椀間市尼僧谷字司見6-1 アパート1K 築12年キッチン窓あり コンビニ徒歩5分 自社
「ね、ちょっとは話し合いにならない?」
アパート二階の独り暮らしの部屋。
涼井 夕海は、部屋に呼んだ友人二人に話しかけた。
二人とも大学時代の友人だ。
在学中はコロナ禍でなかなかそろって遊びに行くことはできなかった。
コロナ禍が落ち着いてみれば、三人とも社会人になってしまっていたが、お盆休みが重なったことで集まって飲もうということになった。
「せっかく部屋飲み会の初体験なのにさあ……」
夜八時。
今ごろは、ご飯食べながら缶のお酒を飲んでいるころだったのに。
夕海はセミロングの髪を耳にかけ苦笑いした。
「陽茉莉が悪いんだからね」
雛子が部屋の隅で体育座りで言う。口にゴムをくわえ、長い黒髪を一つにまとめた。
「雛子も誤解されるようなこと言うからじゃん……」
もう一方の部屋の隅でお団子ヘアの陽茉莉が横に垂らした髪をもてあそぶ。
「ふつう人の彼氏を遊びに誘う?」
「雛子の言い方からして、彼氏のお友達のほうと付き合ってるんだと思ったんだってば」
陽茉莉が指先で髪をもてあそぶ。
「ていうか、なんで二人とも部屋の角にいるわけ?」
夕海は顔をしかめた。
「雛子が近づくと逃げるんだもん」
陽茉莉が雛子を指差す。
「陽茉莉となんて向こう三年くらい近づきたくなあい」
雛子が声を上げる。
「んじゃ、うちのコンビニもう来ないでよね」
陽茉莉が口を尖らせる。
「からあげちゃん以外、近づきたくない」
雛子が同じように口を尖らせる。
子供かな。
夕海は眉をよせた。
「誤解って分かったんじゃん。飲もうよ」
ちゃぶ台の上には、三人で買ってきたそれぞれのコンビニ弁当と缶チューハイや缶のカクテルが用意されている。
夕海は陽茉莉に近づき、腕を取った。
「あたしはよくても雛子がさあ」
陽茉莉は夕海の手をかるく振りはらうと、四つん這いでそろそろと雛子のほうへと歩み寄った。
「なに来てんの。あんたとは、からあげちゃん以外絶交なの」
雛子が同じように四つん這いで、そそくさと向かいの角へと移る。
「ねえねえ夕海、もう二人だけで飲んじゃおうよ」
雛子が移った先にいた久美子が、雛子を避けるようにしてつかつかと夕海のほうへ歩み寄った。
「コンビニ弁当も冷めちゃうし。こんな人たちほっといて食べちゃお」
久美子がそう言い、夕海の肩を叩く。
「こんな薄情なこと言う人まで出てるじゃん。いい加減にしなよ」
夕海は、陽茉莉のほうに四つん這いで歩み寄ってにらんだ。
「あたしじゃないでしょ。雛子がいつまでもさ。謝ったじゃん」
陽茉莉がまたもや四つん這いで雛子に近づく。
「来ないでよ。あんたとは当分絶交なの」
先ほどと同じように雛子は久美子のほうへと四つん這いで逃げる。
「だからもう、ほっといて二人でぜんぶ飲もうって」
久美子がちゃぶ台の上の弁当や酒を指す。
三人分の弁当に夕海は目線を移した。
陽茉莉の買ったオムライスと、雛子が買ったスープパスタ、あとひとつはカツカレー。
「あれ……」
夕海はつぶやいた。
お弁当はそれぞれ好きなものを買ったはずだ。コンビニで温めてもらった。
お弁当は、三人分。
部屋を見回す。
部屋の各角に友人が一人ずつ。計四人。
「や……」
夕海は両手で口をおさえた。ゾクゾクゾクッと寒気が走る。
「なんで四人いるの?!」
声を上げる。
大きな声だったので隣近所から苦情がくるかなと思ったが、気持ちの悪い恐怖心でそれどころではない。
「三人だったはずだよね?!」
「だっけ……?」
久美子がクセのある長い髪を掻き上げる。
「三人じゃん。久美子と雛子とあたし」
陽茉莉が指をさして数える。
「あたしは?!」
気持ちの悪さで夕海は必要以上に大きな声を上げた。
「あ、間違えた」
陽茉莉が苦笑いをする。
「久美子と夕海と雛子。合ってるじゃん」
「自分はどうしたの、絶交された陽茉莉サン」
雛子が眉をよせる。
「あれ? やだ入れんの忘れた。久美子とあたしと雛子」
「あたしは?!」
陽茉莉がこちらを見て目を合わせる。
「久美子と夕海とあたし……」
「あたしが抜けてんじゃない」
雛子が顔をしかめた。
「もう酔っぱらってんの? 絶交された陽茉莉サン」
「ちょっと待ってよ。久美子とあたしと雛子と……」
「だから、あたしは?!」
夕海は声を上げた。
陽茉莉が座った姿勢で後ずさり、壁に貼りつく。
「ちょっと待って! 気持ち悪い!」
「一人増えてる? え? ないよね」
雛子も同じように壁に背中をピッタリとつけた。
「ごめん。三人とも」
夕海はおずおずと右手を挙げた。
「ここ事故物件ていうか。……もしかしたら」
陽茉莉と雛子が目を丸くした。ますますピッタリと壁に背中をつける。
「なにそれ! 聞いてない!」
「幽霊が混じってるみたいな?!」
雛子が唇を震わせる。
「不動産屋さんにも、ちゃんと告知されてて。でも出たことないからって言われてたんだけど。実際、今まで出たことなかったし」
夕海はそう説明した。
言いながら室内を見回す。ちょっとした薄い影すらぜんぶ幽霊に見えてきて気味悪い。
「怪談でさ、なかったっけ? 順番に部屋の角に一人ずつ行ってグルグル回ってたら一人増えたってやつ」
雛子がさらに壁に自身の背中を押しつける。
「誰が幽霊なの? 気持ち悪い」
久美子が三人を見回し、顔をしかめた。
四人でお互いに顔を見合せる。
知らない顔はないように思えるが。こうなると自分以外、信用できない。
玄関の呼び鈴が鳴った。
四人ともがそれぞれにビクッと肩を揺らす。
「だれ……追加の幽霊?」
雛子が室内の人間を一人ずつ見回す。
「だ……だれですか」
夕海は玄関口に向かって呼びかけた。
「華沢不動産の者ですが。何かありましたか?」
外からテノールの声でそう聞こえてくる。
ここを管理している不動産の事故物件担当の人だ。
いつも黒いスーツをきっちりと着こなした夕海たちと同じくらいの年代の青年。
「なんで不動産?」
雛子がこちらの顔を見て問いかける。
「事故物件って夜中にとつぜん出たがる人もいるからって、いつも夜に一回だけ様子聞きにくるの」
夕海は答えた。この記憶すらもう自信がない。もし幽霊は自分で、これが生前の大昔の記憶だったらどうしよう。
「ほ……本当に不動産屋さんですかあ?」
夕海は大声を上げ確認した。
「本人ですが。何かありましたか?」
不動産屋が玄関のドア越しにそう返してくる。
「えと、一人増え……」
夕海はもういちど室内を見回した。
部屋のそれぞれの隅にいる二人と顔を見合せる。
「お盆でこちらへ帰ってきて、はしゃいで住人にイタズラをする人もいますので、この時期はおかしなことが割と多いんですが」
「ひ、一人増えていて……!」
夕海は、もういちど部屋を見回した。
室内にいるのは、合計三人だった。
終




