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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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32/96

朝石市片吉1-9 築43年片吉駅徒歩15分 スケルトン物件、流し台・トイレあり、駐車8台可 貸店舗/自社

 スーパーマルスミの店舗入り口には、大きなクリスマスツリーが飾られていた。

 成人男性の平均的な背丈よりも、頭ひとつ分高い感じだろうか。

 柊 透(ひいらぎ とおる)は、ハンドラベラーを手に、ツリーの横を通り過ぎた。

 入り口に積んである、蜜柑(みかん)箱の数を確認してきたところだ。

 店長とはいえ従業員は数人の小さな店舗なので、朝から休む間もない。

 クリスマスツリーは、緑の葉のオーソドックスなものだった。

 てっぺんに大きな金色の星が飾られた定番のものだ。

 最近ときどきある、白い葉や青い飾りは、冷たい感じがして透は馴染めなかった。

 若い従業員の中には、ああいうのも好きだと言うのはいたが。

 一昨年までは、ツリーは特に飾ってはいなかった。

 元々そういったイベントには、あまり興味のない方だ。

 近所の他の店が飾っているのを見て、客へのサービスとして必要なのかと思っただけだった。

 来店した子供連れが喜んでいるので、ああそういうものなのかと思った。

 ツリーの横では、若い女性従業員が座り、飾りを付け直したり更に増やしたりしている。

 ジーンズの(ひざ)を付いて座り、楽しそうに作業をしていた。

 透が通りかかると、顔を上げる。

「店長、モフモフ増やした方がいいですか?」

 山吹色のエプロンのポケットに金と赤のオーナメントボールを入れ、にこにこと笑いかける。

 どうしようかと透は迷った。

「このモフモフって、正式名称、何ていうんですかね?」

 女性従業員は、飾りのモールを両手で持ち言った。

「店長、すみません」

 横から別の男性従業員が話しかける。 

「ショートケーキの値下げって、何時から」

「ああ。早めの方がいいのかな……」

 そう言いながら、透はスイーツの売り場の方に移動した。

 身体を屈め、パックに入ったショートケーキの棚を見る。

「賞味期限的には、いつもの時間でも大丈夫っぽいですけど」

 男性従業員は言った。

「あんまり売れてないか……?」

 やや顔を(しか)め透は言った。

「みんな、値下げすんの待ってんじゃないですか?」

 男性従業員は、はははと笑った。

 先程ツリーの飾り付けをしていた女性従業員が、男性従業員の横から覗き込んだ。

「誰かとケーキ食べる予定のある人は、予約とかしちゃうから」

 男性従業員が、そちらの方を振り向く。

 透は、うーん、と唸り眉を寄せた。

「クリスマスイブの日ってどう? 早く買い物終わらせて家に帰りたいもん?」

「そんなの、人によりますよ」

 男性従業員は笑いながら言った。

「そうですよね」

 女性従業員も横でそう言う。 

「クリスマスにデートしてないと恥ずかしいとかいう風潮、バブルの頃に突然できた風潮なんだよねえ」

 透は言った。

「そうなんですか」

 男性従業員は言った。

「うん。それまでは、ただのケーキ食べる日だった」

 まあいいけど、と透は続けた。

「チキンも、今日は値下げ早い方がいいかなあ」

「去年、早めでしたよね」

 男性従業員は言った。

「下げた途端に完売してたよね、確か」 

「それまで殆ど売れなかったのにって感じでしたね」

 再び、はは、と男性従業員は笑った。

「ちょっと待ってて。昼まで様子見てから」

 透は言った。




 朝九時半の開店直後は年配の客で混んでいたが、一時間ほどすると客数は一気に減った。

 正午を少し過ぎれば、弁当を買いに来た客で惣菜売り場が少し混み出すと思うが。

 先程の女性従業員は、再びツリーの横に座り、飾り付けを直し始めた。

 横目で見ながら透は中二階の事務室に入った。

 ポップを事務机の上に一枚ずつ並べ、見比べる。

 もう少し違うのに変えようかと思っていた。

 去年のクリスマスは、どんなのだったか。

「店長」

 扉が開き、ツリーの飾り付けをしていた女性従業員が入室した。

 机の上を見て、あれ、という顔をする。

「ポップ、変えるんですか?」

 女性従業員は、不意に横の方を見て、倒れかけた幟旗(のぼりばた)を両手で立て直した。

「その(ひいらぎ)の絵のあるやつ、可愛いと思います」

 端の方の暖色系のポップを指差す。

 扉をノックする音がした。

 外階段に直接通じる扉の方だ。

 振り向くと、扉の擦りガラスに黒い服装の人物が映っていた。

 ああ、と呟き透は事務机から離れた。

「どうも。お疲れ様」

 そう言い、扉を開ける。

 二十五、六歳ほどの童顔の青年が立っていた。

 ここを貸店舗として管理している華沢不動産の人だ。

 事故物件担当、華沢 (そら)と書いた名刺を最初の問い合わせ時にくれた。

 別のスーパーだった頃に死亡者が出たこの店舗は、事故物件扱いになっていた。

 もうふた昔も前のことらしいので、特に客足には影響していないと透は思っているが。

 幽霊が出る物件だと、怯えて突然の解約をしたがる人もいるとのことで、一日一回様子を見に来る。

 いつもきちんと黒いスーツを着ていた。

 この季節なのに、コートなどは着ないのだろうかと、去年も思ったのを思い出した。

 車で来ているのかもしれなかったが、ここは駐車場は狭い。

 いつもどこに停めているのだろうと思う。

「特に問題はありませんか」

 不動産屋は言った。

「うん……ないよ」

 透はそうと答える。

 何気なく事務室内を見回す。女性従業員が、ポップを並べた事務机の横からこちらを眺めていた。

「万引き犯を捕まえようとして、転んで打ち所悪くて……って従業員がいたんだっけ、ここ」

「ええ」

 不動産屋は書類を取り出した。

「ずいぶん勇ましい人だね……」

「まあ、一生懸命仕事していらしたんでしょうね」

 不動産屋は言った。

「特に不都合が無いなら」

 そう言い、不動産屋は書類から顔を上げた。

「ああ……幽霊とか見た訳でもないし」

 透は言った。

 不動産屋は書類を大きめの茶封筒に入れた。

「では。また明日」

 扉を後ろ手に開け、会釈する。

「うん……お疲れ様」

 透はそう言った。

 外階段を降りていく音が遠ざかっていくのを聞きながら、透は踵を返した。

 ポップを並べた事務机に戻る。

「店長、何で嘘ついてるんですか?」

 片隅の小さな流しで台拭きを(すす)ぎながら、女性従業員はクスクスと笑った。

「わたしのこと、見えてますよね?」

 店内を明るく流れるクリスマスソングが耳に届いた。



 終





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