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事故物件不動産  作者: 路明(ロア)


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15/96

石有珠市屋根嶽2-6 築12年/アパート1K/南向き 奥下急行小草駅5分 自社

「セイレーンさん、セイレーンさん」

 内海 一夏(うつみ いちか)は、大学の友人二人とともに唱えた。

 セミロングの黒髪を耳に掛ける。

 午前零時。

 雨が降っていた。

 郊外の安いアパートの周辺は静かで、雨水を弾いて走る車の音が、先程から二、三回聞こえてきたのみだ。

 古く、やや黒ずんだ畳の上に五十音や数字を書いた紙を置き、紙の中央に水を入れたコップを置く。

 十円玉を三人の人差し指で押さえ、じっと凝視した。

 芙美子(ふみこ)海里(かいり)は、ホラー好きで話が合う友人だった。

 夏休み前、何の予定もないという軽い愚痴から始まって、事故物件に住んだらどうなるかという話になった。

 始めはシミュレーションして面白がっているだけだったが、芙美子がネットで事故物件専門の不動産があるのを見つけた。

 うわ、まじ、と盛り上がった。

 冗談のサイトかと思った。

 だが住所は、何十年も前からきちんと経営している不動産屋だ。

 真夜中だけ事故物件を扱っているという話に、何でだろうという話になった。

 体裁が悪いからかなという話にもなったが、海里の「演出じゃないの?」という台詞に、あとの二人は納得して笑った。

 雑談のネタのつもりが、どんどん借りてみようか、という話になった。

 三人で家賃を出し合って、夏休み中だけ住む契約をした。




「セイレーンさん、セイレーンさん」

 何度か唱えたあと、三人は沈黙し、周囲をぐるりと見回した。

 和風の傘付きの電灯で照らされた室内は、少々暗い。

 天井では電灯の傘の影が大きく引き伸ばされた形になっている。不気味といえば不気味だが。

「何にも出ないよね……」

 一夏は言った。

 窓も見る。

 二階なので、外を同じ高さで歩いていく人がいたら、確実に幽霊だが。

「初日からいきなり出るもんじゃないんだね」

 芙美子は長いストレートの黒髪をゴムで結わえ直した。

「出るもんだと思っちゃうよね」

 海里がアハハ、と笑った。

 焦茶色の髪をアップにしていた。顔の両脇にわざと残した髪を、指先で頬から退かす。

 海里は傍らのビニール袋をガサガサと探った。

「今日はもう飲まない?」

 小さい折り畳みテーブルに缶チューハイを並べ出す。

「レモンある?」

 一夏は身を乗り出した。

 缶の絵柄を一本一本手に取り見る。

「チューハイのレモンって、芳香剤っぽい匂いしない?」

 つまみを並べながら芙美子が言った。

 やあだぁ、と海里は言い笑った。

 プシュッと音を立て、一夏は缶を開けた。

 ぐびぐびぐびと音の立ちそうな感じで飲む。

 おそらく一気に半分くらい無くなっただろう。

 ぷはぁっと息を吐く。

 歩いて少々の所にあるコンビニで買ったものだ。

 水滴で随分濡れていたが、まだ冷えは残っていた。

「美味しいいい」

「今日、蒸し暑かったもんねえ」

 芙美子が言った。

「これ、チンしよっ」

 海里は、ビニールから冷凍食品のたこ焼きを取り出した。

「誰かレンジとか持って来たの?」

 一夏は言った。

「ここ、あるんでしょ?」

 芙美子が言った。

 引き戸で隔ててある台所の方を見る。

「あるの?」

「手続きのとき、不動産の人が言ってたよ。前の住人が使ってたやつだって」

「へえ」

「レンジと冷蔵庫」

「ああ、冷蔵庫はそこにあったね」

 海里が座ったまま少し腰を折り水場の方を見た。

「お酒、入れときゃ良かった」

 ややして、三人ともぴたりと動きを止めた。

「……前の住人って?」

 三人で顔を見合せる。

「つまり?」

 ここで死んだ人ってことかな、という感じでそれぞれに目で意志疎通した。

「ここに出る幽霊って、どんなのって不動産屋さん言ったっけ」

 抑えた口調で海里が言った。

「女の人だって。ニュースになったみたいだけど」

 芙美子が答える。

「事故死?」

「不動産屋さん、自殺って言ってなかった?」

 芙美子は言った。

「女の人かあ」

 一夏は言った。

「女の人が使ってたやつなら、まあいいか」

 そう言い、レンジを確認するため立ち上がる。

「基準おかしいい」

 海里が大声で笑った。





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