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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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28/96

朝石市河岸下5-8 築17年アパート1K 南向きバス停 河岸下徒歩5分 自社

 午後十時半。

 六畳の部屋の一角に畳んで置いた布団を枕にして、宝田 実克(たからだ さねかつ)はスマホを見ていた。

 事故物件に住んだユーチューバーの動画を主に選び、冒頭だけ見ては次の動画に行く。

「何だこのNABATANとかいうやつ……」

 動画の途中を飛ばし最後の方を見る。

「結局、幽霊出ないし……」

 独り言を言いながら、ヘラッと笑う。

 何気に(あご)を触ると、朝剃った(ひげ)が伸びてちくちくとした手触りがした。

 自身が住んでいるのも、事故物件と紹介されていた部屋だった。

 安さと職場への近さとで選んだ。

 借りる前は少々迷ったが、住んでみれば何もない。

 玄関で男性が倒れて、そのまま死亡していた部屋だと説明を受けた。

 住んで一年ほど経った今となっては、そんな程度で家賃を割り引きされているのは、むしろ悪いなというくらいの感じすらしていた。

「も、いいか。眠み」

 そう言い、スマホを畳の上に投げ出し、布団にごろんと顔を伏せた。

 この独り言がついつい出る癖、やべえなと思う。

 四年ほど一緒に暮らした妻と別れてから、いつの間にか付いた癖だった。

 最近、仕事中にも出そうになるので、本当に気を付けなければと思う。

「んと……」

 布団が何となく中年男臭え、と気が付きそのまま固まる。

 身体を反転させて、もう一度スマホを手に取り、ホーム画面に戻した。

 次の瞬間、部屋の灯りが消えた。

「えっ……」

 天井を見る。

 四角い傘の付いた和風の電灯の残像が目に映った。

 身体を起こす。

 頭の半分では無駄と理解しつつ、電灯から伸びる紐を何度もカチカチと引いた。

 点かない。

 テレビのリモコンを手に取り、消していたテレビに向けてみた。

 主電源のランプから消えていると気付く。

 どっこいしょ、と言って立ち上がりカーテンを開ける。

 外灯の明かりも消えていた。

 停電かあ。

 ここに来て、(ようや)くはっきりと理解した。

 スマホで周囲を照らしてみる。

 室内が青白く照らされた。

 意外と部屋の中のものを見るのに不自由はない。

 まあいいか、と思った。

 電力会社には、誰かが電話するだろう。

 仕事あるし寝るか。

 畳んだ布団の、枕を引っ張った。

 スマホの時計は、午後十時四十九分と表示していた。




 玄関の呼び鈴が鳴った。

 真っ暗な玄関の方を見る。

 不動産屋か、と思った。

 事故物件は、夜中に突然退去したがる人もいるとのことで、毎晩こうして様子を見に来る。

 確かに、事故物件で突然の停電ってのは、シチュエーションとしては怖いかもしれない。

「はい」

 気怠く歩を進め、実克(さねかつ)は部屋を出た。

 明かりがないので、足元が覚束(おぼつか)ない。

 水場の壁を左手で伝い、玄関扉を手で軽く叩くようにして位置を確認する。

「はいい。ちょっと待って」

 スマホを持って移動すれば良かったと思った。

 つい卓袱台(ちゃぶだい)の上に置いて来てしまった。

 履き潰した普段使いのスニーカーを引っかけ、魚眼レンズを覗く。

 アパートの通路の明かりも消えているので、何が映っているのかさっぱり分からない。

「はいはい」

 そう言いながら玄関扉を開けた。

 扉を開けると、男性らしき人影があるのは分かった。

 ここを管理している華沢不動産の、事故物件担当者だ。

 確か名前は華沢 (そら)

 名刺にそう書いてあった。

「今晩は」

「いやあ。いきなり停電みたいなんですけど」

 苦笑しながら実克は言った。

「この辺一帯ですよね」

 そう言って、実克は玄関扉から身を乗り出し近所の景色を見た。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫っていうか、スマホの明かりで何とか」

 実克は言った。

「何かあれば、お手伝いしますが」

「いや、手伝いなんて。どうせすぐ復旧するでしょ、電気は」

 あはは、と実克は笑った。

 周辺の部屋も、物音がしたり小窓の人影が動いたりしているのが分かった。

 みんな結構起きてる時間帯なんだな、と実克は思った。

 単身者ばかりのアパートなので、交流は全く無いが。

「不動産屋さんも、大変だね、こんな時まで」

 実克は言った。

「車で来てんの? 信号点いてた?」

 実克は再び身を乗り出し、アパートの駐車場の方を見た。

「不自由なことはないですか?」

「いや別に……あと寝るだけだし」

 実克は苦笑した。

「あ、コンビニはどんな様子だった? やってた?」

 不動産屋は何かに気を取られているのか、返答はなかった。

「コンビニの方は通って来なかったの? どういうルートで回るもんなの?」

 身体半分ほどの幅に開けていた扉を、実克は広く開け直した。

 近くの道路沿いを眺める。

「うわ、信号も点いてないっぽいな」

 ついそう声を上げる。

 郊外なので、この時間帯は車が極めて少ない。

 事故にはなりにくいだろうが。

「東日本の買い出しの時なんかさ、道路すげえ混んでんのに、信号どこも点いてなくてさ」

 ようやく通った一台の車のライトを目で追う。

「なのに交通整理の警察官もいないから、警察何やってんだよって言ったら、嫁に、救助で全員出払ってて、そこまで人手が無いんでしょって言われて」

 実克は、玄関のノブに手を掛けるようにして寄りかかった。

「あれでゾッとしたわ。嫁って、その頃はまだ付き合ってただけなんだけど」

 実克は不動産屋の顔を見た。

 真っ暗で、表情の判別は付かない。

「不動産屋さん、あのときって何してたの?」

 不動産屋が、二十五、六歳程の年齢なのを思い出した。

「あの頃だとまだ学生? 高校生くらい?」

 不動産屋は会釈をしたようだった。

 その場から、すっと姿を消した。

 暗くて動きがよく見えないが、通路を通ってアパートの駐車場の方に行ったのだろうと思った。

 つまんねえ話しちゃったか、と実克は苦笑した。

 おっさんの面白くもない話に付き合わされたとか、会社に帰って言われるのかなと思った。

 外灯の明かりが、チカチカと点滅しながら点いた。

 部屋の明かりが点いたのが横目に見えて、部屋の方を振り向く。

「今晩は」

 傍らから声がした。

 黒いスーツの青年が立っていた。華沢不動産の事故物件担当者だ。

 持っていた大きめの茶封筒から、書類とボールペンを取り出す。

「停電していたみたいですが、大丈夫でしたか?」

「え?」

 実克は目を丸くした。

「不動産屋さん?」

「はい」

 書類を捲りながら不動産屋はそう返事をした。

「今、来てなかった?」

「たった今来たところですが」

 不動産屋は言った。

「今の誰?」

 さあ、と不動産屋は言ったが、ややして玄関口を眺めた。

「ここで亡くなった方ですかね」

 そう不動産屋は言い、玄関の三和土(たたき)をボールペンで指した。

「一度、入居している方にご挨拶したいが、どうにもタイミングが分からないと仰ってましたから」

「は?」

 実克は口元をひきつらせた。

「……ここ本当に幽霊いるの?」

 実克は言った。

「入居時にご説明したと思いますが?」

「いや、されたけど。元々そんなに信じてないし、霊感とかも無いから」

 ふと奇妙なことに気付き、実克は「あれ」と声を上げた。

「停電時って、呼び鈴鳴るかな……」

「鳴らないですね。ここのは電池式ではないので」

 うわ、という風に実克は口を動かした。

「まじか」

「ここで亡くなった方も奥様と離婚された方だったので、同じ境遇の宝田さんの力になれればと言ってたんですが」

 離婚した男が二人続くとか、別の意味で呪われてないか、この部屋。

「いや……え」

 そう呟き、実克は額を抑えた。

「取りあえず今日は寝るわ……」

 何が起こったのか。急には頭の整理がつかない。

 明日の朝に改めて考えて、ゾッとするってパターンかもしれないと思った。

「はい。おやすみなさい」

 不動産屋はそう言うと、茶封筒に書類とボールペンを入れ会釈をした。

 


 終





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