石有珠市屋根嶽2-6 築12年/アパート1K/南向き 奥下急行小草駅5分 自社
「セイレーンさん、セイレーンさん」
内海 一夏は、大学の友人二人とともに唱えた。
セミロングの黒髪を耳に掛ける。
午前零時。
雨が降っていた。
郊外の安いアパートの周辺は静かで、雨水を弾いて走る車の音が、先程から二、三回聞こえてきたのみだ。
古く、やや黒ずんだ畳の上に五十音や数字を書いた紙を置き、紙の中央に水を入れたコップを置く。
十円玉を三人の人差し指で押さえ、じっと凝視した。
芙美子と海里は、ホラー好きで話が合う友人だった。
夏休み前、何の予定もないという軽い愚痴から始まって、事故物件に住んだらどうなるかという話になった。
始めはシミュレーションして面白がっているだけだったが、芙美子がネットで事故物件専門の不動産があるのを見つけた。
うわ、まじ、と盛り上がった。
冗談のサイトかと思った。
だが住所は、何十年も前からきちんと経営している不動産屋だ。
真夜中だけ事故物件を扱っているという話に、何でだろうという話になった。
体裁が悪いからかなという話にもなったが、海里の「演出じゃないの?」という台詞に、あとの二人は納得して笑った。
雑談のネタのつもりが、どんどん借りてみようか、という話になった。
三人で家賃を出し合って、夏休み中だけ住む契約をした。
「セイレーンさん、セイレーンさん」
何度か唱えたあと、三人は沈黙し、周囲をぐるりと見回した。
和風の傘付きの電灯で照らされた室内は、少々暗い。
天井では電灯の傘の影が大きく引き伸ばされた形になっている。不気味といえば不気味だが。
「何にも出ないよね……」
一夏は言った。
窓も見る。
二階なので、外を同じ高さで歩いていく人がいたら、確実に幽霊だが。
「初日からいきなり出るもんじゃないんだね」
芙美子は長いストレートの黒髪をゴムで結わえ直した。
「出るもんだと思っちゃうよね」
海里がアハハ、と笑った。
焦茶色の髪をアップにしていた。顔の両脇にわざと残した髪を、指先で頬から退かす。
海里は傍らのビニール袋をガサガサと探った。
「今日はもう飲まない?」
小さい折り畳みテーブルに缶チューハイを並べ出す。
「レモンある?」
一夏は身を乗り出した。
缶の絵柄を一本一本手に取り見る。
「チューハイのレモンって、芳香剤っぽい匂いしない?」
つまみを並べながら芙美子が言った。
やあだぁ、と海里は言い笑った。
プシュッと音を立て、一夏は缶を開けた。
ぐびぐびぐびと音の立ちそうな感じで飲む。
おそらく一気に半分くらい無くなっただろう。
ぷはぁっと息を吐く。
歩いて少々の所にあるコンビニで買ったものだ。
水滴で随分濡れていたが、まだ冷えは残っていた。
「美味しいいい」
「今日、蒸し暑かったもんねえ」
芙美子が言った。
「これ、チンしよっ」
海里は、ビニールから冷凍食品のたこ焼きを取り出した。
「誰かレンジとか持って来たの?」
一夏は言った。
「ここ、あるんでしょ?」
芙美子が言った。
引き戸で隔ててある台所の方を見る。
「あるの?」
「手続きのとき、不動産の人が言ってたよ。前の住人が使ってたやつだって」
「へえ」
「レンジと冷蔵庫」
「ああ、冷蔵庫はそこにあったね」
海里が座ったまま少し腰を折り水場の方を見た。
「お酒、入れときゃ良かった」
ややして、三人ともぴたりと動きを止めた。
「……前の住人って?」
三人で顔を見合せる。
「つまり?」
ここで死んだ人ってことかな、という感じでそれぞれに目で意志疎通した。
「ここに出る幽霊って、どんなのって不動産屋さん言ったっけ」
抑えた口調で海里が言った。
「女の人だって。ニュースになったみたいだけど」
芙美子が答える。
「事故死?」
「不動産屋さん、自殺って言ってなかった?」
芙美子は言った。
「女の人かあ」
一夏は言った。
「女の人が使ってたやつなら、まあいいか」
そう言い、レンジを確認するため立ち上がる。
「基準おかしいい」
海里が大声で笑った。




