表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/96

椀間市布荷見3-12 築15年/アパート1K フローリング/南向き バス停荷見塚前コンビニ徒歩8分 自社

 アパート近くの神社から、大勢でカウントダウンをする声が聞こえていた。

 三、二、ー、と数え、年が明けた瞬間に歓声が上がる。

 氷室 元(ひむろ はじめ)は、そちらの方向を窓から眺めた。

 電灯と松明で照らされた神社の灯りが見える。

 年が明けたと同時にアパートの前の狭い県道も騒がしくなった。

 (にわか)に通る車が増え、がやがやと人の声が聞こえ始める。

 去年は、彼女の芹菜(せりな)と初詣に行ったなと思い出した。

 高校のとき同じ美術部で、仲が良かった女子のひとりだった。

 別々の大学に進学して、暫くしてから付き合い始めた。

 付き合った子は初めてだったので、デートもどうしていいか分からなかった。

 人の話を聞いたりネットで見たりして何となくイメージはあったが、いざやってみると、こんな時はどうするんだと、頭が真っ白になる事態に何度も見舞われた。

 そのたびに、いちいち嫌われたかもと落ち込んだりしたが、芹菜は別に文句なんかは言わなかった。

 女子というのはどの子も、格好よくデートも出来ないフツメンはボロクソ言うものなんだと思ってた。

 結構違うんだなと思った。

 それから二年が経った。

 自分としては、仲良く付き合えてたと思う。

 だが、ここ何日か会っていない。

 急にメールも電話もくれなくなった。

 今年も出来れば初詣に誘いたかったが。

 フローリングの床に座り、(はじめ)は壁に背を預けた。

 不意に、部屋の作り付けの棚に置いたスマホが鳴る。

 暫くスマホの待ち受け画面の明かりをじっと見ていた。

 誰だと思った。

 立ち上がり、着信履歴を見る。

 芹菜の名が表示されていた。 

「えっ、え?」

 (はじめ)は思わず声を上げ、棚から引ったくるようにしてスマホを手に取った。

 嬉しさと緊張と、何を話そうかという考えと、いろいろなものが頭を駆け巡った。

 おそるおそる通話状態にする。

「……はい」

(はじめ)

 芹菜の声が聞こえて来た。

「せせせせ、芹菜」

「今ね、四丁目のバス停にいるの」

 芹菜は言った。

「四丁目の……」

 (はじめ)は復唱した。すぐそばに大きな霊園のあるバス停だ。

「何してんの、そんな所で……」

「また電話するね」

 芹菜はそう言い、通話を切った。

 呆然と(はじめ)はスマホを見詰めた。

「え……」

 電話で話すのは数日ぶりだ。クリスマス以来か。

 暫く待つ。

 部屋の安物の壁時計が、カチカチと音を立てていた。

 十分、十五分。

 またスマホが鳴った。

 表示は芹菜の名だ。

「せ、芹菜」

 (はじめ)は大急ぎで通話状態にした。

「今ね、三丁目のコンビニの前」

 芹菜は言った。

「コ、コンビニ? どこの」

 (はじめ)は言った。

 駅で待ち合わせて、よく寄ったコンビニがある。そこかなと思った。

 よくふたりで肉まんを買って、歩きながら食べた。

「えと、携帯ショップの隣のコンビニ?」

「また掛けるね」

 通話は切れた。

 カチコチという、単調な壁時計の音が響いた。

 フローリングの床に脚を投げ出して座り、(はじめ)はスマホをじっと見た。

 五分……十分。

 スマホが鳴る。

「はい!」

(はじめ)、いま(はじめ)のアパートの近くの神社にいるよ」

 芹菜は言った。

「え……」

 (はじめ)は窓の方を振り返った。

 神社の松明と電灯の灯りが見える。

 あそこに今、芹菜がいる。

 ドキドキと心臓が速くなった気がした。

「あの、芹菜」

「また掛けるね」

 (はじめ)はスマホの待ち受け画面をじっと見た。

 会いに来てくれたのかな。

 窓から神社の灯りを見た。

 ざわざわとしたざわめきが、ここまで聞こえる。

 迎えに行った方がいいかな。

 普段よりは人通りは多いかもしれないが、周辺には街灯のあまりない暗い道もある。

 そう考え窓の外を眺めるうちに、またスマホが鳴った。

(はじめ)

「芹菜、迎えに行こうか?」

「今、(はじめ)のアパートの前にいるよ」

 (はじめ)は玄関扉の方を見た。

「芹菜」

 通話は切れた。

 アパートの前の、砂利の通路を歩く足音がした。

 足音は近付き、玄関前のコンクリートの通路を歩く足音に変わる。

 時折カツン、と聞こえるのは、不意の雪に備えて持って来た傘だろうか。

「芹菜」

 (はじめ)は慌てて玄関に向かった。

 扉に付いた魚眼レンズに顔を近付ける。

 スマホが鳴った。

(はじめ)

「芹菜、あの」

 ここ数日、連絡もくれなかったのは何故なのか。何か怒っていたんだろうか。

「今、(はじめ)の部屋の玄関の前にいるよ」

 芹菜は言った。

 玄関扉のドアノブからカチャッという音が聞こえ、玄関扉は外から開けられた。

 開いた扉の前に、芹菜がいた。

 セミロングの髪を耳に掛けて、スマホを耳に当てていた。

「芹……」

(はじめ)、明けましておめでとう」

 芹菜は言った。

 (はじめ)は笑いかけた。顔を見たのは何日ぶりだろう。

「おめでと……」

(はじめ)、今ね、(はじめ)のアパートの部屋に来てるの」

 芹菜はそう言い、声を震わせた。

「まだここにいるかな……」

 芹菜は玄関口の天井の辺りを眺めた。

 (はじめ)は、困惑して目を見開いた。

「芹菜?」

 目の前にいるのに、視線が噛み合っていない。

 (はじめ)の姿がまるで見えていないような様子で、芹菜はスマホを大きなバックに仕舞い、俯いて唇を噛んだ。

 暫く無言で俯いたあと、芹菜はおもむろに横を向いた。

「すみません。こんな時間に」

 震える声でそう言う。

「いえ」

 芹菜の後ろに、男性がいると気付いた。

 黒いスーツを着た、二十五、六歳ほどの男性だ。

 どこかで会っているようなと思い、(はじめ)は記憶を辿った。

 不動産の社屋でこの部屋の契約をしたとき、好奇心で事故物件について聞いたことがあった。

 社長さんが一度奥に行った間に出て来て、名刺をくれた人だと思い出した。

 事故物件担当と名刺にあった。確か名前は、不動産と同じ華沢。

 華沢……(そら)だったか。

(はじめ)の実家のお母さんが……荷物は引き払ったけど、スマホだけ置き忘れて来たかもしれないって言ってて」

 芹菜は不動産屋の方を向きそう言った。

 (はじめ)はスマホを握りしめ、芹菜を呆然と見詰めた。

 荷物は引き払ったって。

 玄関口の向こう側にある、フローリングの部屋を振り向いた。

 がらんとして、作り付けの棚以外なにもなかった。

 暖房もなく、明かりも点いていない。

 射し込む外の明かりで、辛うじて支障がない程度にものが見えている。

 なぜ今まで違和感を覚えなかったのか。

 不意に芹菜はこちらを見ると、泣き笑いのような表情になった。

「あった、スマホ……」

 そう言い、(はじめ)の手からスマホを引ったくる。

「まだ電池()ってたんですね……」

 芹菜は涙を拭った。

「置きっ放しなら、そんな感じなのかな。(はじめ)が亡くなったの、クリスマスの次の日だし」

 芹菜は顔を歪ませた。

「クリスマス……」

 (はじめ)は呆然と立ち尽くした。

「まだ通じると思わなかった」

 鼻声で芹菜が言う。

「アルバイトの帰りに、どこかで転んで頭打ったんじゃないかって。大したことないと思ってアパートに帰って、眠ったままって感じだったらしいって、(はじめ)のお母さんが」

 芹菜は上体を伸ばすようにして、部屋の奥の方を見た。

「あの壁の時計も忘れ物かな……」

「ああ、そうですね」

 不動産屋は言った。

「持って行きますんで。上がっていいですか?」

 鼻の音をクスンクスンとさせながら芹菜は言った。

「どうぞ」

 不動産屋がそう言うと、芹菜は鼻と口を押さえながら三和土(たたき)でショートブーツを脱いだ。

 芹菜がフローリングの部屋に入り、背伸びして壁時計を外し始めたのを眺めてから、(はじめ)は何気なく不動産屋の方を見た。

 目が合った。

 戸惑った(はじめ)に、不動産屋は冷静な口調で言った。

「宜しければ、後ほど改めてご説明に伺います」

「は……はい」

 緩く腕を組み芹菜の方に視線を戻した不動産屋を、(はじめ)は呆然と見ていた。



 終





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ