表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/96

.

 空になった缶を潰してビニール袋に入れる。

 カン、カン、と軽い音がした。

 三人の座った周囲には、たこ焼きの甘いソースの匂いが漂っていた。

「結構、出ないもんだねえ」

 薄暗い天井を見上げ一夏は言った。

 新しいチューハイの缶をプシュッと開ける。

「やっぱり、霊感の強い人とかいないと駄目なのかな」

 海里は言った。

「誰か、霊感の強い人誘ってみれば良かったね」

 芙美子は笑って言った。

 缶の入ったビニール袋を両手で持ち上げ、カラカラと音をさせる。

「明日、誰かにケータイ掛けてみよっか」

 一夏は言った。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 はい、と返事をして一夏は立ち上がり玄関口へと行った。

「華沢不動産の者です。ご様子は」

 扉の外から、そう男性の声が聞こえた。

 ここを管理する不動産屋だ。

 夜中に一度だけ様子を見に来ると言っていた。

「あ、はい」

 そう言って一夏は扉を開けた。

 扉の外に立っていたのは、黒いスーツの男性だった。

 一夏たちよりもやや歳上という感じだろうか。

 ここを借りるときに、手続きをしてくれた人だ。

 童顔だが、結構イケメンさんだよねと手続きの後三人で話した。

 確か、事故物件担当、華沢 (そら)と名刺にあった。

「どうですか、ご様子は」

 不動産屋は改めて言った。

「ええと」

 一夏は振り向いて二人の友人を見た。

「何か、楽しんじゃってます」

 あはは、と笑った。

「なら良かったです」

 不動産屋は言った。

 書類に短く何かを書き込む。

 「異常なし」みたいな感じのことだろうか。

 芙美子と海里も、ぱたぱたと玄関口に来た。

「あの、ここで亡くなったのって、どういう人だって言いましたっけ」

 好奇心でわくわくした表情で、海里が言った。

「ええと」

 不動産屋は資料らしきものを見た。

「若い女性ですね。皆さんと同年代くらいの」

「同年代なんだ」

 一夏は言った。

「不動産屋さん、見たことあります?」

「ええ」

 さらりと不動産屋は言った。

 三人は顔を見合せ、銘々に驚いた顔をした。

 目で意思の疎通をし出す。 

「不動産屋さん、霊感強いんですか?」

 芙美子が訪ねた。

「強いというか……何というか」

 不動産屋は言った。

「あのっ、ちょっとでいいんで、協力してくれませんか?」

「協力?」

「あたし達、誰も霊感とか無くて」

 一夏は言った。

「幽霊呼び出しても出てこないから、誰か霊感強い人呼ぼうかって言ってたとこなんです」

「お酒もありますし、どぞっ」

 海里と芙美子が中に促した。

「いえ。幽霊なら、既に出ていますので」

 不動産屋は言った。

 うそっ、と一夏は声を上げた。

「どこっ。霊感強い人は見えるの?」

 三人三様に部屋と水場を見回す。

「僕です」

 不動産屋は言った。

「数年前に事故死しまして」

 書類に何か書きながら不動産屋は言った。

「ああ、あと、ここの女性の霊ですが」

 不動産屋は続けた。

「一応穏やかな方ですが、飲食物は勧められても断ってくださいね」

 そう言った。

「では。お邪魔しました」

 会釈をする。

 ボールペンを書類と一緒の袋に入れ、不動産屋は薄暗い通路を去って行った。

「何……? 今の」

 芙美子が、やや呆けながら言った。  

「からかわれたのかな」

 一夏は言った。

「幽霊見たがる人ばっか見てるから、あしらい慣れちゃってるんじゃない?」

 海里が言った。

「とりあえず飲み直そっか」

 一夏はそう言い、畳の部屋へと戻った。

「一夏、何本飲んだ?」

 後ろを付いて来るようにして、芙美子が言う。

「一夏、一人で飲んでない?」

 海里は後ろ手で扉を閉めていた。

 誤魔化すように、あはは、と一夏は笑った。

 その時だった。

「あの」

 閉めかけた玄関扉の外から、女性の声がした。

 海里が振り向く。

 二十代中盤ほどの女性が、扉の隙間からこちらを見ていた。

 一夏は、あっと声を上げた。

「お姉ちゃん!」

 ぱたぱたと玄関口に戻る。

 海里が扉を大きく開け、ども、と挨拶した。

 女性は玄関口に入ると、酒らしきものが入ったビニール袋を顔の辺りまで持ち上げた。

「飲むでしょ?」

 大人しそうな美人顔に、優しそうな笑みを浮かべる。

「さあっすが、お姉ちゃん」

 一夏は、はしゃいでビニール袋を受け取った。

 四リットルの大容量ペットボトルで買って来てくれたようだった。

 たぷたぷと音がして、重い。

「お姉さん、どおぞぉ」

 芙美子が部屋からつまみを持ち上げ呼んだ。

「これ、人数分作るから。コップある?」

 女性は言った。

「コップだって。買って来てたよね?」

 一夏はきょろきょろと室内を見回した。

 百円ショップで買った物が入ったビニール袋を探り、紙コップを取り出して女性に渡した。

 女性は、流しの横の作業台に紙コップを並べた。

 両手でペットボトルを持ち上げると、白く濁った飲み物をそれぞれのコップに半分ほど注いだ。

「大容量で買って来るなんて、お姉ちゃんさすが。水で割るんでしょ?」

 一夏は紙コップを覗き込んだ。

 強い臭いがする。

「そっちの、違うペットボトルのやつで割るの」

 女性は言った。

「ミネラルウォーターまで買って来てくれたの? すごっ」

 一夏は女性が持って来たビニール袋をがさがさと探った。

「どこのメーカー? ラベル貼ってないね」

 ペットポトルを取り出し一夏は言った。

「計り売りで買って来たから」

 女性は言った。

「国道沿いの酒屋さん? あそこまで行って来たの?」 

「いいお姉さんじゃない。一夏あ」

 海里が言った。

 あはは、と一夏は笑った。

「やっぱ、お姉ちゃんは長女だからしっかりしてる感じ? あたしなんか長女だから、取りあえず名前に一の字つけられちゃって……」

 ん、という風に一夏は首を傾げた。

「え?」

 海里が呟く。

 芙美子がぽかんとこちらを見ていた。

 玄関の外から、物凄い勢いで連続して呼び鈴が鳴らされた。

 ドンドンドン、と扉を叩く音もする。

「あのっ! すみませぇん!」

 若い女の子の声がした。

「こちらで、あのっ! 間違って」

 一夏は玄関扉を開けた。

 二十代前半ほどの、小柄な女の子がいた。

 清掃会社らしきロゴの入った作業服を着ている。

 ポケットに名札が縫い付けてあった。

 (みす)……香南子(かなこ) と読むんだろうか。

 女の子は扉を開けた途端、慌てたように縦枠に両手をかけ身を乗り出した。

「あのっ! こちらで間違って、清掃に使う洗剤持って行きませんでしたか!」

 そう言って、玄関口からすぐ見える水場を見回した。

「あったー!」

 一点を指差す。

 大容量ペットボトル二本だった。

「え……それ、お酒と水で」

「さっき女の人が持って行ったって聞いて、探してたんですよお。塩素系のと酸性のだから、混ぜたら大変なことになっちゃう!」

「え?」

「お酒のペットボトルと間違えたんだあ」

 お騒がせしましたあ、と言って、女の子は履き古したスニーカーを脱いだ。

 ばたばたと三和土(たたき)を上がり、二本のボトルを両手で持った。

「ここ、十年くらい前に、女の人がこれで自殺してんですよねえ」

 今度はスニーカーを足だけでごそごそとを履きながら、女の子は言った。

「塩素ガスで、この辺一帯に避難勧告が出てニュースにもなっちゃったみたい」

「塩素ガス……」

「もうう、危なかったあ」

 スニーカーを履きトントンと爪先を叩くと、女の子は両手にボトルを持ち、慌ただしく帰って行った。

「一夏、お姉さんは?」

 芙美子が言った。

 一夏は流しの作業台を見た。

 人数分の紙コップが並んでいたが、女性はいなかった。

「ごめん……姉とかいない」

 芙美子が、ひっという顔をした。

 海里が呆然と部屋を見回す。

「あたし、一人っ子だし」

 三人とも、しんと黙り込んだ。

 雨は、小降りになったがまだ雨音はしていた。

 畳の部屋を薄暗く照らした和風の電灯が、僅かにゆらゆらと揺れた。



 終





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ