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風車のある風景  作者: 神奈
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ありふれた帰省

 世界の中でも一番飛び出ている場所といえば、この場所だ。上にはまだ街は広がっていたけれど柱からいっとう離れたこの街は、誰にも邪魔されない空があった。少し煙がかった青の空にかかる雲はなく、眼下に途切れ途切れに顔を出すのは海の青ではなくて、雲海の白だ。

 高度300をゆうに超える巨大な2本の柱。その柱に朝顔のツルよろしく螺旋状に張り付いた街がある。そのなかでも柱から一番飛び出して広がっているこの町を、メルは気に入っていた。

 仕事で出かけることはままあったが、ほとんど彼女はこの街ですごしている。生まれは1桁番地。上層区の中でも下層部分に近いほうだったが、物心つくころには既にこの22番地にすんでいた。彼女にとってヘイズヘルヘブン22番地支店のあるここは故郷だった。


 ■


「だから、なんでそんな格好なの」

 ため息混じりに吐き出したメルの言葉は、目の前で楽しそうに尻尾を揺らしているユズの耳をピクピクと動す。

「んふふ~。やっぱ尾行といったら探偵だよ~」

 チェックのハンチング帽に暑苦しいチェック柄のパンツに革靴。時代錯誤の探偵といったところだろうか。パイプでも咥えていれば完璧だったかもしれない。

「好きにして……突っ込む気力もないよ」

 言いながらメルは体を窓枠に引っ掛けて上半身を外にだした。風を感じる。だけどその風はいつもと違う方向へ吹いていた。

それもそのはずで、メルもユズも電車に乗っているのだ。

 規則正しいレールを噛む車輪の音に身をゆだねながらも、彼女たちは車両の一番前に陣取りながら、旅行鞄に腰掛けているお嬢様然とした女性をチラヒラと見ている。


 電車の揺れに合わせて肩が揺れるたび、彼女の髪の毛がさらさらと踊る。品のいいシャツに髪の毛の色があっていて、まさに絵になるといった感じだった。時折物憂げに視線を伏せたりため息をついたりするのもまた絵になる。

「しっかし、ツナギきてないと随分印象かわるねぇ。大人びたっていうか、美人っていうかぁ~」

「え? そう?」

 私服を褒められたのが嬉しいのか、メルの顔がぱっと輝く。

「いや、メイルじゃなくてさぁ~」

「……あぁ」

 肩を落として、視線を先ほどの令嬢へ向けた。何度見てもメルには信じられない。

「リグには見えない……大体金持ちだなんて知らなかった」

「美人さんだもんねぇ。ちゃんとした服きたらやっぱり綺麗だよねぇ。あ、メイルも私服かわいいよぉ?」

「あー、はいはい。ありがとうありがとう」

 バカらしくなってまたメルは窓枠に上半身を預けた。電車は17番地行き。17番などの10番代後半の番地は金持ちが多く住んでいる街だ。

「孫にも衣装って、いったもんだよねぇ」

「馬子ね」

「メイルは馬面だったんぐぇっ!!」

 おもむろに、メルの足がユズの足を踏み抜いていた。


 ■


 リグは、ふと見下ろした手が真っ白になっていて、ようやく自分が力いっぱい握り締めていたことに気が付いた。

 手のひらにあったのは17番地と書かれた電車の切符だ。くしゃくしゃになってしまったソレを見て彼女は、少し悲しくなった。

 元はといえば、本社が有給休暇を消化しろといってきたのがきっかけだった。


 言われるがまま取っては見たものの、結局やることがなくて2人して腐っていたところに、ユズが遊びに来た。そして「だったら、実家に帰ってのんびりすればぁ?」と言ったのが始まりだった。

 あれよあれよというまに、気が付いたら切符を購入して、こうして電車に揺られているという始末である。

 ――まずいなぁ。家出たとき着てた服で帰ったらなんていわれるか……。

 不安ばかりが溜まっていく。家族と喧嘩をしているわけではない、特に中の悪い兄弟がいるなんてこともない。ただ、父親と兄は、今の彼女の仕事を喜びはしないだろう。

 思い出すのは、父親のあの大きな手の平だ。リグの頭を押さえつけ、言い聞かせるように呟くあの言葉。

「リズ、お前は女だ」

 いまさらその言葉が重くのしかかってくる。したい仕事はみな「女だしねぇ」の一言で潰え許された仕事には、まったく興味をもてなかった。

 ヘイズヘルヘブンに就職がきまるまで、彼女は生まれを呪い続けていた。

 ――やだなぁ。

 父も仕事で居ないだろうし、兄たちはもう家を出ただろう。いるのは母と幼少の頃から一緒にすごした使用人ぐらいだろうか。ふと、幼馴染の使用人を思い出す。耳長族で、目だけは妹のような彼女は、元気だろうか――


 ■


 気が付けば電車は18番をでて17番の駅へ。ゆっくりとブレーキのかかる慣性の重さを感じながらメルは床に置いた鞄を持ち上げた。

「メイル?」

「素人考えだけど、後ろから付けられるよりは前歩いてたほうが警戒しないんじゃないかとおもって」

「なるほどぉ~、で見失ったらどすんの?」

「あんたがいるから、大丈夫」

 しばしメルの言葉に首をかしげ、思いついたかのようにぽんとユズは両手をうつ。

「こういうことねぇ」

 ぽこんと、目玉が手のひらに生まれる。もののけの体など、本来そういった適当さでできている。

 手のひらで眼がきょろきょろしているのはちょっとグロいので、思わずメルは一歩後ろにさがった。

「そういうこと。よろしく」

 電車が最後の慣性を使い切った。

 一息おいて、扉が重苦しい音をたてて開いていく。切符を確認して、メルとユズはそそくさと電車を下りいった。


 17番地といえば、一等地だ。金持ちばかりが集まる街と考えてもいい。呼び込みが声を張り上げる店もなければ、道端で雑談に花を咲かせる暇人たちもいないし、ゴミ捨て場に捨てられている酔っ払いもいない。

「昔からかわらないね」

「ありゃ、メイルもお金持ちだったのかぁ」

「仕事だよ。たまに手が足りなくて呼ばれるんだ」

 街そのものの大きさは、20番代前半の半分以下だ。だが、家の上に家が建つようなことはなく、風車も規則的に立てられているので見通しがとても良い。おかげで地平線まで街がひろがっている錯覚すら覚える。

 ただ頭上には、覆いかぶさるように大きな街が広がっていた。いつだってこの場所は空の上に人がいる。それはメルにとっては、耐え難い息苦しさだった。

「空が低い。息がつまりそう」

 低い街は嫌いだ。いっそすべてを雲で覆い隠してくれればいいのに。そんなことを思いながら、メルはため息を空に広がる街に向かって吐きかけた。


 街並みは、さながら剣山のようだ。家の上に家を建てられないように、とがった形をした屋根。雨が降るわけでもない高度に、自己満足のためだけの屋根がどこまでも広がっている。それは他を拒む、剣のシルエットだ。

「あ、リグちゃん曲がった」

 ユズの声に体で振り返らないよう、視線だけを後ろにむけメルも確認する。かすかに見えた視界の端、大きな鞄を引きずって歩いていたリグの姿が消えている。

「でもさぁ、なんで尾行なんてしてるのさぁ」

「あの子の履歴書、本社から開示されてないの」

「それだけぇ?」

「誰の情報でも基本社員には開示するんだけど、あの子だけ開示されてない。社長に聞いても、誤魔化すだけだし」

「メイルも暇だねぇ。うひひひ。まぁいいけど、でもグリーフベルアなんて有名だし開示する必要もないんじゃない?」


 ちょうど2人は、リグが消えた曲がり角にたどり着く。目の前に広がっているのは長い1本道。

「有名?」

「え? あ、もしかしてメイルはしらないのか。うひひ。グリーフベルアって言えば、あ、の……」

「どうしたの? ユ……ズ」

「えーと」

「な、にこれ」


 目の前には1本道が広がっている。

 そして、それしかなかった。視界はひらけて遠くまで邪魔されず、道の突き当たりに場違いのような1軒の家がある。それ以外の空間には、なにもなかった。


 なにもないのだ。家ひとつたっていない。見えるのは、丁寧に刈り取られた木々と草花。

 面積にして、家20件近くの――

「に、わ?」

「うわぁ……、初めて見たよぉ」

 庭だ。庭なんて言葉、まさかそのままの意味で使うなんて、メルもユズも想像したことなんてなかった。慣用句としてこの世界に残っている庭という意味とはべつに、その言葉が家に付随する個人的な空間だということは知っている。知ってはいたが、見たことなんてなかった。


 中央を貫く道とおもっていたのは既に私有地で、道を挟む草木が綺麗に植えられた庭は片方だけでも1辺に家3件が平気で立つ大きさだった。

「さすがベルフレア。世界規模だねぇ」

「え? ベルフレア? この家が? じゃぁなんでリグが……なんの用事よ」

 意味が、すぐには理解できずメルは目をしばたたかせる。

「そりゃリグちゃんこの家の長女だもの」

 まるでそれが当たり前のように、ユズがつぶやいた。


 齢10年ちょっと。人間にまったく興味を持たない自由な生き物。もののけ達の中でも一際若い彼女の名前はユズという。もののけは総じて人間に興味など持ちはしないし、彼らの中心はあくまでもののけ同士の社会だ。

 まさか、そんなもののけの彼女に「だって、常識でしょ~」などとバカにされるとは、さすがに生まれてから80を数えたメルにとっては、ショック以外の何物でもなかった。


「やーい、やーい」

 ここぞとばかりにバカにするユズになにもいえず、メルは唇をかみしめ俯くばかりだった。

 総合企業ベルフレア7代目CEO、グロウズ・グリーフベルア。長男、リーズフライ。次男、クーロウズ。長女、リーズフリオ。

「んで、奥さんが、アーセルさん」

「アーセル? 珍しい名前ね」

 ふとメルは、昔一緒に仕事していた同僚を思い出した。

 同僚もアーセルという名前の女性だった。

事故で彼女は会社を辞めたが、今は何をしているだろうか。失った右腕はまだ痛むだろうか。

ちびでマイペースで、機械にだけは器用で特に解体は天才的だったあの同僚は。

「アーセルの『アー』は男性名だしねぇ。んでもそんなこといったら、リーズフリオだって珍しいじゃない」

「いや、まぁそうなんだけど」

「……?」

 歯切れの悪いメルの受け答えにユズは、あごに指を当てて思考。だがすぐに考えるのが面倒になったのか、ソレとも庭が珍しいのか、ユズはふらふらと辺りを見回し始めた。


 この世界は柱以外ベルフレア製だといってもいい。少なくても半分以上がベルフレアという総合企業の息がかかったものだ。だというのにかかわらず、ブランドとしても成り立っている。服から風車まで、離乳食から工作機械まで何でもござれだった。

「ま、それより入ろうよ~。後輩の家に先輩が遊びにきた、だけ、だし、さ!」

 そういって、ユズはメルの背を押す。耳長と力比べをして勝てるわけもなく、メルはびくともしなかった。

 結局ユズは押すのを諦め、1人鉄柵に張り付く。

「好奇心丸出しでそんなこといわれても。大体、取り次いでもらえるかも判んないのに」

 メルの言葉など届いていないのか、眼をきらきら輝かせながらユズが敷地の境界になっている柵に顔をつきこんでいる。

「大丈夫、リグちゃんはメイルのこと大好きだしねぇ」

「リグまで話が行かないって言ってんの」

「そいつは盲点だねぇ。私に盲点はないけど」


 うひひひひと笑い出し、ぬるぬると気持ち悪い動きでユズは柵をすりぬけていく。

「あ、こら。ユズ」

 とめるまもなく彼女は、世界最大企業のCEOが所有する私有地に無断で立ち入った。というよりは、すべりこんだ。

「こんな隙間のある柵なのが悪いんだよ~。思わずすり抜けちゃったじゃない」

「あんたねぇ……。怒られるよ」

「だって呼び鈴もないじゃんさ~」

 リグがくぐった門は、門というより鉄柵の扉だった。

 家の向きから考えても、この場所が正門であることに間違いはないだろう。

 だが、柵はあくまで境界線ぐらいにしかやくだっておらず、子供であれば簡単に抜けられそうな隙間だった。そして、

「門も鍵なんてないねぇ」

 開け放たれている門。風で揺れないように、遊びが少なく触ってみても少し力をいれないと扉は動かない。だが鍵はかかっていなかった。

「それに、あの風車きになるだろう?」

「……まぁねぇ」

 メルの視界の先、リグの実家の庭に1つ巨大な風車が立っていた。それは家1軒どころか、工場や公共施設だって平気で許容できそうなサイズの風車だ。

 流線型を基礎に、3本に分かれた支柱というのが既に目を引く。3脚のように広がっているが、緩やかなカーブを描き綺麗な末広がりのシルエットになっていた。

 その支柱に囲まれた空間に、ダリウス風車がくるくると回っている。そしてそれらの上で静かに風を受けて回る5mはくだらない巨大な3枚羽。

 そんな珍しい風車を見て、メルも我慢が出来なくなったのか扉に手をかける。

 力を入れて押し込んだ扉は、意外とあっさり開いていった。その扉は見た目とは違い、随分と柔らかくて優しかった。


 ■


 久しぶりの家は随分よそよそしい匂いがする。リグは鞄を置くと意を決して玄関の扉をたたいた。

「ただいまぁ」

 振り返れば玄関から鉄柵の門まで、1本道が見える。それが今まで居た場所との距離のように感じて、思わず泣きそうになった。今から会社に戻ろうか、そんなことを考えた矢先ぱたぱたと懐かしい足音が聞こえてくる。

「お嬢様~~!」

 勢い良く扉が引かれる。客人を迎え入れるためなのか、外側ではなく内側へと扉は開いていく。そして、懐かしい家の匂いが風にのって鼻をくすぐった。

「モモ。ただいま」

 リグより頭2つ以上小さいメイド服を着た女の子が、花が咲くような笑顔で迎えてくれた。

 この家で働いているモモと、リグとは同い年だったが彼女の見た目は10歳もいかないような姿だった。彼女はメルと同じ耳長族なので、成長が遅い。

「お嬢様、お帰りなさいませ。ささ、まだご主人様やお兄様はお戻りじゃないですけど、奥様ならすぐに」

「お母様もいないの?」

「リズお嬢に料理をつくるんだと、食材を」

「……そ、そう。とりあえず荷物おくね。部屋まだある?」

「もちろんですよ。モモが使ったりなんてしてませんよ」

 その言い方が、なんだか気になって振り返る。

 数年もあっていなかったが、間違いなく子供の頃から知っている幼馴染がいる。だからリグは小さな違和感も見逃さなかった。

「……」

 モモの頬をぷにぷにと押してみると、彼女の笑顔がゆっくりだが引きつっていく。

「あの、その」

「なぁに?」

「お嬢様の、大事に、されていた……工具は……地ぃ、下ふぉう庫、ひぃ……」

 モモのほっぺたは相変わらず良く伸びた。

 半分は父と大きい兄の策略というか、趣味だ。彼らはわかりやすいほどに、『女が機械いじりだなんて』という考えなのでリグが家を出たここぞとばかりに、彼女の部屋にあった機械の類をすべて追いやってしまったらしい。他人にかくあるべしと強要するあたりが、リーズフリオ家の限界ではないか。などと恨み辛みを飲み込みながら、既に名札のなくなった扉を開く。そして、何年ぶりかになる自分の部屋との対面リグは体の力が抜けていくのを感じた。

「どうして、こんなことに……」

 がくりと倒れこむリグ。

「申し訳ありません……その、モモの好きなように飾り付けていいと……」

 まるで女の子の部屋に。いや別に問題はない。リグとて、好き好んで油にまみれているわけではない。可愛いもので世界中を埋め尽くしたい、なんていう野望があるわけではないけれど、人並みに可愛いものは好きなつもりだった。

 だが、やはり慣れ親しんだ部屋が欠片も残っていない現実に喪失感はぬぐえなかった。

 ふと涙目のまま顔を上げると、窓の外をみると巨大な影が見えた。家にあるには不釣合いなそのシルエットは、間違いなく風車のそれだ。

 家に来るまでうつむいていたので全く気がついていなかったが、ようやくそれが目に入ってくる。

 破格の大きさだった。まるですぐ傍に大きな工場でも立ち並ぶのかといったそんな大出力の風車だった。

 修理工なんていう職業のものはたいてい、寝てもさめても風車のことばかり考えている風車マニアばかりだ。あんな見たこともない風車をみつけて、近づかないわけにはいかなかった。気が付けばリグは窓を開け放ってそれを見上げていた。


 それはリグが今まで見てきたどの風車よりも、雄大でそして美しかった。

どんな風車も支柱とギアボックス、それと羽があるし、それがそろって風車とよばれる。羽は今までのどんなものより綺麗な羽をしていた。流線型のシルエットに風を受けて揚力を作り出すその厚みは、まるでデザインにしか見えないほど緩やかに羽先に消える。どんな風が来ても受け流すようなギアボックスは、つなぎ目も見えないほど滑らかで、ボルトの1つすらも見えない。そして支柱だ。ギアボックスから伸びる支柱は、今までみてきた風車のどれよりも美しい流線型をしていた。3又に分かれた支柱は、支柱という任務を忘れて湾曲し、末広がりに伸びている。軸が通るはずの支柱は曲がることなど許されない。

 だというのに3本の支柱は中に軸が通っているとは思えない姿をしていた。

 3つの支柱で囲まれた中央には、ダリウス風車が回っている。縦に回る風車で、3本紐を羽にするレモンを縦にしたような形をしている風車だ。風が少なくても回る起動性の高さが売りで、出力などは揚力を得て回る3枚羽と比べるまでもなく弱い。あれ程の風車だ、起動をかけるのに使ったにちがいなかった。ダリウス風車は本体がほぼ羽でギアボックスはなく、直接発電機へとつながっている。

 設置するにはある程度の広い面積が必要だが、小型のものであれば軒先なんかにぶら下がってくるくるまわっていたりする可愛いものだ。

 ふと、リグはメルのことを思い出す。メルはダリウス風車が嫌いだった。あんな巨大なものをみると、間違いなく羽に蹴りを入れるだろう。軒先にかかっていたら指を突き込むし、手が届かなかったら支柱だって蹴る。とにかく彼女はあの風車が嫌いだった。理由は聞いたことがないが、目の敵にしているのは確かだ。


 振りぬいた足が、綺麗な弧の軌跡を描いて羽の中央を貫いた。無論耳長の脚力といっても、そうそう風車の羽が負けるわけもなくまたダリウス型の羽は風で広がるので形に余裕がある。羽にとっても、ギアにとっても、発電機構にとっても負担のない衝撃は、一瞬の余韻をのこしてすぐにきえた。

 風に拮抗した、無意味にちかい蹴り。嫌いだといっても、なんだかんだいって風車のことを考えているその行動はまさにメルだ。

「そうそう、あんなふう……って! 先輩!」

 リグの叫び声に人影が顔をあげて、あからさまに驚いて後退った。

「あ、あぶない」

 そのままダリウス風車の羽にぶつかって吹き飛んだ。

 追いかけるように、整った毛並みを日に反射させながら走る狐耳の姿。ユズだ。

「な、ユズさんまで……」

「お嬢様のお知り合いですか? そういえばお庭は開放されていますが、お客様は初めてですね?」

 確かに初めてだった。誰も、世界一の大企業であり世界の根幹を支えるベルフレア社CEOの自宅においそれと入ってくるようなものはいない。そんなものよほど度胸があるバカか、物知らずだ。

 そして今まで来客ゼロの庭に始めて2名の客がきた、世間知らずの耳長と怖いもの知らずのもののけだった。

 お茶でもだしましょう。モモの楽しそうな言葉だけが現実を淡々と語り、リグは大きくため息を吐き出しせめて夢だっらなら、とありもしない希望にすがる。


 気が付けば1階にいる自分を意識する。目の前には家と世界を隔てる巨大な扉がある。力を入れて引っ張った扉は、意外とあっさり開いていった。まるで手招きされているように、体は軽く勢い良く踏み込んだ足に世界が押し飛ばされる。

 開けた扉から我先にと飛び込んでくる風を掻き分けて、リグは外へ飛び出した。

「せんぱーい!」

 力いっぱい叫んだ声に、風車に吹き飛ばされた人影の顔が上がるのが見えた。

挿絵(By みてみん)

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