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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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25/96

於曾方市洲津部町2-7 築18年/アパート1K/西向き 楚洲下線戸綱駅15 自社

 午後十一時半。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 はいはい、と小さな声で呟きながら、茅野 美月(かやの みつき)は卓袱台に手を付き立った。

 駅前で働く携帯ショップの店員だった。

 長押(なげし)に掛けたバックを探り、財布を取り出す。

 今日も時間ぴったりだ。

 三千八百円。

 きっちり用意してある。

 部屋の隅に置いた姿見を斜めに覗き、高めの所で結わえたセミロングの黒髪を簡単に直す。

 財布を手にすると、すたすたと玄関口へと向かった。

「どちらさまですか?」

 分かってはいるが、いちおう魚眼レンズを覗き言った。

「あのう、宇美山タクシーの者なんですが……」

 年配男性の戸惑った声がした。

「ああ、はいはい」

 美月は扉を開けた。

 薄暗いアパートの通路に、紺のスーツを着た男性がいた。

 六十歳くらいだろうか。

 おろおろとこちらの様子を伺い、困惑したように眉を寄せていた。 

「あの、朝石市の方から女の人を乗せて来たんですが……財布を持って来ると言ってここに入ったまま……」

「戻らないんですね、分かりました」

 台詞を引ったくるように美月は言った。

「あの、タクシーの料金を」

「はい、お疲れさまです」

 美月は三千八百円を渡した。

 料金は毎回決まっている。

「三千八百円になるんですが……」

「はい、ですから、三千八百円です」

 運転手の目の前に、美月は札と硬貨を突き出した。

「信じてくれて良かったです……こんな変な話」

 運転手は長い息を吐いた。

 金を受け取ると、ゆっくりと薄暗いアパートの通路を去って行った。

「お疲れさま。おやすみなさい」

 玄関から頭だけを出すようにして、美月は去って行く運転手の背中に声を掛けた。

 運転手が階段に足を踏み出し、安っぽい華奢な階段を降りて行く。

「相変わらず来ているんですね」

 開け放った玄関扉の陰から、若い男性の声がした。

 黒いスーツをきちんと着こなした、二十五、六歳ほどの若者だった。

 扉の陰から一、二歩踏み出し、室内の明かりの当たる場所に来る。

 ここのアパートを管理している、華沢不動産の人だ。

 物件を問い合わせたときに、「事故物件担当、華沢 (そら)」と書いた名刺をくれた。

 真夜中だけ事故物件の受付、契約等を担当しているということだった。

「まあ……事故物件っての納得して借りたんですから、分かってますし」

 あはは、と美月は笑った。

「毎日大変ではと思ったのですが」

 不動産屋は言った。

「正直ちょっとイラッとしますけど、部屋の中に幽霊が出る訳じゃないから、他のこういう物件よりは、まだマシかなって」

「そうですか」

 不動産屋は言った。

「職場にも近いですし」

「契約時に言ってましたね」

 不動産屋は大きめの茶封筒から書類を取り出すと、一枚捲って何かを確認した。

「異常なしですよ。いつも通りです」

「ええ。借り手の方がご納得しているなら、それで良いんですが」

「不動産屋さん、まだこの後も物件回るんですか?」

「ええ」

 不動産屋は言った。

「毎日この時間帯に来ますけど、担当の所、全部回るんですか?」

 ええ、と不動産屋は返事をした。

 茶封筒の中からボールペンを取り出し、何かを書いた。

「結構ブラックですね」

 美月は言った。

 困惑した表情で、不動産屋は顔を上げた。

 こういう表情するんだ、と美月は思った。

 いつも年齢の割に淡々としている印象だ。

「ここに前住んでたの、女の人でしたっけ」

 美月は言った。

「高齢の女性ですね」

 書類を捲り不動産屋は言った。

「孤独死だったって聞きましたけど、別に跡らしきものもないし」

 美月は部屋の方を振り向いた。

「ご近所付き合いは結構活発になさっていた方だったので、発見が早かったんですよ」

 不動産屋は言った。

「家の人にタクシー代払わせる幽霊って、その家の娘さんってのが多い気がするけど、この場合、そのお婆ちゃんってことになっちゃうのかな」

 美月は再びあははと笑った。

「ああやって何人も騙してたんでしょうね、あの運転手」

「そうですね」

 不動産屋はそう返し、ボールペンで耳元を掻いた。

「死んだ後までやってるなんて、いい根性ですよね」

 美月はやや身を屈め、運転手が去って行った階段を見た。

「ああやって高齢者の家を訪ねては嘘の幽霊話をして、タクシー代を騙し取っていたらしいですね」

 不動産屋は言った。

「高齢の人って、亡くした身内のひとりやふたり、絶対いますもんねえ。もしかしてあの人かもとか思っちゃうんだろうな」

 美月は言った。

「まあ、そうやってタクシー代を騙し取った帰りに、事故死したそうなんですが」

 書類に何かを書きながら不動産屋は言った。

「ああ、もう、絶対罰当たってる」

 美月はけらけらと笑った。

「そういう詐欺師っているんだ。本当、気を付けよ」

 美月は足下に手を伸ばした。

 運転手の手から滑り落ちた金を拾う。

 三千八百円。

 ちゃんとある。

 一日一回、これを渡せばいいだけ。

 当のここで孤独死した女性は、今のところ全く出て来ない。

 成仏してしまったのかなと考えていた。

「では」

 不動産屋はそう言うと、書類を茶封筒に入れ会釈した。

「うん。……不動産屋さん」

 美月は言った。

 不動産屋は振り向いた。

「職場、ブラックならさ、うちの面接受けてみたら? ちゃんと七時で帰れるとこですよ」

 不動産屋はやや大きめの目を見開いて、こちらを見た。

「……好きでやっていますんで」

「そうなんだ」

 美月は言った。

「健康、気を付けてね」

 美月はそう言った。

 なぜか不動産屋は、物凄く複雑そうな表情をした。



 終





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