朝石市栄世町5-1 旧百貨店 多慶や5F
初詣というのは、一月二日に行っても初詣というんだろうか。
松内 睦は、横断歩道を渡りつつ白い息を吐いた。
コートのポケットに両手を入れる。
せっかくの年末年始の休み。とことん寝まくると決めて、実家にも帰らず元日はずっと寝ていた。
二日になり腹が減ってコンビニに行ったところ、何となく初詣に行かないと不安かなという気分になり、途中の神社に寄って適当に柏手を打って来たところだ。
あとはアパートに帰って、録り溜めしておいた去年の大河ドラマの録画でも見て風呂入って、また寝ようか。
最寄りのバス停へと向かう。
風は冷たいが、雪はまだ降っていない。睦は上空を見上げた。
歩道の横に建つ閉店した百貨店の建物。確か元多慶やという百貨店だったか。
上階の窓辺に、何人かの人が行き来しているのが見えた。
へえ、と思う。
百貨店が閉店してだいぶ経つ。老朽化がどうのといわれていた建物だが、イベントか何かに貸し出すことにしたのか。
いつの間に補強工事とかしたのかなと眺めた。
窓辺に掛けられた白いカーテン、窓に貼られた野暮ったいデザインのウォールステッカー。
昭和レトロな感じの喫茶店だろうかと思った。
不意にコートのポケットに入れたスマホが鳴る。
誰だと思いながら取り出した。
画面には、「若水」と表示されている。
焦って通話状態にする。
去年の夏、何人かの友人と同級会を開こうと連絡を取り合った際、誰も連絡が付けられなかった元同級生だ。
五年前の大学卒業の際に連絡を取ったという友人が、一応その当時の携帯番号を教えてくれた。
そのうち誰かには連絡が来るかもしれんという感じで、その場にいた何人かが電話帳に登録した。
一番仲が良かったという訳ではないが、何で突然自分に連絡をよこしたのか。
他の奴等にも掛けたついでだろうか。そんなことを考えつつ通話に応じる。
「は、はい。松内」
睦はやや舌を縺れさせた。
『やっぱ松内か』
相手が笑いながらそう答える。確かに若水の声だと思う。元気そうだ。病気や深刻な事情という訳ではなかったのか。
『今、窓から見えてさ。松内かなって』
窓から。
睦はスマホを耳に当てたまま、周辺の建物を見回した。
『そっちじゃなくて元多慶やの建物。五階』
多慶や。
先ほど眺めていた旧百貨店の建物か。
睦は建物の窓を見上げた。昭和レトロっぽいカーテンのかかる窓辺で、手を振っている男がいる。
あそこからたまたま見つけたのかと察した。
「何、凄え偶然」
こんなこともあるのか。睦は口元を弛ませた。
『こっち来ない? 珈琲なら奢る』
若水がそう言う。
「うわ、待って。他の奴にも今かける。誰も連絡つかねって言ってて」
『こっち来てからでもいいじゃん。外寒くね?』
若水が言う。それもそうだと睦は思った。暖房の効いた店内で電話した方がいいか。
旧百貨店の建物入口を見回す。
ガラス製の自動扉は、何度マットを踏んでも開かなかった。
長いこと廃屋だった建物だ。最低限の設備しか使ってないのかなと思う。
横の社員通用口らしき扉が開いていた。
こっちかなと中を覗く。
誰かいませんかぁと内心で呼びかけつつ狭い階段を昇った。
踊り場の数を数えて、階数の見当を付ける。
五階と言っていたか。せめてエレベーターは使えないんだろうかと思いながら、何とか昇り切り息を吐いた。
突き当たりに店舗の入口らしきガラス戸がある。行き来する何人かの人々が擦りガラス越しに見えた。
ここかなと思ったが、とりあえず若水に確認する。
「五階来たけど。入口、擦りガラスの。この店?」
『そこ』
若水が短く答えた。
レトロなデザインの取っ手を掴み、擦りガラスの扉を開ける。
再会を期待して足を踏み出した。だが。
足元に床が無い。
えっ、と思い足元を見た。
壁は無く、隣の建物との隙間で自身の足が宙ぶらりんのまま動作を止めている。
かなり下の方にある狭い通路に、落下して放置されたままの看板らしきものが見えた。
「は?」
「なにやってんですか! 危ないですよ!」
後ろにグッと引っ張られる。
ポニーテールに作業服の女の子が、コートを両手で掴んでいた。
胸元に「(有)拝天クリアサービス」というロゴが縫い付けてある。
その下にある名前は、簾……香南子と読むんだろうか。
何だ、清掃会社の子かと睦はどうでもいいことを考えた。
改めて前方を見ると、向かい側の建物の小窓から若水が手を振っている。
通話が繋がったままのスマホから、若水の声が聞こえた。
『そこ真っ直ぐだって。何してんの』
睦はぞわぞわと寒気を覚えた。
終




