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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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19/96

.

 ちょっと……。

 店内に女性と二人で残され、穂波はカウンターの傍で固まった。

 摺り足で、足を半歩だけ前に出してみる。

 チラッと女性の様子を伺うが、女性は全く反応していなかった。

 メニューをテーブルの上に置き、行儀よく両手を膝の上に置いて凝視したままだった。

 何か、メニューを見てる姿勢も変なような。

 選んでいる感じじゃない。

 睨んでいるような。

 メニューに怨みがあって成仏出来ないとか。

 そんな人いるのか。

 そおっと穂波は一歩前に踏み出した。

 女性は微動だにしない。

 横目で穂波は女性を見た。

 カウンターの内側まで行けば大丈夫だと、何の根拠もなく思った。

 その後は、伯母が帰るまで厨房に隠れていよう。

 そおっと二歩目を踏み出す。

 女性は同じ姿勢のままだった。

 幽霊って、どれくらいの間出ているものなんだろう。

 怖くて足がガクガクする。

 三歩目。

 女性を見る。

 首だけを動かし、こちらを向いていた。

 ひっ。

 穂波は立ち竦んだ。

 血の気が引く。

 女性は、上体を殆ど前後させず、すうっと立ち上がった。

 足音もさせずこちらに近付く。

 弱々しくて、歩幅の狭い力のない歩き方に見えた。

 傍に来ると、穂波を上から見下ろした。

 穂波より頭一つ分くらい上背がある。

「あの」

 女性は弱々しい声で言った。

「は……はい」

 穂波はぐるんっと身体を反転させ、カウンターに背中を預けた。

 な、なに。

 呪いでもかけられるのかな。

「いつもの人じゃないんですね……」

「いいい、いつもの人は、伯母です。すぐ戻ります」

 穂波は言った。

 女性は無表情でこちらを見ていた。

「注文、言っていいですか」

「は、はい」

 心臓がバクバクする。

 お線香あげてくれかな。

 それともお供え物。

 自分の怨みを晴らしてくれとかだったら、どうしよう。

「低脂肪の牛乳お願いします」

 女性は言った。

「ぎゅ……?」

「わたし、カフェイン駄目で」

 女性は言った。

「紅茶もコーヒーもお茶も全部駄目で」

「はあ……」

「かといって、ジュースと生乳は匂いが駄目で」

「は……」

 なにこれ。

「じゃあ何で喫茶店に来ているんだと思ったでしょう?」

「あ……いえ」

「何か、雰囲気が好きで……落ち着くし」

 そういう人いるんだ。

 まあ、昭和の感じがあるといえばある内装だし。

「あの、コーヒーとかなら、カフェインレスのものも。伯母に言えば」

「そういうのは、邪道かと思いまして」

 じゃど……。

 なにその(こだわ)り。

「それと、サンドイッチお願いします」

「サンドイッチですね。すぐに伯母……いえ、店長が戻ると思いますので」

「チーズとパセリとハムと玉葱(たまねぎ)とポテトと人参と胡椒(こしょう)とマヨネーズ抜きでお願いします……」

 穂波は、ぽかんと女性を見上げた。

「す……すみません。メモしますので、もう一回」

「大丈夫です。店長さん、分かってくださってます」

「……はあ」

 穂波はカウンターに後ろ手を付いたまま、ずるずると崩れ落ちそうになった。

 何だろう、変な脱力感が。

「わたし好き嫌い多くて。すみません……」

「はあ……いえ」

 穂波は言った。

 女性は方向転換し、元いた席の方を向いた。

「あ、お水お持ちします」

 気を取り直し穂波は言った。

「いえ……」

 女性は表情もなく言った。

「水も、決まったメーカーのミネラルウォーターしか飲めなくて……」

 びっくりするくらい細くて白い手を差し出す。

「コップだけお借りできれば……」

「はい……」

 コップを渡す。

 渡したときにほんの少し触れた女性の手は、ちゃんと温かかった。

 生きてる人なんだ。

 びっくりした。

 穂波は改めて女性の顔を見上げた。

 女性は元の席に戻ると、バックからサプリメントらしきパッケージを出し、かなりの種類を飲んでいた。




「ああ、あの人」

 買い物から戻った伯母は言った。

「常連さんで、いつもああなの」

「注文取らなくていいとか言うから、何かと思っちゃった」

 穂波は言った。

「人から話しかけられると、怖くてびっくりしちゃうんだって。だから、向こうから来るの待ってるの」

 何て面倒臭い人……。

 穂波はげんなりとした。どうやって生きているんだろ。

 時計を見た。

 午後三時。

「今のうちに洗っときましょ」

 伯母は、ケーキと軽食作りで使った食器や用具を、流し台のプラスチックの(たらい)にガシャガシャと運んだ。

「さっきの不動産屋さんが事故物件担当とか言うから、あの女の人が幽霊かと思っちゃった」

 食器を洗いながら、穂波は唇を尖らせた。

 あはははは、と伯母は笑った。

「ここが事故物件って訳じゃないよね?」

「ここは違うわよお」

 伯母は更に大声で笑った。

 良かった。

 穂波は胸を撫で下ろした。

 幽霊とか、話だけでも怖くて本当に無理。

「あの不動産屋さんも常連さん?」

 穂波は言った。

「あの人ねえ、何年か前、ここの近くの大通りで事故にあってねえ」

「へえ」

 穂波は顔を上げ、大通りの方向を眺めた。

「あたしがたまたま駆けつけて、救急車呼んだんだけど……駄目だったのよねえ」

「ふうん」

 カットソーの袖を捲り上げ、更に水音をさせる。

「まだ若いし、家の不動産屋も継いだばかりだったのにねえ」

 じゃぶじゃぶと、大きなプラスチックの(たらい)の中で、水と洗剤が跳ね合った。

「でもまあ、その直後にお礼言いに来てくれて、その後もああやって顔出してくれるのよね」

「へえ」

 穂波は言った。

「律儀な人だね」

 何か、伯母の言う内容にどこか引っ掛かる部分があった気がした。

 どこだろうと思ったが、暫くしてから気のせいだろうと思った。

 きゅっと音を立てて、穂波は水道の水を止めた。



 終





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