於曾方市小諸町8-9 築15年アパート2K/南向き 楚洲下線戸綱駅/自社
アパート一階の薄暗い通路。長月 桔平は、ポケットから自宅の玄関の鍵を取り出した。
目を細め鍵穴の位置を探る。
先に内側から扉が開けられた。
同棲して三年になる文香が顔を出した。
「おかえり」
「え……ああ」
促され中へと入った。
扉を閉めチェーンロックを掛ける文香を、じっと見る。
「どしたの?」
文香は言った。
「いや……」
チラチラと彼女の様子を伺いながら水場を通り、六畳の和室に入る。
リモコンを手に取りテレビを点ける。夜のニュース番組が始まってた。
部屋はふたつ。六畳の和室と、八畳の同じく和室。
陽当たりの良い六畳の部屋は食事や寛ぐための部屋、もう片方の押し入れのある八畳は寝室だ。
「夕飯、食べるでしょ」
文香はにこやかに言った。
「ああ……」
桔平はそう返事をし、文香の顔をじっと見た。
「なに?」
文香は笑った。
「いや……」
桔平はそう言い、台所に立った文香の動きを目で追った。
小柄で、やや太めの脚でパタパタ歩く。
いつもと変わらない。
セミロングの黒髪を結わえもせず手で纏めて冷蔵庫を覗く。
何かを見つけ、あは、と笑った。
どういうことだ。
桔平は卓袱台のそばに座り、頬を強張らせた。
昨日、殺したはずだ。
寝室の押し入れに遺体を隠したはず。
結婚、結婚、結婚と煩くて、つい苛々した。
叩く素振りだけして、黙らせるつもりだった。
だが、手が頬に当たった。
そのまま文香はふらついて、卓袱台に頭をぶつけた。
暫く頭を押さえていたが、そのまま踞って動かなくなった。
青ざめた。
勤めている会社のことや家族、近所の人間等々が頭に浮かび、ともかく隠そう、無かったことにしようという風に思考が働いた。
遺体を毛布でくるみ、押し入れの下のスペースに横たわらせた。
車は持ってないし、どうやって運ぼう。
そんなことを考えながら帰って来た。
「おかず、昨日の残りでいいかな」
冷蔵庫を覗きながら文香は顔を上げた。
「ああ……」
「温めるね」
そう言い電子レンジに入れる。
「そういえば、大変なことがあったの……昨日」
文香は言った。
桔平は、全身から血の気が引くのを感じた。
心臓から、大量の血液が送り出されるのを感じた。
ドクドクというよりも、ドボドボという風に感じる。
「き、昨日は」
青ざめながら桔平は言った。
「ごめん」
「うん」
文香は頷いた。
「許してくれるか」
「そだね」
文香は言った。
本当か。
こんなことを言いつつ、呪って来るんじゃないのか。
いや、道連れにされるとか。
逃げ出したい気持ちだった。
だが、取り乱して外に飛び出せば、殺人がバレる。
なだめればいいのか、こういう場合。
「文香」
桔平は、口元をひきつらせた。
「あ、愛してるよ」
「わたしも」
文香はこちらを向き、にっこりと笑った。
「結婚……」
「い、いいよ。しよう」
桔平は手の平で胸元を抑え、嫌な汗をかきながら言った。
頼むからこれで成仏してくれ。
頭の中で強くそう念じた。
玄関の呼び鈴が鳴った。
はい、と返事をして文香は玄関扉の魚眼レンズを覗いた。
「夜分恐れ入ります」
若い男の声だった。
「華沢不動産の者です」
文香がこちらを向いた。
確かこのアパートを管理している不動産だ。
桔平は立ち上がると、チェーンを掛けたまま扉を開けた。
「はい」
扉の前にいたのは、黒いスーツの若い男だった。
童顔な感じはあるが、二十五、六歳といったところだろうか。
桔平と同年代だ。
「夜分恐れ入ります。華沢不動産、事故物件担当の華沢と申します」
男はそう言い、名刺を差し出した。
桔平は扉の隙間から手を出した。
両手で受け取るのが礼儀だが、狭い隙間なので両手を揃えて出すのは無理だ。
すいません、と会釈をしながら片手で受け取った。
事故物件担当、華沢 空とあった。
「事故物件の担当さんが、何で」
「こちらの物件が、事故物件ということになってしまいましたので、ご説明を」
不動産屋は言った。
ギクッと桔平は顔を強張らせた。




