、男性は別の部屋へと挨拶に向かった。

 階下の端の部屋の呼び鈴を押す様子を眺め、涼平は扉を閉めた。

 冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出し、六畳の畳の部屋へと入る。

 ベッドの横に、包丁が落ちていた。

 じっと涼平は見た。

 妙な話を聞いた後だったので一瞬鳥肌が立った。

 いやいや、と引きつった笑いを浮かべる。

 何かの拍子に置き忘れただけだろう。

 屈んで拾おうとして、ぴたりと手が止まった。

 台所のシンク下の収納に仕舞った、百円ショップの包丁ではなかった。

 値段高めっぽくて、持ちやすそうな流線形の柄に上品なロゴが入ったもの。

 よくは分からんが、主婦とかが使いそうなイメージ。

 涼平は顔を歪め手を引いた。

 部屋を見回した。

 どこから紛れ込んだんだ。そう思い、気味悪く感じた。

 前の住人が置いていったものに、今まで気付かなかったとかか。

 不意に違和感を覚えて、押し入れの上を見た。

 天袋が僅かに開いていた。

 あそこに忘れられていたものが落ちたとかか。

 部屋を見回し、紺色の上着を手に取った。

 包むようにして包丁を拾う。

 気味悪くて素手では触りたくなかった。

 背伸びをし、包丁の刃の方を持って天袋の隙間から中に入れる。

 天袋に全て包丁が呑み込まれたのを見届け、後は見ないことにした。




 夜中一時を過ぎていた。

 学校の課題を終え、涼平は息を吐いて軽く首のストレッチをした。

 寝よ、と思った。

 すぐ横のベッドに、座った姿勢からそのまま横に転がるように滑り込む。

 ふうと息を吐いてから上半身を起こし、天井の和式の電灯から伸びる延長用の紐に手を伸ばした。

 テーブルの上に置いた、パソコンの液晶画面が目に入る。

 ギクッとして手が止まった。

 電源を落とし黒灰色になった画面に、人の顔のようなものが映っていた。

 位置的には、ベッドの下だ。

 手を伸ばした姿勢のまま、涼平は画面を凝視した。

 何か別のものが顔に見えているだけだろうと思ったが、ベッドの下には何も置いていない。

 (ほこり)が溜まるのが嫌で、そういう所に物を置いたりはしない(たち)なのだ。

 涼平は暫く動作を固まらせた。

 この部屋に出る幽霊だろうか。

 どうしたらいいんだろうと思った。

 この部屋には、事故物件担当とやらは来ないのか。

 本当に事故物件なのだとしたら、なぜこの部屋だけそのことを伏せているんだろうか。

 よほど危険で、借り手が付かなかった部屋なのか。

 ここの不動産は、華沢不動産と言ったか。

 朝まで無事に過ごせたら、苦情を言って解約してやる。

 怒りが込み上げた所で、少し緊張が解れた。

 取りあえず明かりは点けたまま手を下ろし、涼平は気付いていないふりをして寝ることにした。

 もぞもぞと薄い夏布団を掛け、液晶画面に背を向けて寝たふりをする。

 ぎゅっと目を(つむ)った。

 こういうの、何かの都市伝説で聞いたことあるなと思った。

 あれは斧を持った男だっけ。

 斧。

 そこまで思い出して、全身総毛立った。

 昼間見た、自分のものじゃない包丁。 

 あれはこの幽霊のやつか。

 遺品か何かだろうか。

 幽霊は女なのか。

 今寝ているこの、ベッドのすぐ下に女の幽霊がいる。

 足元から脳天まで、激しい寒気が走った。

 いつもは腹部にだけ掛ける夏布団を、足から頭まですっぽりと被るように掛けた。

 幽霊は、信じているかといわれたら、どちらでもない感じだった。

 事故物件と言われれば気にするが、心霊話は話半分に聞く方だ。

 そんな認識でも、怖くてたまらない。

 どうしたらいいんだと、目眩がする程の恐怖を感じた。

 不意に、ベッドの下から女の声が聞こえた。

「見ぃつけた」

 ひっ。

 涼平は声にならない声を上げた。

「一生ついてくから……」

 ひぃぃぃぃぃっ。

 口を両手で抑え、涼平は心の中で悲鳴を上げた。

 こんなときは、どうすればいいんだ。あの都市伝説の続きはどうだったっけ。

 恐怖で鈍くなった頭を、何とか回転させた。

 あれは、上手く逃げたんじゃなかったか。

 確かコンビニに行こうとか言って。

 あれは潜んでいた殺人犯で、こっちは幽霊。

 頭の片隅でそう思ったが、解決策が欲しくて細かい違いは無視した。

 涼平は、ぐっと夏布団を握ると、声を上げた。

「ああ、そうだった。コンビニ行くんだったあ」

 そう言い、一気に身体を起こした。

 横目で部屋を伺ったが、誰の姿もなかった。

 女の幽霊は、まだベッドの下なのかと思った。

「アイス買うんだった。コーヒーも飲みたいなあっ」

 棒読みの台詞のような口調でそう言うと、涼平は上着を羽織った。

「ああ、財布財布」

 棒読み台詞でそう言う。

「そうだ。霊能力者の友達が迎えに来るんだったあ」

 さりげにすぐに強力な味方が来るとアピール。

 もう一度横目で部屋を見回すと、一気にダッシュして部屋から出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ