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七日目。午後十一時。
海は部屋の後片付けをしていた。
一週間だけの契約で、元々住んでいたアパートはそのままなので片付ける物は殆どない。
幽霊はとうとう見られなかったなと思った。
生まれて初めて見ることが出来るかと、かなり期待したのだが。
呼び鈴が鳴った。
玄関の扉を開けると、不動産屋が立っていた。
「退室の手続きをしに来ました。延長も出来ますが、どうしますか?」
いやあ、と海は苦笑いした。
「出ます。すいません」
「いえ」
海は不動産屋を中に促した。
「入っても宜しいですか」
そう断って、不動産屋は三和土で黒い革靴を脱いだ。
差し出された書類に簡単にいくつかのことを書き、判を押す。
「そういえば、宅急便の深夜配達なんてあるんすね」
海は言った。
「ええ。この辺りは、深夜に仕事をしている方も多いですからね」
書類を確認しながら、不動産屋は言った。
「何度もアパート間違えて来た配達員がいましたよ」
「ああ、知ってます。どうも極度の方向音痴らしくて。他の入居者からも何度か聞きました」
「それでも勤まるもんなんすね」
「深夜配達は、人手が足りないらしいですからね」
海は、鍵を返そうと床の片隅を見た。
自身が使っていた鍵は畳の上に置いてあったが、一緒に渡されていた合鍵は無かった。
万が一を考えて、親に渡していたと思い出した。
「すいません。合鍵、親に渡しっ放しだ。明日置きに来ます」
海は苦笑した。
「鍵返すくらいなら昼間でも大丈夫すか?」
「大丈夫ですけど、昼間の本営業は弟がやっているので、一応事情を説明してくださいね」
不動産屋は言った。
「はあ。えっと、経営は弟さんなんすか」
「ええ。元々僕が親から継いだんですが、僕が事故死した後は、弟が懸命に不動産業の勉強をして引き継いでくれました」
「へえ……」
何か違和感のあるフレーズが混じってた気がするが、当たり前のことのように淡々と言われたので、すぐには分からなかった。
「あまりにすまないので、手伝える範囲は手伝おうかと真夜中だけ」
「そうなんすか」
不動産屋は、手続きを終えた書類を揃えた。
時計はもうすぐ午前十二時になろうとしていた。
終