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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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41/96

椀間市布荷多3-7 築16年1K6フローリング キッチン窓あり/バス停布荷坂前徒歩5分 南向き 自社

「おつかれさまです」

 アパート二階。水周りと六畳一間のフローリングの部屋。

 狭い部屋にきっちり二列に並んで正座し、馬鹿丁寧に三つ指を付いて出迎える人々に、匂坂 葉子(においざか ようこ)は引いた。

 自粛要請で、会社の出勤が当番制になった。

 珍しく昼間に買い物を済ませ、帰って来たところだ。 

 男性四人に女性が六人、子供が三人ほど。

 着物を着ている人もいれば洋服の人もいる。

 殆どの人が、顔の半分ほどを覆う藍色っぽいマスクを付けていた。

 男性は、雑に切った短髪か前髪をきっちり整えた髪型、女性は黒髪を簡素に結っていたり、緩くパーマをかけていたり。

 ドラマで見た、大正時代か昭和初期の人たちという感じだった。

「あの……何ですか」

 ついつい落ち着き払って葉子は言った。

 買い物袋を流し台の上に置く。

 普通なら異様な様子の不法侵入だが、あまりに非現実的で、何か経緯があるんだろうと冷静に思ってしまった。

 ましてこの部屋は、事故物件であることを承知で借りている。

 今まで何も無かったので気にしなかったが、とうとう遭遇したということか。

 葉子は、外出時に付けている布マスクを外した。

 焦茶色に染めた癖毛を軽く直す。

 正座をした人々は、揃って顔を上げた。

「俺ら、この前のスペイン風邪で死んだ者で」

 一番年長らしい男性が言った。

「この前って、いつ」

 葉子は眉を寄せた。

「この前はこの前で」

 男性は雑にカットした短髪を掻いた。

「あ、殆どの者は布荷多村の者なんだけど」

「今は椀間市布荷多だし」

 葉子は言った。

「いやあ、俺ら、お坊さんの読経もそこそこに(まと)めて共同墓地に埋葬されちまってえ」

 男性は再度頭を掻く。

「そういうのは後でいいから、要点」

「お姉さん、知ってる? チフスの時は、砂丘にずらっと並べて埋めたんだって」

 男性の後ろから若い女性が口を挟んだ。

 どこの砂丘を言っているのか。日本には、鳥取砂丘以外にも砂丘はあるんだけどと脳内で正し、葉子は眉を寄せた。

「お姉さん、お名前は?」

 若い女性が言った。

「葉子」

「いい家のおひいさまみたいな名前だねえ」

 全員が驚いたように目を丸くした。

 まあ、昔は「子」の付く名前はそうだったと聞いたことはある。

 全員が葉子より背が低いようだった。

 昔の人は小柄だったんだなと思う。

「説明もういいわ。ちょっと待って」

 葉子はバッグからスマホを取り出し、スペイン風邪を検索した。

「へえ。ちょうど百年前のパンデミック」

 画面を見ながら葉子は言った。

「百年だって、あんた」

 中年女性が横にいた男性の肩を叩く。

「老け込む訳だなあ」

 男性はげらげらと笑った。

 察するところ、あそこは夫婦なのかと葉子は思った。

「これも何かの縁かと思いまして」

 年長の男性は言った。

「……何の縁」

 葉子は顔を(しか)めた。

 ともかくここが事故物件だということは、納得して借りている。

 基本的に幽霊は信じていなかったので、どんな類いの死亡例があったのか、あまりきちんと説明を聞いていなかったが、この人達の共同墓地の跡地に建ててしまったアパートということだろうか。

「わたし、お茶飲むけど飲みます?」

 がさがさとビニール袋の音を立て葉子は尋ねた。

 買い物の後、歩きながらお茶を飲みつつ帰って来た。

 人混みを避けて行ったこともないお寺の近くを通ったら、飲みかけのお茶をどこかに置き忘れてしまった。

 戻るのも面倒だったので、帰宅してから改めて飲もうと道沿いのスーパーで二リットル入りのお茶を買った。

「ペットボトルのお茶だけど」

「ありがとうございます」

 スペイン風邪の幽霊達は笑顔でそう言った。

 幽霊など見たことは無かった。

 信じてもいなかったが、本当に現れたらどんな感じなのかと想像してみたことはあった。

 現れてみると案外こんなものかと思う。

 全員が人の良さそうな純朴な人達という感じだ。

 別に暗い顔をして枕元に立つ訳じゃないんだなと思う。

「今は急須で淹れるんじゃないんですね」

 女性の一人が首を伸ばし、不思議そうにペットボトルを見る。

「そういう人もいると思うけど、大抵はこれだね」

 葉子は言った。

「今の子供って急須でお茶淹れるの見たこと無くて、急須に水入れて直火に掛けたりするんだって」

 葉子がそう言うと、全員が「へえ」と感心したような声を上げた。

「いや……笑うところだと思うんだけど」

 葉子はそう返した。

「何人分?」

 人差し指を動かし、人数を数える。

「あ、全員で一つで結構です。お供え物としていただければ」

 年長の男性が言った。

「そうなんだ」

 珈琲カップに緑茶を注ぎ、葉子は小さな卓袱台(ちゃぶだい)に置いた。

 自身もやっと卓袱台の横に座る。

 今までの早朝と夜しかいない生活では、この人達とは遭遇しなかった。

 夜までには消えるということなのだろうか。

 寝るときもこの様子では辛い。

「葉子さん、葉子さん」

 正座した女性達が、(ひざ)でフローリングの床を移動した。

「コロリ流行(はや)ってるんですって?」

 声を潜め女性の一人が言う。

「コロナね」

「コロリって、あたしの婆ちゃんの若い頃にさ」

「コロナね」

 葉子は言った。

「お前、莫迦(ばか)だな。コロリは本当はコレラって言うんだぞ」

 男性の一人が横から割って入る。

「コレラかい」

 中年の女性が言った。

「コレラ流行ってんの?」

 七、八歳ほどの男の子が言う。 

「コロナ」

 葉子はもう一度言った。

「葉子ちゃん、コロナで死んだら一緒にいてあげるね」

 三歳ほどの女の子が、葉子の手を取った。

 有り難いけど縁起でもないなあと葉子は苦笑する。

「おつかれさまです、葉子ちゃん」 

 女の子は、小さな手を合わせた。

 仕事が殆ど休みなのに、お疲れ様なのか。昔の人は今より頻繁に言っていたんだろうかと葉子は思った。





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