臼越市根連1-8 築40年/戸建 臼越駅徒歩15分/仲介
「危険って?」
住宅用マンションの一室に、備品を置いただけの会社事務所。
十五月 礼二は、家の見取り図を見た。
事故物件として売りに出されていた戸建ての家のものだった。
近所に住む老人が持ち主だったが、不動産を通じて一時貸して欲しいと交渉した。
二階建て、四部屋とダイニングキッチンの家を、お化け屋敷に改装して客を呼ぼうという、礼二の経営するイベント会社の企画だった。
「どの辺」
雇ったばかりの女子大生のアルバイトに尋ねた。
「二階のベランダから落ちそうになった人が何人かいて」
「ベランダ?」
見取り図のベランダの位置を見る。
「ベランダ、出られないようにしてなかったの?」
「してあったんですけど」
アルバイトは言った。
「聞いたら、スタッフに案内されて、こちらが順路だと言われたって」
「誰。そんな案内してんの」
礼二は眉を顰めた。
「誰もやってないって言うんですけど」
「そんな訳ないでしょ」
礼二は言った。
「そもそも、何で案内なんてしてんの。遊園地の大っきなお化け屋敷じゃあるまいし、要らないでしょ」
「そうなんですけど」
アルバイトは言った。
事故物件とは聞いていたが、全く気にしていなかった。
オカルト話はどちらかといえば好きだが、実際にあるかと言われれば、眉唾だと思っていた。
この家に関しては、事故物件だということが、むしろいい宣伝になると思った。
もしかしたら本物が紛れているかもと期待するのか、客の入りは中々良かった。
会社を大きくしたいという野心はさほど無いが、面白い企画を立ち上げ話題を作るというのには興味があった。
駅から程よい距離。
広めの殺風景な土地のど真ん中にポツンと建つ、建て売り風の家。
周囲を他の住宅に囲まれて、あまりすっきりとした陽当たりの時間帯は無かった。
晩夏という季節柄、建物の周囲は寂しい地味な雑草だけになり、外に居れば時おり涼しいというか寒々とした風が吹き抜ける。
雰囲気も中々いいと思っていた。
ベランダへ続く窓の塞ぎ方をもっときっちりとして、順路ではないとはっきり分かるように表示すれば良いと思った。
誰が間違えた案内なんかしたか知らないが、ミーティングで注意しておけば。
玄関口のチャイムが鳴った。
アルバイトがそちらの方を見る。
「お客さん。出て」
見取り図を見ながら礼二は言った。
玄関口に行き、暫くしてアルバイトは戻って来た。
「華沢不動産って言ってますけど」
礼二は顔を上げた。
お化け屋敷用に借りた戸建ての、仲介をした不動産だ。
そういえば、定期的に様子伺いに来るとか言っていた。
「ああ……お通しして」
礼二は言った。
アルバイトに案内され入って来たのは、黒いスーツの若者だった。
持ち主との交渉の所から対応してくれた担当者だ。
事故物件担当、華沢 空と書いた名刺をその際にくれた。
十五月という礼二の名字を、一発で読んだので印象に残っていた。
礼二よりも十歳は歳下だろうか。
二十五、六歳といったところか。
童顔だが、表情の感じは落ち着いていた。実際はいくつなんだろうと思い、初対面のときはまじまじと顔を見てしまった。
「お忙しいところ失礼致します」
不動産屋は言った。
「いや……大丈夫です。座ってください」
そう言い、礼二は飲み物を出すようアルバイトに目配せした。
「お構いなく」
不動産屋は言った。
「何か物件に関して問題はありませんか」
「えっと……特に」
礼二は言った。
アルバイトが何か言いたそうにこちらを見たが、別に言う必要は無いと思った。
「あの家は、何があったんでしたっけ」
椅子を引きずるようにして座り、礼二は言った。
「集団自殺です」
不動産屋は言った。
「随分、淡々と言いますよねえ」
礼二は苦笑した。
「普通は隠すもんなのに」
「今どき隠しても仕方ありませんから」
不動産屋は言った。
「ああ、ネットで書いちゃいますからねえ」
アルバイトが緑茶を運んで来た。
「ちなみに死亡者はどんな?」
「最終的に亡くなったのは、男性と女性が一人ずつです。男性は、持ち主の方のお孫さんですが」
「ああ、成程……」
礼二は宙を見上げた。
「あとの人は、命は取りとめた?」
「ええ」
不動産屋は言った。
「その後自殺し直したりはしてないんですか?」
「詳しくは知りませんが、多分」
「へえ……」
礼二はもう一度宙を見上げた。
アルバイトの女子大生と目が合った。
「結構そんなもんなんだ」




