その数日間は懐かしくなった。もう二度とあってほしくないがな。
...すみません連投して。
最終回です。
今まで読んでくださっていた方々、ありがとうございました。
今回もまた楽しんでいただけたら幸いです。
また馬車の移動だ。
デュークさんが手配してくれていたらしく、
今度の移動も歩かなくて済みそうだ。
「あのー、なんか変なんですけど」
不安そうな声音でそう問いかけてくる運転手。
「どうかしました?」
「地図だともうちょっとかかりそうなはずなんですが、今目の前にあるんです。目的地の塔が」
なんだって?
まだ十分とこの馬車に乗っていないのにもう着いたっていうのか?
馬車の中から外を覗くと、確かに目の前に塔があった。
雲の上まで続いていそうなくらいに高い、高い塔が。
「本当だ...」
「レンくん、本当にここで合ってるにゃし?なんかロトランドからも見えてたって言ってたにゃし〜。地図から見てそんな事はありえないにゃしよ」
耳元から喋りかけてくるフレイヤ。
...どんな感じかというと、息が感じられるくらいの距離からの不意打ちだった。
「うひャッ...」
「?...何かあったにゃし?」
「いや、なんでもない」
今はこの塔の頂上に用がある。
そっちが優先事項だ。
「じゃあ、行こうか」
「...はい!」
返事をしたのは、横にいるフレイヤではなく、
別の空間にあるフェアトラークの懐かしい、暖かい声だった。
レンにはフレイヤが返事をフェアトラークに譲ったように思えた。
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「なあ、これって警戒したほうがいいのか?」
「そうですね」「そうにゃしね」
2人同時に返事を返してくる。
塔の扉を開けて目の前にあったのは、
初恋のあの子と、恐らく本物の家族であろう男と女。両方背中に羽が生えている。
俺と同じく真っ白な大きい翼だ。
「おいで、レン。やっと会えたね」
「やめろ」
俺の中の何かが叫んでいる。
アレは偽物だ。信用してはいけない。
フェアトラークは今もお前の手の中にあるだろう。と。
...気づいただろうか。呼んでいないのに手の中にフェアトラークがいる事に。
そこを警戒しているのだ。
そのためらいが5秒続いたあたりで事態は動いた。
「アハハハハハハハハハハハハハハ‼︎‼︎‼︎」
辺りに響く奇妙な甲高い狂った笑い声。
同時にどちゃ。という音が鳴る。
俺の胸に穴が開いていた。
いや、胸からフェアトラークが生えていた。
滴り落ちていく鮮血。
でも痛くない。
怖くない。
死ねない。
人間じゃないから。
「ねぇ、どう?ずっと横にいた剣に裏切られるのって⁉︎ねぇ⁉︎アハハハハハハァ‼︎‼︎」
ああ、他人を守ろうとしていた俺は、自分の周りの存在に傷つけられるのか。
「んっ!くっ...!んー‼︎」
俺に刺さっている剣が動く。
後ろに。背中の方向に。
「レンくん!痛いかもしれないけどっ..!
我慢してね...!」
フレイヤが一生懸命に俺の体から剣を引き抜こうとしてくれていた。
...抜けた。俺がそれを見た瞬間に剣が抜けたのだ。
「あっ...!」
勢いよく尻餅をつくフレイヤ。
また無自覚なうちに理想を反映してしまったのだろう。
「あれ...?剣が手から離れない...え?待って!そっちにはレン君が」
絶望的な表情を浮かべながら懇願するも無意味。聞く耳を持たないフェアトラークは俺にそのまま切りつけてきた。
「レンくん‼︎違うの!体が勝手に...!」
そこで本人も気づいた。
フレイヤの口角が上がっていることに。
「アハッ...!!!!アハハハハハハァッ‼︎‼︎
どう?どう?ねぇッ⁉︎楽しいでしょ⁉︎可笑しいでしょッ⁉︎自分の大切な人を傷つけるんだよ...?ねぇッ⁉︎アハハハハハハ‼︎‼︎」
フェアトラークは、こんな子だったのか。
こんな狂った、悲しい、虚しい子だったのか。
なすすべもなく切りつけられる。
俺の腕に。脚に。胴体に。目に。顔に。
無残な切り傷ができていく。
「ごめんっレンくん...!止まって、私の腕...!
止まってよぉ..!!!」
「アハハハハハハァッ‼︎‼︎」
謝罪と狂った笑い声が辺りに満ちる。
鮮血で近くの床と扉は赤く染まり、黒く変色しかけている。
「ねぇッ!ねえ!どうよ?あなたの大事な子が泣いてるよ?ねぇ...?ねぇッ!アハッ!
どうだった?ねぇ?あなたの初恋のあの子の
真似うまかったでしょ⁉︎
どう?あの子に殺させてあげたかったなぁ...!あなたのこと!
ねぇ!私が操ってた空間ってどこから持ってきてたか知ってる⁉︎あなたの思い出からだよ‼︎
もうあまり思い出せないでしょ?元々あまり覚えてなかったみたいだけどねぇ⁉︎アハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
フッと何かが頭をよぎった。
ーダメ。あきらめないでー
一回の瞬きの後、もう別の空間にいた。
目の前にいたのは本物の初恋のあの子だった。
「あきらめないで。レンくんは強いよ。
あいつは殺すしかないんだよ?
殺して。あいつが、レンくんのお父さんを、レンくんのお母さんを、そして私を殺した犯人。
あなたを、この整えられた世界に閉じ込めた
本人なんだよ。
...こんなお願い、レンくんにはしたくなかった。
結婚しようとか、ずっと一緒にいようとか、そんな約束がしたかった...!
もっと、一緒にいたかった。もっと...!」
途中で泣き出すあの女の子。
見ていられなかった。
この子の声は儚くて、脆くて、優しい声だ。
あの狂った声で止まった思考を加速させるには、彼女が本物であるだけで十分だった。
「わかった...でも、今の俺には何もできない。武器もない。フレイヤも傷つけたくない。
こんなんじゃ、なにも...」
「できるよ」
少し間を開けて彼女が喋った。
「私が、レンくんの新しい魔剣になる。」
空気の流れが、時の流れが、呼吸が止まったような衝撃だった。
「いや、待て!そんなことしたらお前は」
「うん。死んじゃうね。」
「ダメだ!やめーー」
「でもね、レンくん。こうしなきゃ、あの犬耳の女の子も助けられないよ?
...私は元々死んでるんだから。
それにこうすればずっと一緒にいられるしね」
畳み掛けられて何も言えなくなっている隙にあの子はもう剣へと姿を変えていた。
ーよろしくね。そしてさようならー
その言葉を俺の脳内に直接突っ込んで、もうそれっきり、彼女はいなくなった。
その次の瞬間、現実に引き戻される。
全身が痛い。
思ったより傷だらけだ。
でもさっきとは違い、右手には剣が握られていた。真っ白で、真っ直ぐな純白の剣。
刀身にはアルファベットでMessiahの刻印。
思い出した。あの子の名前はメサイアだった。
ついに、あの子が存在している間に名前を思い出す事はできなかった。
ごめん。
本当にごめん。
ずっと一緒にいてやれなくて、守ってやれなくてごめん。
「もう、迷わない。誰も、傷つけさせない‼︎‼︎」
フレイヤに向かって全速力で走っていく。
当然相手も剣で防ごうとする。
しかしメサイアの名を冠されたこの剣の能力ならいける。
何も聞いていないし、さっき持ったばかりのこの剣だが、自然と能力がわかる。
あの子の声が聞こえてくるかのように、的確に、行けるかどうかがわかる。
「はあっ!」
真上から剣を叩きつける。
半ばからフェアトラークが折れた。
力が弱まったようで笑い声が聞こえなくなっていた。
「よくも...よくも...!?」
驚愕した様子のフェアトラークの中身とフレイヤ。
それはそうだ。だって俺の羽が散っていっているのだから。
「自分の身を削っているのか?ご立派なこったな!」
「フェアトラーク。余裕がなくなってきたようだな?ん?」
それっきりフェアトラークが黙った。
もう勝てないとでも悟ったのだろうか。
フレイヤの様子が変わった。
口角が不自然なほどつり上がり、奇妙な甲高い狂った笑い声を上げている。
しかし目はやつれていて、血走っている。
「この人間を殺す!嫌なら自殺しろ!
お前が消えればそれでいい‼︎」
「嫌だね。何を馬鹿なことを」
フレイヤの魔道具のグレイハウンドが俺に牙を剥く。
しかし俺には当たらない。
デュークさんの特訓でもうそれは慣れた。
そのまま突っ切る。
「ハッ‼︎でもこの子はお前には切れないだろうな⁉︎アハハハハハハ!!!...はあ?」
予想は裏切られた。
頭の上から剣を振り下ろす。
しかしフレイヤは切れない。
これが能力だ。
「ぎゃァァァァァァァァァァ!!??!!?」
苦しそうな声をあげるフレイヤ。ごめん。
早く解放するからな。
また斬りつける。
何度も何度も何度も何度も。
声がしなくなりフレイヤが正気を取り戻したその時。
...塔が限界を迎えた。
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「魂の塔が崩落してから10年。未だに跡地には観光客が絶えません。魂の塔とは...」
情報屋が外で何かニュースを報道している。
「おとーさん。魂の塔っていうところに行ったことあるんでしょ?」
「ああ、ある。お母さんもあるぞ。」
「そうにゃしよ?でもあまりいい場所じゃなかったにゃし。」
「フレイヤ、余裕がなくなってにゃしってつかなくなってたもんな」
「そうだったにゃしね...」
今、俺ことレン・ガードナーは、フレイヤと結婚し子供もできて、普通の毎日を送っている。
あの後ボロボロになって2人が帰ってくると、
デュークさんがきつく抱きしめてきて
「よかった!」と連呼していた。
俺の記憶は全て奴が持っていたらしく、
真似ができたのもそのせいだと思う。
ちなみにホワールウィンドさんは別の相手と戦っていたらしく、あれからは行方不明者は少なくなった。
俺は本当の名前「レン・ガードナー」を思い出してからはその名前で生活している。
もうデュークさんは早めに退職し、統治職を俺に譲った。
あの遠き日々は忘れられないと思う。
今度こそ、いつまでも。
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ーあなたはその力を何に使うの?あなたにとっての正義は何?ー
まるで夢のような、懐かしいような声。
偽物ではない、純粋な、本物の問いだ。
ー俺はこの力を、俺の正義のために使う。
俺の正義は、困っている人を助けるってこと
だー
この回答は、正しかったのだろうか。
ただ一つ言えるのは、
今、このレン・ガードナーは幸せだ。
ということだけ、だ。
どうでしたか?
どう感じたかは見てくれた方々に任せます。
その違いもまた私は面白いと思っています。
では、また。