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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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27/96

椀間市尼内字根見3-1 アパート1K 築10年南向きキッチン窓あり/自社

 午前一時。

 タクシーから降りた。

 アパートの薄暗い二階の通路を通り、玄関扉の前まで来る。 

 笹山 舞子(ささやま まいこ)は、背負うようにして肩を貸していた友人、穂乃花(ほのか)に、いったん下りてもらった。

 肩までの髪を耳に掛け、大きな肩掛けバックを探り鍵を探す。

 専門学校の友人たちと居酒屋で飲んでいた。

 盛り上がり楽しかったが、同じ方向の穂乃花が、一人で帰らせるには危なそうなくらいに酔っていたので、やむなく泊めることにした。

 秋の深夜は、さすがに風がひんやりとしている。

 タクシーを降りてから、風の冷たさで酔いは覚めてしまった。

 ううん、と眠そうな声を出し、穂乃花は通路に座り込んだ。

 シュシュでアップに(まと)めた髪が、崩れかけている。

「飲んだあ……」

 穂乃花は呂律の回らない口調で呟いた。

「飲んだね」

 舞子は言った。

「何飲んだっけ。酎ハイと、酎ハイと、酎ハイと、酎ハイ……」

 穂乃花は指を折って数え出した。

「ねね、昨日の夜ドラ観た?」

 穂乃花はそう続けた。

「観た。あの医者の彼、ひどい」

 返事をしながら舞子はバックを探った。

 ようやく鍵を見付け、鍵穴に入れる。

「ねね、ここ、事故物件って言ってたよね」

 穂乃花は声を潜めた。

「出る?」

「出ないよ」

 舞子は言った。

「あたしもちょっと怖かったけど、結局何もないよ」

「そうなんだ」

 穂乃花は言った。

「安いなら、あたしもそういう所にしようかなあ。就職してからとか」

 玄関扉を開け、明かりを点ける。

「ほら、中入りな」

 穂乃花の腕を引っ張り、舞子は中へと引きずるようにして連れ込んだ。

「眠いい」

 穂乃花は愚図るように言った。

「中入って寝なよ」

 舞子は、穂乃花の腕を担ぎ、おぶるようにして部屋へと入れた。

 足を引きずられるというか、無理やり前進させられているような感じで、穂乃花は入室した。

 姿見に二人の姿が映る。

 すっかり穂乃花が背中に覆い被さっているような感じだ。

 顔が青くなりげっそりとしているようにも見える。

「具合とか大丈夫?」

 畳の上に下ろしながら舞子は言った。

「大丈夫」

 脚を崩して座り穂乃花は言った。

「事故物件って言っても普通だよね」

 穂乃花はそう言い、畳の一点をじっと見る。

「普通だよ。本当、何にもないよ」

 舞子は押し入れを開けた。

「怖くない?」

 穂乃花は言った。

「今は全然」

「そ。なら良かった」

 穂乃花は俯き言った。

「人が死んだってだけで、事故物件ってことになっちゃうからね」

「死んだだけっていうのも、ちょっとあれだけど」

 舞子は苦笑した。

「こっちは、無闇やたら出る気なんて無いのにねえ」

 穂乃花は言った。

「え……うん」

 よく分からないが、酔っているせいなのか。

「布団敷くから、どいて」

 布団と布団の間に両腕を差し込み、舞子は上体を反らした。布団を両手で引っ張り出す。

 穂乃花は座った格好で後ろに移動した。

「何で事故物件選んだの?」

「安いからでしょ」

 どさっと布団一式を畳の上に下ろし舞子は言った。

「ここのこと、ちゃんと説明された?」

「女の人が病死したって聞いた」

 舞子は言った。

「若い人だったってことだけど、病名からすると、最後はげっそり痩せてたんだろうななんて思った」

 うん、と穂乃花は不明瞭な口調で言った。

「でも部屋も別に汚れてなかったって。近くに親戚とかもいた人だから」

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 穂乃花がゆっくりとそちらの方を見る。

「不動産屋さんだと思う」

 そう言い、はい、と返事をして舞子は玄関口に向かった。

 事故物件は、夜中に突然退出したがる人もいるとのことで、毎夜様子を見に来る。

 いつもはもう少し早い時間帯に来るのだが、もしかして留守だったので出直させてしまっただろうか。

「あの、すみません」

 玄関扉の向こうから、若い男性の声がした。

「やっぱり不動産屋さんだ」

 舞子はそう言い、玄関の三和土(たたき)に降りた。

 魚眼レンズを覗きながらサムターンを回す。

「あの、すみません」

 珍しく不動産屋はしつこく呼びかけた。

「はい?」

「すみません」

 どうしたんだろうと、舞子は怪訝に思い玄関扉を開けた。

 黒いスーツの男性がいた。

 毎夜見慣れた人物だ。

 舞子より少々歳上の、二十五、六歳ほど。

 このアパートを管理している、華沢不動産の事故物件担当者だ。

 問い合わせ時に、華沢 (そら)と書いた名刺をくれた。

「お友達ですか?」

 不動産屋はそう言い、通路の一角を指した。

 通路の柵に寄りかかるようにして、(うずくま)って座る小柄な女性がいた。

 穂乃花だった。

「え?」

 舞子は驚いて、部屋の中を振り返った。

 六畳の和室の、敷きかけた布団の横に座っていたはずの穂乃花の姿は、無かった。

「いま伺ったら、ここで酔い潰れていらっしゃったので」

「置いて行くんだもん、酷いい」

 穂乃花はゲラゲラと笑った。

「え、じゃあ、今の穂乃花は……」

 舞子はもう一度部屋を振り返った。

 ああ、と不動産屋は言った。

「あきのさん、まだ居らしたんですね」

 不動産屋は大きめの茶封筒から書類とボールペンを取り出すと、何かを書いた。

「おとなしい方なんで、もしかして成仏なさったかと思ってたんですが」

「え……今のが……あれですか?」

 舞子は言った。

「穂乃花に見えたんですけど……」

 誰、という風に不動産屋はこちらを見た。

「あ。この人に見えてて」

 舞子は、(うずくま)り潰れている穂乃花を指差した。

「ああ」

 不動産屋は再び書類に何かを書いた。

「そういう風に思い込まされることがあるみたいですね」

 ひえ。

 舞子は声にならない声を上げ後退った。

 鳥肌が立つ。

「何か言ってました?」

「……え」

 頭が混乱して記憶を手繰るのも難儀な感じだが、舞子は部屋に運んだ方の穂乃花との会話を何とか思い出した。

「無闇に出る気はないとか何とか」

「ああ、そういう方ですね」

 不動産屋はまた何かを書いた。

「穏やかな方なので問題はないと思いますが、気になるのでしたら、退去の手続きは、いつでも申し出てくださっていいですよ」

 不動産屋は言った。

「え……急に引っ越しってのも……」

 舞子は呆然としながら言った。

「取りあえず今日は、お友達が風邪ひいちゃいますから」

 不動産屋はボールペンで穂乃花を指した。

「そ、そうですね」

 舞子は穂乃花の腕を掴んだ。

「ほら立って」

「では」

 不動産屋はボールペンと書類を茶封筒に入れると、挨拶した。

「あ……はい」

 顔を上げ舞子は返事をした。

 不動産屋の姿はもうなかった。



 終





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