朝石市片吉1-9 築43年片吉駅徒歩15分 スケルトン物件、流し台・トイレあり、駐車8台可 貸店舗/自社
スーパーマルスミの店舗入り口には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
成人男性の平均的な背丈よりも、頭ひとつ分高い感じだろうか。
柊 透は、ハンドラベラーを手に、ツリーの横を通り過ぎた。
入り口に積んである、蜜柑箱の数を確認してきたところだ。
店長とはいえ従業員は数人の小さな店舗なので、朝から休む間もない。
クリスマスツリーは、緑の葉のオーソドックスなものだった。
てっぺんに大きな金色の星が飾られた定番のものだ。
最近ときどきある、白い葉や青い飾りは、冷たい感じがして透は馴染めなかった。
若い従業員の中には、ああいうのも好きだと言うのはいたが。
一昨年までは、ツリーは特に飾ってはいなかった。
元々そういったイベントには、あまり興味のない方だ。
近所の他の店が飾っているのを見て、客へのサービスとして必要なのかと思っただけだった。
来店した子供連れが喜んでいるので、ああそういうものなのかと思った。
ツリーの横では、若い女性従業員が座り、飾りを付け直したり更に増やしたりしている。
ジーンズの膝を付いて座り、楽しそうに作業をしていた。
透が通りかかると、顔を上げる。
「店長、モフモフ増やした方がいいですか?」
山吹色のエプロンのポケットに金と赤のオーナメントボールを入れ、にこにこと笑いかける。
どうしようかと透は迷った。
「このモフモフって、正式名称、何ていうんですかね?」
女性従業員は、飾りのモールを両手で持ち言った。
「店長、すみません」
横から別の男性従業員が話しかける。
「ショートケーキの値下げって、何時から」
「ああ。早めの方がいいのかな……」
そう言いながら、透はスイーツの売り場の方に移動した。
身体を屈め、パックに入ったショートケーキの棚を見る。
「賞味期限的には、いつもの時間でも大丈夫っぽいですけど」
男性従業員は言った。
「あんまり売れてないか……?」
やや顔を顰め透は言った。
「みんな、値下げすんの待ってんじゃないですか?」
男性従業員は、はははと笑った。
先程ツリーの飾り付けをしていた女性従業員が、男性従業員の横から覗き込んだ。
「誰かとケーキ食べる予定のある人は、予約とかしちゃうから」
男性従業員が、そちらの方を振り向く。
透は、うーん、と唸り眉を寄せた。
「クリスマスイブの日ってどう? 早く買い物終わらせて家に帰りたいもん?」
「そんなの、人によりますよ」
男性従業員は笑いながら言った。
「そうですよね」
女性従業員も横でそう言う。
「クリスマスにデートしてないと恥ずかしいとかいう風潮、バブルの頃に突然できた風潮なんだよねえ」
透は言った。
「そうなんですか」
男性従業員は言った。
「うん。それまでは、ただのケーキ食べる日だった」
まあいいけど、と透は続けた。
「チキンも、今日は値下げ早い方がいいかなあ」
「去年、早めでしたよね」
男性従業員は言った。
「下げた途端に完売してたよね、確か」
「それまで殆ど売れなかったのにって感じでしたね」
再び、はは、と男性従業員は笑った。
「ちょっと待ってて。昼まで様子見てから」
透は言った。
朝九時半の開店直後は年配の客で混んでいたが、一時間ほどすると客数は一気に減った。
正午を少し過ぎれば、弁当を買いに来た客で惣菜売り場が少し混み出すと思うが。
先程の女性従業員は、再びツリーの横に座り、飾り付けを直し始めた。
横目で見ながら透は中二階の事務室に入った。
ポップを事務机の上に一枚ずつ並べ、見比べる。
もう少し違うのに変えようかと思っていた。
去年のクリスマスは、どんなのだったか。
「店長」
扉が開き、ツリーの飾り付けをしていた女性従業員が入室した。
机の上を見て、あれ、という顔をする。
「ポップ、変えるんですか?」
女性従業員は、不意に横の方を見て、倒れかけた幟旗を両手で立て直した。
「その柊の絵のあるやつ、可愛いと思います」
端の方の暖色系のポップを指差す。
扉をノックする音がした。
外階段に直接通じる扉の方だ。
振り向くと、扉の擦りガラスに黒い服装の人物が映っていた。
ああ、と呟き透は事務机から離れた。
「どうも。お疲れ様」
そう言い、扉を開ける。
二十五、六歳ほどの童顔の青年が立っていた。
ここを貸店舗として管理している華沢不動産の人だ。
事故物件担当、華沢 空と書いた名刺を最初の問い合わせ時にくれた。
別のスーパーだった頃に死亡者が出たこの店舗は、事故物件扱いになっていた。
もうふた昔も前のことらしいので、特に客足には影響していないと透は思っているが。
幽霊が出る物件だと、怯えて突然の解約をしたがる人もいるとのことで、一日一回様子を見に来る。
いつもきちんと黒いスーツを着ていた。
この季節なのに、コートなどは着ないのだろうかと、去年も思ったのを思い出した。
車で来ているのかもしれなかったが、ここは駐車場は狭い。
いつもどこに停めているのだろうと思う。
「特に問題はありませんか」
不動産屋は言った。
「うん……ないよ」
透はそうと答える。
何気なく事務室内を見回す。女性従業員が、ポップを並べた事務机の横からこちらを眺めていた。
「万引き犯を捕まえようとして、転んで打ち所悪くて……って従業員がいたんだっけ、ここ」
「ええ」
不動産屋は書類を取り出した。
「ずいぶん勇ましい人だね……」
「まあ、一生懸命仕事していらしたんでしょうね」
不動産屋は言った。
「特に不都合が無いなら」
そう言い、不動産屋は書類から顔を上げた。
「ああ……幽霊とか見た訳でもないし」
透は言った。
不動産屋は書類を大きめの茶封筒に入れた。
「では。また明日」
扉を後ろ手に開け、会釈する。
「うん……お疲れ様」
透はそう言った。
外階段を降りていく音が遠ざかっていくのを聞きながら、透は踵を返した。
ポップを並べた事務机に戻る。
「店長、何で嘘ついてるんですか?」
片隅の小さな流しで台拭きを濯ぎながら、女性従業員はクスクスと笑った。
「わたしのこと、見えてますよね?」
店内を明るく流れるクリスマスソングが耳に届いた。
終




