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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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30/96

椀間市八橋保字拝天2-3 高内ビル3F ㈲拝天クリア・サービス

「んっ?」

 業務用のバケツを両手に持ち、脇にモップを挟んだ格好で簾 香南子(みす かなこ)は立ち止まった。

 マンション三階の内廊下。

 事故物件の部屋の掃除に来たのだが、急に真っ暗になった。

「うわ、停電?」

 辺りを見回す。

 事故物件の掃除は、他の社員が敬遠するので、華沢不動産のものだけは香南子(かなこ)が全て担当していた。

 他の担当もあるので、たいてい夕方か夜にかけての時間帯になる。

 停電の場合もあると想定すべきだったか。

 部屋の電気はたいていは通っている状態なので、考えてなかった。

「うわ。どうしよ」

 窓の無い廊下なので、月明かりすら入らない。

 火災報知器のランプが小さく点いているので、完璧な暗闇にはならずに済んでいるが。

 両手が塞がっているので肩で壁を伝い、取りあえず掃除をしに来た部屋に入ろうと思った。

 業務用バケツをガッコンガッコンと壁にぶつけて歩く。

 時折、脇に挟んだモップが落ちそうになり、脇にぎゅうっと力を籠めた。

「持ちましょうか」

 目の前の部屋から出てきたらしい人物に声をかけられた。

 若い男性のようだった。

「え? いいんですか?」

 顔を上げ声のした方を見やる。

 真っ暗闇で、輪郭すら分からない。

「あ、でも、仕事で来てるんで」

 へへっと笑いながら香南子は言った。

「僕も仕事で来たんです」

 男性はそう言った。

 やや間を置いてから香南子は大きく声を上げた。

「もしかして華沢さん?」

 ガサツに振る舞っていた仕草が、背筋を伸ばした精一杯行儀の良い仕草になる。

 ここを管理している華沢不動産の事故物件担当者だ。

 フルネームは、華沢 (そら)

「や、やだ。全然見えないから」

 顔が熱を持ったのが分かった。

 明るい所で見れば、真っ赤になっているんだろうなと思う。

「お、お掃除、まだ終わってませんよ。終わった頃に会社に留守電入れとこうかと……」

「このマンションが建つ前は、ここにホテルがあって」

 男性は言った。

「へえ。そうなんですか」

 香南子は廊下を見回した。

 真っ暗で、自分が目を開いてるのか閉じてるのかすら分からない。

「ホテルって普通、駅前とか交通の便のいい所に建てそうですけど。この辺って結構……」

「いわゆるラブホだったんです」

 男性は言った。

 華沢さんの口からラブホという言葉を聞くなんて。香南子は照れて目線を泳がせた。

「火災で全焼したんです」

 男性はそう続けた。

「始めは営業で来て……その後、仕事をサボるのに、よく使ってたんですが」

「華沢さんでもサボるなんてあるんですか。何か、一日中物件を見回ってるイメージ」

 香南子は、あははと笑った。

「そんな訳ないか。休憩はしてますよねえ」

「はい。休憩だけなら大した料金でもないんで、よく営業の合間にここで一眠りしてて」

 男性の声は、突如地を這うような低い声になった。

「目が覚めたら火災の煙に巻かれてまして」

「うっわぁ。大丈夫でした?」

「逃げようにも廊下で迷い、あえなく一酸化炭素中毒で」

「大変でしたねえ」

 香南子は、ガッコンガッコンと音を立てながら壁を探った。

 おそらく目的の部屋だろうと思われる辺りで、扉のノブが手に当たる。

「あ、ここ、掃除の部屋かな?」

 ポケットを探り、鍵の束を取り出す。

 手探りで鍵穴に差し込み回してみると、比較的すぐに開いたような手応えを感じた。

 カチッという解錠の音に、何か爽快感を感じる。

「やだあたし、結構、怪盗とかやってもいけるかもぉ」

 あははは、と笑い、男性の居たと思われる方を向く。

「華沢さん?」

 返事はなかった。

「あれ……」

 帰っちゃったのかなと思った。視線を左右に動かしてみる。



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