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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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58/96

朝石市栄世町5-1 旧百貨店 多慶や3F

 四年前までは、元日の昼過ぎは凄い人出だったんだけど。

 梅津 芹那(うめつ せりな)は、繁華街を歩きつつ眺めた。

 コロナが流行してから、こんな時期でも人通りは疎らだ。

 行動制限が緩和されたことで混雑しているとネットで報道されていたが、多分場所によるんだと思う。

 買い物のついでに途中の神社に寄って、適当な初詣(はつもうで)を済ませた。

 何の神様かよく知らないけど、今年こそ結婚したいとお願いしてみた。

 引いた御神籤(おみくじ)は、末吉。

 待っていればいい人が現れるということだろうか。

 待ってる余裕がある年齢だとはあまり思ってないんだけどなと眉を寄せる。

 風が冷たくなってきた。買い物も終えたし、もう帰途に就こうと思う。

 ここから一番近いバス停ってどこだっけと周辺を見回す。

 バス、すぐ来るといいけどと思いながら、横断歩道を無視して道路を渡った。

 巻きスカートなんか履いて来るんじゃなかったと少し(いら)つく。

 いい出会いを期待してたけど、寒いだけじゃない。



 

 チェックのストールを口元まで引き上げながら歩道を歩く。

 旧百貨店の建物の窓辺で、何かが動いた気がした。

 かなり前に閉店して廃屋になってる建物のはずだけど。怪訝に思い見上げる。

 三階の窓辺。

 黒いベスト、黒いスラックスのウェイターがトレーを持ち踵を返したのが見えた。

 奥の方には、客らしき人影も見える。かなり賑わっている感じだ。

 いつか解体されるんだろうなと思っていた建物だが、テナントとして貸し出すことになったんだろうか。 

 喫茶店かレストランかな。そうと推測したら、急に温かいポタージュスープが欲しくなってきた。

 寒いし、カウンター席あるだろうか。

 百貨店の入口をうろうろしながら建物の中を伺う。

 入口の自動扉は開かないようだったが、横の社員通用口のような感じの扉が開いていた。

 長いこと廃屋だった建物だから、設備の復旧が少しずつなのか。

 ここから出入りでいいんだよねと中に入る。様子を伺いながら狭い階段を昇った。

 一つめの踊り場。ここが二階か。階段からガランとした廊下を眺める。

 更に階段を昇り、二つめの踊り場に辿り着く。

 突き当たりのガラス扉の向こうに、複数の人影が見えた。非常に賑わっている感じ。笑い声も聞こえる。


「いらっしゃいませ」


 背後から男性の声がし、芹那(せりな)は「ひゃっ」と声を上げた。

 違和感を覚えるほどの間近に、黒いベストを着けたウェイターが立っている。

 いつの間にいたのか。気づかなかった。

「会員様でいらっしゃいますね。お名前は」

 ウェイターが(うやうや)しく礼をする。

「か、会員」

 会員制だったのか。芹那は気恥ずかしくなり、後退った。

「すみません。知らなくて」

 踵を返し、もと来た階段を降りようとした。

「ああ、大丈夫ですよ」

 ウェイターが微笑する。

「すぐに入会手続き出来ますから」

「いえ……でも」

 芹那は苦笑いした。

「にゅ、入会金とか。今日はあんまり持って来てないし」

「入会金は五十円硬貨六枚でございます」

 ウェイターがにっこりと笑う。

「え……三百円?」

 やっす、と思う。海外で無償の仕事の契約書を交わす場合、便宜上「一ドル」って書くとか聞いたことあるけど、そんな感じの設定額なんだろうか。

 ウェイターが苦笑する。

「実は今日は婚活パーティーを催してまして。正直、出席者がもう少し欲しかったというのも」

「婚活パーティー……」

 芹那の心音が速まった。なにこれ、末吉どころかいきなりのチャンス。

「え……じゃ。ほ、本当は軽くご飯食べに来ただけなんだけど……」

 芹那は財布を取り出し中を探った。

 買い物で溜まってしまった五十円玉がいくつかある。

「ええと……百円玉入っても大丈夫?」

「両替いたしますよ」

 ウェイターが手の平に数枚の五十円玉を乗せこちらに差し出した。

 全て、(すす)けたように黒い。

 怪訝に思いながらも芹那は両替してもらい、六枚の五十円玉をウェイターに渡した。

「ありがとうございます。では入会の手続きをさせていただきます」

 こちらへ、とウェイターが前方に促す。芹那は後ろに付いて歩を進めた。

 途端。

 足元の床が、ガクンと抜けた。

 心臓が激しく跳ね上がる。悲鳴を上げる間も無く、巻きスカートを履いた下半身が階下の天井を突き抜けた。

 床下からはみ出した複数の配線が首に引っ掛かる。

 目を剥いて頭上を見た。

 ウェイターがこちらを見下ろしていたが、次の瞬間姿を消す。

 混乱した頭で、階下の床に叩きつけられる自分を想像した。

 しかしいつまで経っても叩きつけられず、左腕が強く引っ張られて痛いのに気づく。

「危ないですよ? ここ」

 先程のウェイターとは違う童顔の青年が、手を掴んで助けてくれていたことに気づく。

「え……あ」

「申し遅れました。僕、椀間市の不動産で事故物件を担当しております、華沢と……」

 青年は、芹那の手を引っ張りながら、もう片手で呑気に懐を探った。

「そんなことより助けてぇ!」

 芹那は喚いた。喚きながらも届く範囲の床材や鉄筋に手足を掛け、何とか自力で這い上がる努力をする。

 この人も、さほど恰幅がいいという訳でもないのに腕力凄いなと違和感を覚えたが、それどころではない。




「婚活パーティー中ですから、生きてる方はちょっと危ないと思いますよ」

 床から這い上がり息を吐いた芹那に、青年は改めて名刺を差し出した。

 「華沢不動産 事故物件担当 華沢 (そら)」と記されている。

 最近は事故物件専門の不動産もあるとかユーチューブで見たことがあるが、そういう感じの業者か。もう一度息を吐く。

「知人の付き添いで来たんですが、もしご用命があれば」

「知人……」

 もう、なにがなにやら。

 あちこち老朽化した建物だったということなのだろう。ずっと廃屋だったし。

 芹那は脚を(もつ)れさせるようにして立ち上がり、スカートに付いた(ほこり)を払った。

「パーティーに参加してるのは、うちの物件に()んでる方で、冥界婚の相手を探してる方なんですが」

 冥界婚。

 不吉な言葉に身を固まらせ、芹那は突き当たりのガラス扉を見詰めた。

 先程ガラス扉の向こうを行き来していた人影は消え、聞こえていた笑い声も無い。

 もしかして、あのパーティーの入会手続きって。

 ぞわりと鳥肌が立った。



 終





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