椀間市尼内字通津2-1-202 アパート1K 築13年西向きキッチン窓あり/自社
アパートの二階、六畳フローリングの部屋。
鮎川 詩織は、白い着物に深紅のはかま姿で入室した。
部屋の一部にだけ敷いてある赤系の幾何学もようの絨毯を、白い足袋を履いた足でスッと踏む。
塩の入ったパッケージ袋と手作りの祓串をこわきに抱え、キッと宙をにらみ据えた。
「きょうの怨霊はあなたね……」
塩の袋をゆっくりと足もとに置き、祓串を手にする。
「がんばえー」
すぐ横に設置されたこたつには、女子大生の友人と高校生くらいの女の子が向かい合って入り、なかよくみかんをむいている。
「つか、しおりん、みかん食べない?」
「どぞっ、しおりんさん」
高校生の女の子も勧めてくれる。ツインテールのかわいい子だ。
「ごめんね、いただきたいのはやまやまだけど、そういうわけにもいかないの。わたしこれでも華沢さんの一番弟子だし」
詩織は凛として言い放った。
「華沢さんって弟子とってたの? なんかすごーい」
女子大生の友人がみかんを口にする。
「聞いたことなかったねー」
高校生の女の子がそう応じた。
もちろん、いまのところは “自称・弟子” だ。
高校の卒業まぎわに読んだオカルトマンガに感銘を受けて一年。
独自の方法で修行を積み、霊能力者を目指してきた。
ネットで知り合った人の怪異の相談を一つほど解決したところ、その現場で師匠と呼べる人に出逢ってしまった。
華沢 空。
チャラい悪霊を笑顔でおさえた強力な霊能力と、経験値の高さがうかがえる落ちついた態度。
年齢は二十五、六歳と若いながらも、その優れた霊能力を武器に事故物件担当という特殊な仕事をつとめる能力者だ。
弟子にしてほしくて彼の名刺にあった華沢不動産をなんどもうかがったが、いつも社長さんと事務員のかたしかおらず、お茶とお茶菓子をいただいてごちそうさまと言って帰ることがつづいている。
だが気持ちはすでに一番弟子なのだ。
大学の友人の一人にこの決意を話したところ、さいきん引っ越したアパートがまさに華沢さんの担当する事故物件だと告げられた。
華沢さんの担当する物件を荒らす悪霊を一つでも多く祓い、お仕事をサポートする。
そしてなんとしても弟子入りを認めていただくのだ。
「それで……ここにいる霊はどんなやつ? いつもはどこに潜んでいるの?」
詩織は二人を背中でガードするように立ち、尋ねた。
「はいはーい。ここの霊って、わたしわたし」
背後から明るい声が聞こえる。
詩織はふりむいた。
さきほどからこたつに入っている高校生くらいの女の子が、ピンと手をあげている。
目を丸くする。
だがすぐに、ふぅとため息をついた。
「恐怖のあまり錯乱しちゃったのね……だいじょうぶ、落ちついて」
詩織は手作りの祓串をサワサワとゆらした。
「聞いて聞いてー。わたし学校行く途中にトラックに轢かれてさ。でも異世界行くわけじゃないんだね、びっくりしたー」
高校生の子がけらけらと笑う。
祓串が、わずかに奇妙な動きをした気がした。
「あなたのトラックという言葉に反応しています。……どうやらトラックと関係した霊のようですね」
詩織は天井を見上げた。
「だからそうゆってんじゃーん」
高校生の子が甲高い声を返す。
「でもさー、その日の朝のワイドショーの占い “最高の一日です” だったんだよ。一日、途中で終わってるじゃーんって」
「だれ。そのインチキ占い師」
友人がみかんを食む。
「ペガサス美馬ってやつ」
高校生の子が答えた。
「あの人、もと俳優じゃん。俳優で売れなくなってそっち転身した感じの人」
「まじで? そうゆう過去なんて知らないし」
こたつの二人が雑談をつづける。
雑談でもしていなければ恐怖に耐えられないのだろう。早く助けてあげなくては。
詩織は唇を噛んだ。
「どこなのっ! 悪霊め。いさぎよく姿をあらわしなさいっ!」
祓串をバサッと天井にかざす。
「だから、ここー」
高校生の子が手を上げる。
詩織はチラリと彼女を見た。
とり憑かれて、そう言わされているのだろうか。
しかし彼女からはなにも感じない。
押し入れや窓や天井、霊のいそうなところを詩織は見回した。
どこにいるの。
気配すら感じられない。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「すみませーん。華沢不動産の者ですがー」
玄関ドアの向こうからテノールの声がする。
華沢 空。師匠の声では。
詩織は目を見開いた。
玄関口に行く友人の背中を見送る。ややしてから友人のあとについて玄関口に楚々と歩みよった。
友人が玄関ドアを開ける。
華沢不動産の事故物件担当、華沢 空が以前と同じ黒いスーツで訪れていた。
「水道の点検で――都合のいい日をお聞きしたいんですが」
そこまでを言うと、不動産屋が詩織のほうを見る。
「このまえの……」
そう言い、笑いかけてくる。
「お、覚えていてくださったんですか?!」
詩織は満面の笑顔になった。
弟子にと頼んでみようか。好感度も悪くないみたいだし絶好のチャンス。
「あの」
「また霊が二体に増えてしまってすみません」
不動産屋がにっこりと笑う。
「に、二体いるんですか?! ここ」
詩織は声を上げた。
その場に座りこむ。がくっと床に手をついた。
一体だけでも、どこにいるか全然つかめてないのに。
「やはり華沢さんはすごいです……わたしはまだまだ未熟でした」
詩織はそう告げてうなだれた。
終




