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風車のある風景  作者: 神奈
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暗闇にベルが鳴る

 口の奥に広がりそうな鉄錆の臭いと、腹の奥に確実にたまっていく油の臭いにまみれながら、大きく息を吐き出したのは作業を始めてから数時間がたったころだ。


 風を受ける羽と、その動力を送るギアボックス。そして、電気を作る発電機。風車は大まかに分けてこの三つで構成されている。羽の形はまちまちだが、風車下部には発電機があって、羽を支えるギアボックスがあるのは変わらない。

 羽から伸びる軸は、そのまま水平にギアボックスの奥まで伸びている。一番端には、重心を調整するためのカウンターウェイトが付いており、羽は軸の中央に重心を持つことができていた。常日頃から、メルはこの構造そのものが間違っていると考えている。


 風の方向が変わらないからといって、軸を無駄に伸ばす意味はないのだ。可能であれば、羽からの動力をギアボックスではなく直接発電機へ繋げたほうが効率はいい。

 そうすれば、主軸などなくても電気を伝える仕掛けだけ伸ばせば風車は高くも低くも自由自在になる。

「いつも壊れるのは、ギアボックスばかり……」


 半分はそれが理由だったりするわけだが。

 羽は回り続けるが、羽根から繋がっている軸は今回転はしていない。無論、歯車などで整調化されていない気ままな回転を続ける羽が、静かに回るわけもなかった。

がたがたと引っ切り無しに抗議の声をあげて、羽だけが回り続けている。

 長く続けば、羽にも接続部分にも致命的な損傷を与える状態だ。だけど、ギアボックスをいじるにはこれが一番手っ取り早い。

 慣れた手つきでメルはギアを分解、交換していく。

 先の大停電の折、風が止まったため壊れてしまった風車だ。再度風が吹き始めたときに、自己起動できず、ついには回り始める前にギアのほうが音をあげた数多ある事例の1つ。

 ねじ切れた歯車を外して交換する、しかしこれではまた風が止まれば、同じことが起きるだけだ。元に戻すだけではだめだ。

「停電が起こるたびに、儲かるならいいんだけどねぇ」

 実際はそうではない。一瞬は儲かるだろう。だが客の信頼は失う。掃いて捨てるほど存在する修理工だ、悪評がつけばすぐに別の会社に乗り換えられてしまう。必要なのは信頼である。この修理会社に頼めば大丈夫だという、そういう信頼の上に彼女らの仕事は成り立っている。ゆえに、もう同じ原因で壊れてもらっては困るのだ。

 風車なんて掃いて捨てるほどある、完璧に直して壊れづらい風車をいくら量産したところで仕事がなくなることはない。

 ――世知辛いねぇ。


 今日も新しい風車が回り出す、回っている風車は壊れ続ける。何も変わらないのは、風と柱ぐらいのものだ。


 少し湿気て重たくなった空気を切り裂いて、風車が回っている。目を凝らしたら、羽が起こす空気の渦だって見えそうなほどだった。

 いつもより近い雲海に、リグは思わず顔をほころばせた。

「やっぱり1桁の街は、低くていいですねぇ」

 手が足りず彼女らは下の街へ出張修理に来ていた。このあたりは風も重たく、古い風車が多い。先の大停電で損害を受けた風車があまりにも多く、都市機能すらまともに維持できないような街もかなりの数に上っていた。

「リグ、終わったの?」

 上から飛んで来た声に、思わず肩をすくめるリグ。どことなくイライラした語調の理由は、リグもよくわかっているので必要以上に怖がったりはしなかった。

 ――9番地ですもんねぇ。


 上層と呼ばれる人が住むことができる街の中でも、ほぼ下層と言っていいほど雲に近い街。

無論1番地ほどの下層化はしていないものの、もののけの数が人口を上回っているのは確かだ。

 見上げれば14番地の裏が見えている。

「そういえば、なんで13番地は抜けてるんですかね」

 9の上であるなら、13のはずだが実際は13は欠番で14番地と名前がついている。その上が18、そしてリグやメルの勤める会社のある22番地と続く。

「そりゃ、落ちたからね」

「えぇ!」

 ギアボックスの蓋を閉じ終えて、するすると魔法のように風車を降りてくるメル。

「14番地ができる前に13番地を広げようとしてそのまま落ちたの。強化材は役目を果たして街そのものは折れなかったんだけど、柱との接続部分がぽっきり」

 手際よく報告書に故障箇所と交換部品を書きながら、メルはリグを見上げる。

「知りませんでした……」

「今も、下層に13番地は引っかかってて……偶然生き残った人たちはゆっくりと、もののけ化していくのさ。そして、夜になると13番地のあった場所まで――」

「ひゃあああああああああ!」

 足首に、冷たい感触を感じてリグは漏らしそうになりながら飛び上がる。

「……こら、脅かさない」

 メルの視線の先、リグは自分の足元があった場所を見る。

 そこには白い触手のようなもののけが、床から生えていた。

 そのもののけは、倒れこんだリグにすまなそうにぺこりと体を折りたたんで謝罪すると、するすると床の中へ潜っていった。

「お、多いですね、ここは」

「一桁だしねぇ。本社がある1番地なんて、もうほとんど下層と区別つかないし」

 遠く、重苦しい音が響いた。まるで巨大な金属同士を打ちつけたようなそんな、振動と音の間のような空気の震えが肌を叩く。

「な、何の音ですか」

「気温差で街の支柱が軋んだんでしょ、それより発電機のほうは? もう終わった?」

「え、あ、はい」

 だがペンを持ったまま、リグの手が止まっていた。

「先輩、ちょっと中見てもらっていいですか? わたし錬金術さっぱりで。数字おかしいところがあって」

「どれ?」

 発電室へ入っていくリグの背を追いかけて、メルは扉をくぐった。


 それは、他ではかげない匂いだった。発電機からあふれ出した電精が、戯れに空気と混ざって巻き上げるオゾン臭。

 鉄錆よりも鉄そのものの匂いと、閉じ込められていた淀んだ空気に混ざって鼻を掠めるオゾン臭は、何度嗅いでも気持ちのよいものではない。

 眉を少し寄せてメルは、苦しそうに息を吐き出す。

 閉所恐怖症というわけではないが、こう狭い場所は息が詰まって仕方がないのだ。発電室なんていっても、部屋の3分の2以上は発電機そのものが埋めている。発電機を整備するためだけにある部屋だ、居住性など考えられているはずもなかった。

「ここなんですけど」

 流れでた電精だけでも息が詰まりそうなこの空間で、メルは呼吸をするように電精を吸い込む。体に走るいくつもの錬金術が眠りから目を覚まし、役目を果たし始めた。

 錬金術の基礎は、意味を変換し交換しミクロの結果をマクロまで練成することにある。そのための装置として錬金術師は、いや耳長族は例外なく体中に錬金術の触媒となる陣や呪いを埋め込んでいる。それは生まれた祝福であり、名前であり、血の繋がりであり、一族の証だ。

 目に仕込んである錬金術が起動し、世界が一変する。飛び回る電精が1つ1つ気ままに吸い込まれたり跳ね返ったりするのが見える。発電機である起電陣の巻き起こす意味変換プロセスの余波が、渦を巻いて部屋をかき回してるのが見える。世界は驚くほどににぎやかになった。

「どこ?」

 風精がメルの頬を勢いよくかすめる。思わず目で追った先、空に向いて開いている出入り口が閉まった。扉は圧縮木材の板張りで質量は鉄と変わりはしない。重苦しい音と共に外から入っていた太陽の光は消えた。


 ■


「きゃぁっ、扉が」

 リグは反射的に背後にある扉に手を伸ばした。だが、体勢が悪く扉は一瞬浮き上がっただけですぐに元に戻った。

 仕方なく扉に向き直ったリグは、扉の下に行くとしっかりと両手を使って扉を開けていく。

 パチパチと電精が反応する音が耳に届く。リグにとってはよく見えない電精だが、その存在はよく知っている。埃が舞って電精に当たっている音だ。

「んーー、しょっと」

人1人が通るためだけに作られた出入り口の扉とはいえ、その重量は軽めの女性ぐらいはあった。

 外側から開くときは工具を使うタイプの扉は、なかなかリグの力では持ち上がらない。

 ようやく微かに開いてきた扉の隙間から、光が飛び込んでくる。とうとう両手では飽き足らず、背中を使って全身で押し上げようとするリグ。かすかな光の向こう、メルの背中が見えた。

「せんぱ……」

 メルは隅っこで丸くなって震えていた。

「ほ、ほら。もう大丈夫ですよ。ね?」

 扉を完全に開けて固定すると、リグは部屋の隅で丸まったメルの元に駆け寄った。閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもなかったメルが、なぜか真っ青な顔をしてしゃがみ込んでいる。

 光の中でわかったのは、メルの体に張り巡らされている錬金術の式が励起されていることぐらいだった。かすかに術の上を走る電精の乾いた音が聞こえる。そして、よく見ればメルの肌がコゲはじめてうっすらと色がついている。

 電気アレルギー。それは錬金術師にとって致命的なアレルギーだ。機械が人の手や電気を必要とするように、錬金術もまた触媒や電気を必要とする。つまるところ、意味や質を変換させるフィルターとかコンバーターのようなものだとリグは理解している。

 カサブタのように肌に浮き上がった錬金術の触媒。つまり耳長族の血だ。耳長族やもののけが錬金術を使えるのは、彼らの体が触媒になるからだ。人間にはそういう芸当はできない。当然、触媒を使って操作することなら人間でもできるが。

 その触媒が過剰反応する症状を電気アレルギーと呼ぶ。簡単な錬金術でさえ、出力は数倍、懐の深い術になれば数百倍だって結果をはじき出すことがある。

 良いことではないかとリグが聞いたとき、メルは力なく笑いながら言った。

 ――制御できない出力が、役に立つわけないじゃない。

 制御できない出力は、壊れた蛇口と同じだ。邪魔なだけで使えるものじゃない。

「先輩っ」

 メルは答えない。必死で何かをこらえようとしているのか、それとも恐怖に駆られて動けなくなっているのか、体を必死に丸めて震えていた。


 風を受けて風車は回り続ける。止まる風車なんて、あってはいけない。今も昔も、その羽が動きを止めることはない。羽が受けた風の力はギアボックスを通って支柱を回す。支柱は床下にある発電機を回す。ギアが何かを噛んだのか、一瞬けたたましい音を立てて支柱が震えた。

 まるでそれは、何か硬いものをギアが噛み千切ったようなそんな音だった。

 ビクリと震えて、耳を塞ぐようにメルは顔をひざの中に埋めようとさらに体を丸めた。

「先輩」

 メルの肩を揺すってももまったく反応がない。

「大丈夫ですよ。今のは、歯車の噛み合わせが正常に戻った音ですよ。聞き慣れた音じゃないですか」

 歯車は実際動かしてみると、噛み合わせがずれるときがある。それは回転数が合っていても起こる現象だ、歯車の収まる場所はいつも決まっているものだ。


「本当?」

「本当ですよ。何なら調べましょうか? 今のは、動力軸と回転数を落とす変速ギアが噛み合った音です。ずれたのは三噛みぐらいです」

 胸を張り、えへんとばかりにリグが答えた。

「……」

 顔を上げたメルに、リグは大丈夫ですよと笑いかけるとようやくメルは安心したように息を吐いた。


 結局、なぜあんなふうになってしまったかなんてメルは教えてくれなかった。リグもまた、何度も聞くようなことはしていない。ただ、調査報告用のピンカメラで撮ったメルの泣き顔は、うまい事撮れたと彼女は自画自賛している。

 


 顔を真っ赤にして、涙と鼻水で濡らしたまま上目遣いでこちらを見上げているメルの顔が、しっかりと映っている。差し込んできている光と、電精が放つ微かな光がうまい事メルの顔を暗闇から浮かび上がらせていた。

 ――ふふふ、よいネタを仕入れることができました。

 ネガをしっかりと隠すと、リグは立ち上がる。時間はまだ定時には早い。お茶でも入れて、倒れているメルをからかいにいこうとリグは小走りに給湯室へと走っていった。

挿絵(By みてみん)

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