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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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22/96

朝石市河岸常3-6 築10年/アパート2DK 告知事項あり/自社

「ルナ様、ルナ様」

 萩尾 実弥(はぎお みや)は、外国の硬貨の上に乗せた指に集中した。

 アニメのキャラクターのように、長く伸ばした前髪を三束ほど顔の前に垂らしたロングヘア。

 近くの高校の生徒だった。

 両親と三人暮らしだが、今日は二人とも帰らない。

 友達を呼んで、ずっと試したかった降霊術を行っていた。

 杏月(あつき)は学校外で知り合ったが、同じ高校、同じ学年。

 同じようにスピリチュアルに使命を感じているという話になり、話が合った。

 学校で流行っていた降霊術は「セイレーンさん」というものだったが、中々霊は現れなかった。

 今日は、もっと強力な方法として杏月が知っていた、「ルナ様」を試みているところだ。

 指に思わず力が入る。

 八畳二間に、ダイニングキッチンのアパート。 

 部屋は明かりも点けず暗かった。

 窓から覗く中秋の満月が、うっすらと殺風景な畳の部屋を照らしていた。

 畳の上に置かれた、フランス語のアルファベットを書いた紙をじっと見る。

 硬貨は中々動かなかった。

「力んじゃ駄目。実弥ちゃん」

 杏月が言った。

 腹這いの格好で硬貨を凝視しているので、ツインテールに結わえた長すぎる髪が畳の上に散らばっている。

 黒いミニのワンピース、首から下げた五芒星のペンダント。   

 まるでアニメの魔女のような格好だ。

「そうだね、ルナ様がパワーを使えなくなっちゃう」

 実弥は言った。

「ルナ様はセイレーンさんよりパワーは上なんだけど、力は不安定なの」

 杏月は神妙な顔でそう言った。

 実弥は顔を傾け、顔の前にだらりと垂らした前髪を目から退かした。

「あたしのコンセントレーションが足りないのかな」

 もう片方の手で握り拳を作り実弥は言った。

「実弥ちゃん、あたしのパワーをあげる」

 杏月は、実弥の指に両手を(かざ)し、むん、と小さな声を上げて目を(つむ)った。

「何か温かい感じがする」

「パワーが伝わってるのね」

 杏月は言った。

「実弥ちゃんは、あたしよりルナティックパワーが上なんだと思うの」

「あたし、元々霊感強いしね」

 胸に握り拳を当て、実弥は言った。

「ルナ様は気紛れなんだよ」

「月の満ち欠けと同じ性格なんでしょ。分かってる。もう一回、集中して呼び掛けてみる」

 実弥は硬貨の上に置いた指に集中した。

「ルナ様、ルナ様」

 杏月も腹這いになった格好で目を瞑った。

「ルナ様、ルナ様……」

 脳裏に大きな満月を思い浮かべる。

 その満月から、美しく武装した女神が剣を掲げ舞い降りて来る姿を思い描いた。

 不意に玄関扉をノックする音がした。

「あのう、すみません。いいですか」

 扉の向こうから若い男性の声がした。

 ゆっくりと顔を上げ、実弥は杏月を見た。

 暫くしてから杏月も目を開け、玄関の方を見る。

「不動産屋さんだ」

 実弥は言った。

「事故物件担当とかいう人?」

 杏月は身体を起こした。

 玄関扉を眺める。

「中断されて、ルナ様がお怒りにならなきゃいいけど」

 ツインテールを直しながら杏月は言った。

「いつも降霊術してるときに来るんだよね、あの人」

 実弥は、長い前髪の間から覗く両目を玄関扉の方に向けた。

「何か呼ばれてるんじゃないの?」

 杏月は言った。

「どうぞ。入っていいですよ」

 玄関口に向けて実弥は言った。

 ややしてから鍵をドアノブに差し込む音がする。

 カチッという音がし、扉が開いた。

 実弥たちより十歳ほど歳上の、黒いスーツの男性が現れた。

 このアパートを管理している華沢不動産の事故物件担当者。

 名前は、華沢 (そら)といった。

「今日はお友達も一緒でしたか」

 不動産屋は言った。

「あのっ」

 杏月が立ち上がり、不動産屋の方に歩み寄った。

 星のワンポイントが入った黒い靴下が、畳を擦る。

「事故物件担当って聞いたんですけど。どんな風にしてなるんですか?」

 杏月は言った。

「両親が不動産屋を経営してましたんで」

 不動産屋は淡々と言った。

「お告げとかあってなるんですか?」

「ありませんが、どうして」

「何かスピリチュアルな使命がありそうな仕事に感じたの」

「別にありませんよ」

 不動産屋は言った。

 茶封筒から書類を取り出し眺める。

「でも、本人が認識していないだけで、地神(テール)とかから使命をいただいているんだと思う」

「そうですか」

 不動産屋は書類を捲った。

「じゃ、実弥ちゃん、あたし一回戻るね」

 杏月は言った。

「お気を付けて」

 横を通りすぎた杏月に向けて、不動産屋は会釈した。ややして顔を上げ、明かりもなく月で照らされた室内を眺めた。

「お気を付けてっていうか……杏月ちゃん、もう死んでるんだけど」

 実弥は言った。

「セイレーンさんで呼ばれて来たの」

「そうみたいですね」

 不動産は何でもないことのように言った。

「同じ学校だったんだけど、病気して全然通えないまま死んだんだって」

「お友達が出来て良かったですね」

 不動産屋は言った。

「引っ越してしまったご両親の所に行けば、もう少し寂しくないと思うんですが」

 書類を捲る。

「ここにいたら、迷惑ですか?」

 実弥は言った。

「どうせ僕の担当なので、どちらでも」

「ここ、幼稚園の時から住んでたし、他の所とかあんまり行きたくないんだ」

「ご両親も、お仕事の都合で仕方なかったみたいですね」

 不動産屋は、更に書類を捲った。

「前髪長すぎて視界が悪くて事故って死んだとか、馬鹿娘って言ってるだけに決まってるよ、あっち行っても」

 実弥は苦笑いした。

「いまだ事故現場のお花を取り替えに来ているようですが。見てませんか」

 不動産屋は言った。

「前髪、注意でもされてたんですか」

「でもこうして顔隠してる方が神秘的っていうか、アベル様みたいで格好よくない?」

「アベル様?」

「アニメの」

「アニメ見ないんで」

 実弥は束にして垂らした前髪を指で整えた。

 不動産屋は捲った書類を元に戻した。

「せっかく可愛いから隠さなくていいと思うんですが」

 書類に目を落としながらそう言った。

「え……かわ、可愛いとか、それ、そんなことないし」

「じゃあ、また来ますね」

 書類を茶封筒に入れ、不動産屋は言った。

「別に部屋を汚したり壊したりしている訳ではないんで、実弥さんの自由でいいんですが」

 (にわか)に実弥は、どこに目線を持って行っていいか分からなくなった。

「では」

 不動産屋は会釈し、アパートの通路を去って行った。

 実弥は目線だけを動かし、玄関のすぐそばにあるダイニングキッチンを見回した。

 無人の物件内には鏡などなく、しゃがんで銀色のシンクに自分の姿を映した。

 一瞬だけ自分の姿らしきものが映り、すぐに消えた。

 か、可愛いかな。

 そうなのかな。

 ルナ様で誰か呼んで、さりげなく聞いてみようかな。

 月明かりでぼんやりと照らされた空き部屋の中、そんなことを考えた。



 終





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