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風車のある風景  作者: 神奈
本文
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望みなき探索

本シナリオは掲載時漫画として掲載されておりました関係上、漫画を原作として新たに小説を書き下ろしています。

本シナリオのオリジナルである漫画にかんしては、以下URLにて公開しております。

https://twitter.com/ZUOmQbOOjYNlMts/status/1233257305744928771

 所長がいない、ということに気がついたのは彼を最後に見かけてからひと月以上もたった後だった。

 支店の仕事の半分近くは彼がどこからともなく集めてきたものだ。

 今は停電騒ぎで仕事が舞い込んでいるが、先細るのが決まりきっているので仕方なくメルは所長の足取りを調べるため、彼の仕事部屋に入り込んでいた。

 何かないかと、色々と書類を漁ることにしたのはいいのだが、ある程度部屋を汚したところで飽きてしまった彼女は、気がつけば本棚に見つけた本を手に取って読みふけっていた。


 空は明るく、部屋の電気などは使わずとも本は読める。停電のあと、結局何事もなく吹き始めた風が部屋を通り抜けていくのを肌に感じる。

 報告書の類の事務処理をした形跡と、所長が使っていた棚や引き出しを漁った後から顔を出す紙が、ガサガサと揺れていた。

 その音をどこか頭の遠くで聞きながら、まぁどこかに飛んでいくこともあるまいと、汚れた部屋をそのままにメルはページをめくっていた。

「先輩、なにやってるんです? 所長の居場所わかりました?」

 いつの間にやら、所長の部屋の扉に立っていたリグがこちらをみていた。

「うわぁぁっ!」

 思わず座っていた椅子からのけぞり体勢を崩すメル。

「リ、リグ……」

 遊んでいたことに負い目を感じてか、思わずメルは顔を隠すように縮こまってしまう。

 そんなメルを尻目にリグは、散らかった部屋を散策するようにゆっくりとメルの方へと歩いてくる。

「あ、リンガフランだ。懐かしいですね」

 ずい、とリグは本に顔を近づけて目を輝かせる。

 彼女にとって相当懐かしいのか、随分とテンションが高い。

「……え? あ、うん? そ、そう?」

 予想していた叱責は飛んでこず、思わず持っていた本を差し出すと、嬉しそうにリグが本を受け取った。ごまかせたような気がして、無意識に口を付いてでたため息に、自分のアホさに更にため息が吐きたくなる。

「この挿絵のヤツ初めてみましたよ。これ、先輩のですか?」

「ん? いや、これは所長の私物だよ」

 見ていいですか? そう言いながら、すでにリグは本を読み始めていた。

 絵本が好きなのだろうか。そんなことを思いながら椅子に座り直す。とにかく状況も態勢も建て直さなければならない。

 雰囲気を切るためにと、わざとらしく咳を一つ。

「な~にしてるのかなぁ~?」

 と、いきなり背後から声が飛んできた。

「きゃああぁっ」

 ユズだ。

 いきなりいるはずのない場所から声をかけられて、読んでいた本を放りなげそうな勢いでリグは飛び退った。

 リグが驚いたおかげかだろうか。メルはさほど驚かず冷静に一呼吸おいて背後のユズを肩越しに()めつける。

「何やってんの、ユズ……」

 窓枠に引っかかったまま、上下逆さまに部屋を覗き込んでいる自由なもののけを見ながら、メルが吐き出す。

「えぇ、なにやってんのってこっちのセリフなんだけどなぁ~。所長の書き置きとかあったの~?」

「……何もなかったよ」

「本当にぃ~?」

「ないよ。そもそも置き手紙するような――」

「ほんとに調べたぁ~?」

 う、と言葉に詰まるメル。誤魔化しきれないか。と口の中で舌打ち。

「ま、いいけどさぁ~。はいこれ~」

 そう言って、差し出されたのは一枚の紙だ。

「なに?」

 覗き込んで見れば、印刷されているのは修理の注文書。

「……あんた今日有給じゃなかったっけ?」

「所長いないから暇なんじゃないかなぁっておもって、仕事見つけてきたのさぁ~」

「別に今すぐ困ってるってわけじゃぁ……」

 もちろんそれは、この先困らないというわけではない。

「ん~? 暇つぶしできるぐらいは暇なんじゃないのぉ~?」

「うぐ……」

 言い訳ができない。

 最近停電後の修理が立て込んでいたので、仕事がない日があってもいいなどと考えていたわけではないが、たしかに暇なことに変わりはない。

 肺に溜まった空気を吐き出しながら、メルは差し出された注文書を受け取った。

 うひひひひ、と笑うユズの笑い声が脳裏にこびりついて離れなかった。


 ■


 暇なユズの襟首をひっ捕まえて、やってきたのは会社からほど近い少し古い家だった。屋上に生えている風車の根本、起電陣のある部屋に入っているリグをよそに、メルとユズは風車の設計書を眺めていた。

「ギアボックスは、起動日から多分一度も掃除してないね。油が腐ってる。出力が不安定とか言ってるけど、そもそも出力確認したら仕様書の半分も出てやしない」

「でも、あの程度でこんなひどくなるかなぁ~」

「ギアの掃除は済ませたけど、起電陣の方も……か」

 見積もりが甘かった、とメルは頭をぼりぼりと掻く。


「先輩~、起電陣壊れてるみたいなんで見てもらえませんか? 私じゃどうにも」

「ああ、そうだろうさ、そりゃそうだ」

「え?」

「ああ、いやこっちのはなし。壊れてるんだろうなぁってね。さ、どいてどいて。人間じゃ錬金術さわれないんだ。あぁ、ユズ?」

「今日は休暇なんだけど~? それに、メル一人でもいいじゃないか~」

「さっさと終わらせるよ。ほら」

 そう言って、メルは起電陣をメンテナンスするのに必要な工具をユズに投げつける。

「あわ、わわわ~」

 レンチにワイヤーブレーキ、それからギアボックスに入るのにツナギを着用していない場合に使う、服を縛るベルト。

 と、ベルトはもののけのユズに入らなかったと思い直し、ベルトを工具箱に戻して起電陣のある発電室へと向かった。

「ひーん、有給使ったのに仕事させられる~」

 背後で、ユズがなんだかぶつくさ文句を言っているが当然のように無視。

「す、すいません……」

「気にしないでいいから。どうせわかってて付いてきたんでしょ。それより、見積もり直しておいて」

 部屋に入ってすぐに分かる。錬金術を起動するまでもなく、あからさまに電精の様子がおかしい。

「先輩これなんですけど」

 そう言って、リグが指差したプレートは、故意に削られた跡の見えるシリアルプレート。

「こりゃ、つかまされたな。購入時の風車のスペック表と全然違う。っていうか、これケテルインダストリー? 知らない企業だけど……」

 削りきれていないシリアルの印字されたプレートにはベルフレア社製を表す文字が刻印されている。

「ベルフレアの払い下げか、盗品かな? まぁ、どっちでもいいか。物は悪くないんだ、直せなくはないでしょ」

「見積もりどのくらいにしますか?」

「劣化した触媒の補填と……」

 言いながら、メルは己の体に刻まれた錬金術を起動していく。

 刻まれた式を読み取るための目と、式を弄る爪。体に刻まれた式が、メルの体を焼き焦がし、彼女の肌は黒く変色していった。

 目の前の起電陣を確認する。式に乗り回転で立ち上げられる電精たちが、苦しそうにしていた。


「無理矢理スペック表に合わせて出力引き上げてるのか。触媒が新品なうちは確かにごまかせる……ね。嫌なやり方だ」

 生活に根ざした風車の耐用年数は、数年程度では話にならない。だが、商品は買い替えてもらわなければ利益は生まれない。故にこういった、経年劣化に見せかけて買い替えを促す詐欺はどこにでも転がっている。

「スペック表より出力落ちるけど、詐欺に遭ったと諦めてもらおう」

「わかりました」

「出力三分の二程度ね。今24だから……」

「16ヘッドですか?」

「あーうん、そんぐらいで。回転数落としてって、ユズに言ってきて。一つ下のギアでいいから、交換、今つかってるギアは下取り扱いでサービスしてやって」

「わかりました」

 そう言って、リグは発電室からもそもそと出ていく。

 それを見送って、メルは起電陣の式に錬金術の爪を突き立てた。

 電精が驚いてパチパチと弾ける。

 メルの頬に当たったそれが、また彼女の皮膚を黒く染め上げていった。


 ■


 発電室のほうで、パチパチと音が聞こえてきたぐらいで、今度は風車の回転速度が落ちていく。声もかけずに二人は作業を開始している。ベテランは違うなぁと、リグは見積書の数字を書き直しながらその音を聞いていた。

「調子はどうかい?」

 そう言って現れたのは、恰幅のよい中年男性。修理を依頼した家の主である。

 リグは、見積書から顔を上げる。

「あ、どうも。ちょっとそのことでお話があるんですけど――」


 修理の内容を伝えると、彼は仕方ないか。と、長い溜息を吐く。

「安かったし、まぁそのスペックに落ちても壊れないで動いてくれるなら十分さ。新しい物買うまでのつなぎにするよ」

 そう言って了承してくれた。

「よかったです」

「んで、その修理ってどれぐらいかかるんだい? なんかさっきギア付け替えたりしてたみたいだけど」

「あー、そうですね。当初、掃除と簡単なメンテナンスの予定でしたし……大体、こんなかんじに……」

 そう言って、リグは書き直した見積書を彼に見せた。そこに書かれている数字は、少なくても、定期メンテナンス料金の数倍の金額だ。

「う……、ヘイズさんとこはやっぱ安くはないね」

 文句を言われても仕方がないのは間違いない。だが、メンテナンスの料金はあくまで何も問題がなかったときの値段で、修理が必要な場合は別途請求するのは何ら問題のない修繕行為ではある。ではあるが。

「申し訳、ありません……」

「いや、まぁ電気がないよりは、ね。これ、修理したらどれぐらいもつんだい?」

「え? あーそうですね。触媒補填しますし、稼働日から考えて……あと4、5年ぐらいは定期メンテナンスだけで大丈夫だと思いますよ。あ、また風がやんだりしたら別ですけど……」

「へぇ、そんなに。そうかい、んじゃ安いもんだ」

 そう言って、彼は見積書にサインを書き込んだ。

 その見積書の写しを受け取り、リグはほっと息を吐き出した。


「ああ、そういえば」

 そう言って切り出したのは家の主だ。

「はい?」

 まだ、見積もりに何かあるのだろうか、とリグはビクリと震える。

「ヘイズさん、最近暇なのかい? 所長さん、昼間に居酒屋で酒飲んでたけど」

「え……」

「えぇぇぇぇ!?」

 ギアボックスと、発電室から叫び声が轟いた。


 ■


 肩を落として疲れた感じで歩いているのはメルとリグだ。

 日は落ち始め、風も次第に冷たいものへと変わってきている。もうすぐ日暮れが来る。

 仕事が疲れたというよりは、この状況に疲れてしまっていた。

 そんな二人の後ろを、楽しそうに頭の後ろで手を組んで付いてきているのはユズ。

「あのバカ所長、なにやってんだよ……どっと疲れた。行方不明じゃなくて、まさか自分探しの旅的なサムシングとは……」

「もう日が暮れちゃいますよ。お店大丈夫ですかね?」

「あ~あのお店なら。そこならワタシ知ってるよぉ。居酒屋だからむしろこの時間から開くから大丈夫~」

 大丈夫なものか。工具を担ぎなおしながら、メルがまたため息を吐いた。

 夕暮れをまえに、帰路に急ぐ住民たちの足取りを眺めながら、肩にのしかかる重さにメルは顔をしかめる。



『名物、8番壁牛ステーキ! 160』

 ユズに道を指示されながら、トボトボとたどり着いた店の前、三人は掲げられている看板を見上げている。

「先輩。壁牛のステーキなんか置いてありますよ。ほらほら。8番街からなんて輸送費だけでもとんでもないのに、このお値段。間違いなく28番の壁牛ですね!」

「店の前でそういうこと大声で言わない」

 思わず、リグの足を軽く蹴る。

「いやーそれがそうでもないんだよねぇ」

 と、答えたのは店から顔をだした店主だった。


「風洞街使って、風車で運んでんだ。商店街みんなで金だしていろいろ格安で運んでもらう定期便ってわけよ。速度はねーから時間はかかるが、すこぶる安いってわけだ。どうだい? 買ってかないかい?」

「おー、いいですね。買いますかい――ぐえ」

「悪いんだけど、うちの所長探してんの。柱に張り付いてる珍妙な牛の話はどうでもいい」

「所長? あー、あんたらヘイズの」

 ちらりと、メルのツナギをみて納得がいった店主は笑う。

「そうそう。んで、今日うちの所長がここにいたって聞いたんだけど」

「ん~。そんなこともあったようななかったような。覚えてねぇよ。それより牛串買わねぇか?」

「覚えてない?」

「客はいっぱい来るんだ、いちいち覚えてねぇよ。それより牛串買わねぇか。味は保証するぜ」

 店主が焼く前の串を三本、メルの前に差し出して揺らしてくる。

「んふふふふ。これはあれだね、情報には対価が発生するってやつだよぉ。最近漫画で読んだから知ってるよ~」

「よし、じゃぁ買いましょう先輩。ほら。おじさん牛串三本」

「あいよっ」

 あ、というメルの制止は届かず、串はいい匂いと煙を上げて焼き始められてしまった。

 ――素早い……。


 ■


「で、結局所長はいなかったわけだが」

 手には酒の入った再生木粉でつくった使い捨てのコップと、牛串。

 三人は、すっかり日の暮れた街を歩いていた。

「まぁ、そういうこともあるよねぇ」

「あんたが、情報料とか言うから」

「いやぁ~、そういうプレイなのかと思ってぇ~」

「でも、美味しいです牛串。さすが8番街の壁牛ですねぇ。あそこは、風洞街でも、牧草たくさんはえてますもんね。あ、そういえば」

 そう言って、リグがゴクリと肉を飲み込みながら、メルを見た。

「ん?」

「所長さんって、私顔知らないんですけど、どんな方なんです?」

 思わずメルは足を止める。

「……それは、最初に訊くことじゃない?」

 後ろで、ユズがけたけたと笑っていた。


 まぁ今更言っても仕方がないか、とメルは串を口に入れながら――

「所長は、えーっと、あれだよ、あれ」

「まぁ、アレっていうか、これなんだけどねぇ~」

「え? これって?」

 ユズの手に持った、残り少ない牛串を見るリグ。

「こ、れ」

「壁牛だよ。所長は」

「え……」

 リグは、手に持った、もう半分以上なくなった串を見る。

 まだ湯気のあがる串からは、いい匂いがした。


「所長おいしいねぇ~」

「いやいや、流石に本人じゃないから」

「こうして、彼は私達の血肉となって、永遠に生き続けるのであった~」

「んなわけないでしょ……」

 風が吹いている。風に乗って鼻に届く牛串の匂いは、相変わらずうまそうで。リグは、目を瞑って、残りの肉にかじりつく。

「おいしい……」

 所長はうまかった。

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