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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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椀間市売布9-2-305 築21年/マンション3階1K・20㎡/バス停売布徒歩18分 南向き自社 

 郊外に建つ賃貸マンション、三階の部屋。

 緑川 遥樹(みどりかわ はるき)は玄関から入ると、かなり緊張して狭いキッチンに足を踏み入れた。

 不動産屋が、すたすたと前を歩き奥にある約六畳ほどのフローリングの部屋に促す。

 先日ここは事故物件になったため、担当が変わったのだと話していた。

 もう五月で、日中は暑いのに黒いスーツをきっちりと着こんでいる。

 担当が変わった際に、「事故物件担当 華沢 空(はなざわ そら)」と表記された名刺を見せられた。

 二十五、六ほど。童顔だが、同い年くらいの遥樹(はるき)よりも落ち着いて見える。

「ああ、そこ、気をつけてください」

 遥樹が部屋に入ろうとすると、不動産屋が振り返った。

「うわ!」

 大きな声を上げて遥樹は片足を引いた。


 フローリングの床に、チョークで人型が描かれている。


 人型の内側には、乾いた赤黒い液体。

 一目で殺人のあった部屋だと分かる。初めて見たテレビドラマそのものの光景に、ひどく動揺する。

 遥樹は胸のあたりを抑えた。覚悟はしていたが、やはり本物はどぎつい。

「大丈夫ですか? 無理しなくてもいいですよ」

 不動産屋が窓際で振り返り声をかける。

「え、いえ」

 遥樹が何とかそう返事をすると、不動産屋は表情を確認するように見てからおもむろに窓を開けた。

 五月の爽やかな風が吹きこむ。目の前にある神社の新葉の香りを感じた気がした。

 室内のキツい様子とは対照的でおかしな感じすらある。

「会社、この近くなんでしたっけ」

 窓の外を眺めて不動産屋がそう話しかける。

「ええ。前の会社辞めて社員寮を出ることになって。それで」

 遥樹は答えた。


「何だ、前に住んでた奴のもの、まだ残ってんの?」


 玄関の方から、ずかずかと入る足音がする。

 大柄な中年男性が室内を見回していた。着古したシャツをだらしなく着て、ズボンのポケットに両手を入れている。

「内見の方ですか?」

 不動産屋が声をかける。手にしていた書類を確認した。

「ええと……お電話くださった青葉(あおば)さん?」

 青葉と呼ばれた男性は、「あ゙あ゙」と感じ悪く返事をした。

「あす清掃会社の方が来ますので、その際に片付けていただくことになりますが」

 不動産は答えた。

 青葉がチッと舌打ちする。

「その気持ち悪い人型のチョークも?」

「もちろんです。警察の現場検証は終わっていますので」

 不動産が答える。

「早くしなよ、そういうの。辛気くさくてたまんねえ」

 すでにここに住むと決まったかのような言い方に、遥樹はムッとした。

「ここ事故物件になったってことはさあ、家賃めっちゃ安いの?」

 青葉が室内を見回す。

「できる限り割り引かせていただきますが」

「いっそタダとか駄目?」

 青葉が言う。

「こちらも多少の手数料がないことには」

 不動産屋がくすくすと笑う。

 青葉が本棚に置きっ放しの腕時計ケースを勝手に開けた。

「おっ、こんなのあったんだ。結構いいな」

 三つほどある腕時計のうちの一つを取りだし、自身の手首に着ける。

「安物だけどさあ、まあまあ格好いいね。これだけ置いてってもらう訳にいかない?」

 遥樹はきつく眉をよせた。


「青葉さん」


 不動産屋が呼びかける。

「勝手に触ると、指紋からここの方を殺した犯人と警察に誤認されかねませんよ?」

 青葉が小さな目を丸くして不動産屋を見る。

「あんた、さっき現場検証は終わったって言ってただろ?」

「いちおう警察から終わったと伝えられましたが、僕は警察の事情は知りませんから。あとで被害者の持ち物を証拠として渡して欲しいと言われるかもしれませんし」

 不動産屋は肩をすくめた。

「……そういうこと前にあったの?」

 青葉が顔をしかめる。

「殺人の現場なんて初めてですよ」

 不動産屋は苦笑した。

「事故物件なんて担当してると、そういうのしょっちゅう見てそうだけど」

 青葉がかたわらにあったボックスティッシュを一枚引き抜き、腕時計を拭いてボックスに仕舞う。

「んでここで殺人やった犯人って捕まった?」

 青葉が問う。

「いまだ逃亡中だそうです」

 不動産屋は緩く腕を組んだ。

「犯人の名前って?」

「さあ。警察が見当をつけているのかどうかまでは僕には」

「報道あった?」

「テレビ見ませんので」

 不動産屋は答えた。

「んーでも、犯人は現場に戻って来るとかいう話あるけどさ、普通わざわざ戻って来ないよな。すぐ遠くに逃げるんじゃね?」

 青葉が頭を掻く。

「華沢さん」

 遥樹は不動産屋を呼んだ。窓から外に身を乗りだし、下を見る。

「あれ……何ですかね。ひっかかってるやつ」

「どれですか?」

 不動産屋が同じように下を見る。

「なに」

 青葉が顔をしかめて尋ねた。

「何か……ひっかかっているというか。もしかして犯人の証拠につながったりしますかね」

 不動産屋は答えた。

「どれ」

 青葉が身を乗りだす。

「どこ」

「どこというか……」

 不動産屋が遥樹の方を見る。

「もっと下です」

「……もっと下だそうです」

 不動産屋が言う。

「どこ」

 青葉が窓の(さん)に肉厚の腹をグッと押しつけ身体を乗り出す。

 遥樹は、青葉の後ろに立った。


 渾身の力をこめて、青葉を窓の下に突き落とす。


 青葉は一瞬こちらを見た。

 すでに霊になっている遥樹の姿が見えたのかどうかは分からない。

 地面に落ちた青葉は、首を不自然な方向に曲げ倒れていた。

「本当にあの人に間違いありませんか?」

 不動産屋が窓の下を見下ろして問う。

「自分を殺した人間の顔なんて間違えませんよ」

 遥樹はそう返した。

 まだ怒りと、突き落としたときの興奮状態が残っている。心臓のあたりを抑えた。

「現場検証が終わったら警察はもう来ないだろうから、ここに隠れ住もうとしたとかですかね」

 不動産屋が厄介そうに、ふぅ、と息をつく。

「何かこういうの、やっぱ慣れてそうですよね。不動産屋さん」

 遥樹が苦笑すると、不動産屋は曖昧に返事をした。

「いちおう警察の方が “青葉” と話していたのは聞こえていたんですけどね。となり街で起こった強盗殺人と同じ男じゃないかとか話していて」

 遥樹は室内を見回した。

「僕の部屋……あした片付けるんですか?」

「どうしてもというなら数日くらい待ちますよ。ですが置きっ放しにするよりは、身内の方に保管していただいた方が(いた)まないかと」


 「そうですか」とだけ遥樹は返した。



 終





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