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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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20/96

於曾方市小諸町8-9 築15年アパート2K/南向き 楚洲下線戸綱駅/自社

 アパート一階の薄暗い通路。長月 桔平(ながつき きっぺい)は、ポケットから自宅の玄関の鍵を取り出した。

 目を細め鍵穴の位置を探る。

 先に内側から扉が開けられた。

 同棲して三年になる文香(ふみか)が顔を出した。

「おかえり」

「え……ああ」

 促され中へと入った。

 扉を閉めチェーンロックを掛ける文香を、じっと見る。

「どしたの?」

 文香は言った。

「いや……」 

 チラチラと彼女の様子を伺いながら水場を通り、六畳の和室に入る。

 リモコンを手に取りテレビを点ける。夜のニュース番組が始まってた。

 部屋はふたつ。六畳の和室と、八畳の同じく和室。

 陽当たりの良い六畳の部屋は食事や寛ぐための部屋、もう片方の押し入れのある八畳は寝室だ。

「夕飯、食べるでしょ」

 文香はにこやかに言った。

「ああ……」

 桔平はそう返事をし、文香の顔をじっと見た。

「なに?」

 文香は笑った。

「いや……」

 桔平はそう言い、台所に立った文香の動きを目で追った。

 小柄で、やや太めの脚でパタパタ歩く。

 いつもと変わらない。

 セミロングの黒髪を結わえもせず手で(まと)めて冷蔵庫を覗く。

 何かを見つけ、あは、と笑った。

 どういうことだ。

 桔平は卓袱台のそばに座り、頬を強張らせた。

 昨日、殺したはずだ。

 寝室の押し入れに遺体を隠したはず。

 結婚、結婚、結婚と(うるさ)くて、つい苛々(いらいら)した。

 叩く素振りだけして、黙らせるつもりだった。

 だが、手が頬に当たった。

 そのまま文香はふらついて、卓袱台に頭をぶつけた。

 暫く頭を押さえていたが、そのまま(うずくま)って動かなくなった。

 青ざめた。

 勤めている会社のことや家族、近所の人間等々が頭に浮かび、ともかく隠そう、無かったことにしようという風に思考が働いた。

 遺体を毛布でくるみ、押し入れの下のスペースに横たわらせた。

 車は持ってないし、どうやって運ぼう。

 そんなことを考えながら帰って来た。

「おかず、昨日の残りでいいかな」

 冷蔵庫を覗きながら文香は顔を上げた。

「ああ……」

「温めるね」

 そう言い電子レンジに入れる。

「そういえば、大変なことがあったの……昨日」

 文香は言った。

 桔平は、全身から血の気が引くのを感じた。

 心臓から、大量の血液が送り出されるのを感じた。

 ドクドクというよりも、ドボドボという風に感じる。

「き、昨日は」

 青ざめながら桔平は言った。

「ごめん」

「うん」

 文香は頷いた。

「許してくれるか」

「そだね」

 文香は言った。

 本当か。

 こんなことを言いつつ、呪って来るんじゃないのか。

 いや、道連れにされるとか。

 逃げ出したい気持ちだった。

 だが、取り乱して外に飛び出せば、殺人がバレる。

 なだめればいいのか、こういう場合。

「文香」

 桔平は、口元をひきつらせた。

「あ、愛してるよ」

「わたしも」

 文香はこちらを向き、にっこりと笑った。

「結婚……」

「い、いいよ。しよう」

 桔平は手の平で胸元を抑え、嫌な汗をかきながら言った。

 頼むからこれで成仏してくれ。

 頭の中で強くそう念じた。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 はい、と返事をして文香は玄関扉の魚眼レンズを覗いた。

「夜分恐れ入ります」

 若い男の声だった。

「華沢不動産の者です」

 文香がこちらを向いた。

 確かこのアパートを管理している不動産だ。

 桔平は立ち上がると、チェーンを掛けたまま扉を開けた。

「はい」

 扉の前にいたのは、黒いスーツの若い男だった。

 童顔な感じはあるが、二十五、六歳といったところだろうか。

 桔平と同年代だ。

「夜分恐れ入ります。華沢不動産、事故物件担当の華沢と申します」

 男はそう言い、名刺を差し出した。

 桔平は扉の隙間から手を出した。

 両手で受け取るのが礼儀だが、狭い隙間なので両手を揃えて出すのは無理だ。

 すいません、と会釈をしながら片手で受け取った。

 事故物件担当、華沢 (そら)とあった。

「事故物件の担当さんが、何で」

「こちらの物件が、事故物件ということになってしまいましたので、ご説明を」

 不動産屋は言った。

 ギクッと桔平は顔を強張らせた。





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