石有珠市辻村3-24 築28年/アパート1K6 西向きコンビニ近く 告知事項あり 自社
お金が無い。
スーパーでの買い物を終えて、万沢 沙梨衣は出口で財布を開いた。
コロナ禍で、勤めていた小さな飲食店を解雇された。
短大卒業後二年目に新卒で入社した企業が倒産して、やっと見つけた勤め先だったのに。
しばらく失業保険で食いつなぐことは出来たが、それも二ヵ月前に受給期間を終了した。
受給期間の前後は貯金で食べてたが、それも尽きそうだ。
小銭を一つ一つ数える。
まだ買っていないものは、パンだけ。
九十八円だと、消費税プラスして百七円。いえ、ここの近くの個人商店だと端数を切り上げてるみたいだから、百八円。
それでもこのスーパーより三円安い。
食料品だと消費税は八パーセントだっけ。そうなると計算は。
スマホを取り出す。
電卓のアプリを開いて、税込の値段を計算をした。
米は買えないので、パックごはん。おかずは三缶で二百四十円だった鯖の缶詰め。
三日分の朝食は、六枚切の食パン二枚ずつ。マーガリンとハムやソーセージなんて買っていたらお金がかかるから、パンに付けるのはレトルトの大盛カレー。これを冷凍して三等分して。
あとはパンを買えば三日分の食事は確保できる。
値段を一円単位まで計算して、ギリギリ大丈夫と泣き笑いのような表情になる。
飲み物は、大事に何十回も使っているティーパックで色を付けた水。
何とか水道代だけは払ったばかりだ。最悪、水を飲んで生き延びることは出来そう。
アパートを追い出されでもしなければ。
そこまで考え至り、沙梨衣は「ああっ」と半ばヒステリックな声を上げた。
今月の家賃、まだ口座に入れてなかった……。
余所のアパートの敷地の入口。植え込みのすぐ傍で、沙梨衣は座り込んだ。
俯くと、セミロングの髪がぱさりと顔にかかる。
パックごはんのパッケージに貼られた「Happy Halloween」の文字と、能天気なカボチャのイラストが恨めしい。
ともかく自分がこの世で一番不幸な気がする。
ザ、ザ、と敷地内の砂利を踏む音がする。
人に見られてたのか。恥ずかしいと思い目線を上げた。
デニムのズボンを履いた小さな子供の脚が目に入る。
子供か。小学校低学年くらいかなと思い顔を上げた。
身体の大きさに比べて、頭部が異様に大きな子供だった。
異常に血色の悪い灰色の肌、四角く角張った面長の輪郭、瞼がだらりと垂れて目が半分ほど隠れ、半開きになった唇は紫色。
フランケンシュタイン。
砂利に両手を付き、沙梨衣は思わずしゃがんだ格好で後退った。
ややしてから今日がハロウィンであることに気づく。
仮装か。
何だ、と息を吐いて子供の行き先を目で追う。子供は、アパート一階の角部屋の扉を開けた。
あれ、と思う。
振り向いて敷地入口にあるアパートの名前を確認する。
このアパート角部屋、確か事故物件とかで誰も入りたがらないと聞いたような。
だいぶ前に聞いた情報だが、近所だったので覚えていた。
悪戯で入り込んでるんだろうか、あの子。
そう思った途端、沙梨衣の頭の中にとある事柄が浮かんだ。
あの子をあの空き部屋に監禁して、親に身代金を。
自分とは繋がりの無い場所だし、もしかしたらいけたりして。
一度そう思ったら、このチャンスを逃せないと焦る。
周囲に人もいない。
今のうちなら。
沙梨衣は立ち上がって砂利を蹴った。扉をゆっくりと開ける子供に走り寄る。
「ごっ、ごめんっ!」
子供の腹部に腕を回して、勢いよく中に入った。
上がり框に足を引っかけそうになり、慌てて履いていたフラットシューズを脱ぐ。
「靴、脱いで脱いで脱いでっ!」
子供にも靴を脱ぐよう指示する。慌てていて優先順位がごっちゃだ。
子供はカラフルなスニーカーを片方ずつを踏みつけるようにして脱いだ。
そのまま子供を抱えるようにして、目の前の和室に駆け込む。
入室した途端、部屋中に化物の被り物や着ぐるみやおどろおどろしい血みどろのものが部屋中にぎっしりとあるのが目に入った。
「き……!」
大量の造り物の目玉に睨まれ、沙梨衣はつい悲鳴を上げそうになった。
今日はハロウィンだったと思い出す。
何でこんな所に大量の仮装グッズがあるんだろ。前に住んでた人の置いて行ったものかなと思う。
はぁっと息を吐いた。
子供はフランケンシュタインの被り物を被ったままこちらを見ている。
「とっ、とりあえずそれ取って。お姉さん、怪しい者じゃないから」
我ながら物凄く矛盾した自己紹介をする。
子供は素直に被り物を取った。
中から出てきたのは、痣と包帯だらけの血塗れの顔だった。
「いっ」
沙梨衣はひきつった声を上げた。
中にもメイクを施していたのかと考え至る。
「と、取って。それも。何かやだ。落ち着かないから」
「んー」と子供は首を傾げた。下を向き、包帯を不器用な手つきで取る。
顔を上げると、ようやく血色のいい男の子の顔になり、沙梨衣はふぅ、と息を吐いた。
「……ボク、お名前は?」
「かのうひじりくん。辻村小学校一ねん三くみ、出席ばんごう二十七番」
子供はハキハキと答えた。
「……出席番号まではいいの。お姉さんには関係ないから」
「おばさんの名前は?」
「お姉さん」
沙梨衣は眉根をきつく寄せた。まだ二十代前半なんですけどと内心で詰る。
「お姉さんの名前は秘密。お姉さんはね、あんたを誘拐したの。これから身代金を……」
「んじゃ、魔法少女りりぽんって呼ぶ」
「は?」
沙梨衣は顔を歪めた。
「た、立場分かってる?! これからね、あんたのパパに身代金を……!」
「パパ死んじゃったよ」
聖がそう言う。
途端に罪悪感を覚え、沙梨衣は言葉に詰まった。
「え……じゃ、ママだけ? お金あんまり持ってないかな……」




