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風車のある風景  作者: 神奈
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リーズフリオ・グリーフベルア(上)

 何がどうなってそうなったのか

 誰もが分からず、理解できず、結果だけが転がっていた。目の前に母親の醜態が野晒しになっていて、メルは身動きが取れず、メルが動かないのでまたユズも動けずにいた。顔面を強打し、完全なる不意打ちによって悶絶しているグリフジーンと、なぜか勝ち誇ったようにメイド服を見せびらかそうとしているメイリードがいる。


 異変に気が付かず、アーセルはちょうど今心配そうにため息を吐きながら紅茶を一口啜ったところ。

 その横でモモが静かに寝息を立てていた。

 ファルは、もうほとんど動かない羽を根性だけで揺らしながら落下するように一番地へ向かっていた。

 ヘイズは静かにヘイズヘルヘブンの本社にある社長室で目を閉じている。動きはなかった。


 そして、リグはロケットの最後の調整に入っていた。



 ありったけの電精槽を持ち込んで、操縦席に積み込みながら数を数えて重量の計算。電精槽は媒体もパッケージングされているために発電量に比べて重たい。

 だが、大容量かつ衝撃や温度変化に強く、そして今すぐ手に入るエリクシルを発生させられるものはほかには思い付かなかった。

 ロケットの中で火を燃やす訳にもいかず、水を大量に持っていくほど無意味なものはない。

 せめてもう少し性能のいいバッテリーを用意できたら。

 ため息を吐いても何も変わらない。リグは両手で抱えるように持っていた電精槽を置き、操縦席から降りようとした。と、ロケットの下に蠢く何かを見る。

「?」

 目を凝らしてみると真っ白な流動体が床を覆い尽くしているのが分かった。すぐにその正体に思い至る。もののけだ。

「あの、降りられないんですけど」

「取り引きをしよう、アーセルの娘さん」

 蠢く白い塊は、ひとつではなく複数のもののけ達だったらしい。一人が立ち上がるようにしてこちらを見上げてきた。

「取り引き? すでに母との契約は不履行になったはずですが……先輩があなたたちは使わないって」

「我々は、契約そのものが目的なんだよ」

「……宇宙に行きたい、と」

「そうだ。楽しそうだろ? 楽しいのだろう?」

 少し話をしよう。このまとまりをまとめているらしいもののけが言う。

 今さら何を話すのか。もののけを連れて行くかどうかはメルの意思によるものだ。リグを説得しても意味はない。

 彼らの行動の意図が読めず、リグは首を傾げた。

「我々が見ても分かるほど、君は一生懸命だった。いや、必死だったし、君の仕事ぶりは素晴らしいものだ」

「えーと……照れますね?」

「……我々の中に、感応性の高い者がいる。固有錬金術のお陰なのだが、他人の心がいくらか理解できる者がいる」

「……」

「我々は聞いてしまった」

 リグは目を閉じる。彼らのその次の言葉を分かってしまったから。

「取り引きをしよう、娘さん。いや、リーズフリオ・グリーフベルア。我々を宇宙に連れて行ってくれないか」

「何、聞いちゃったんです?」

 リグはまだ目を開けず、笑いながら呟いた。


「……嫉妬だ。自分がこのロケットに乗れない嫉妬。隠し切れない怨嗟の叫びを聞いた」

 無言の時間は一呼吸ほどの時間しかなかったのに、なぜだかずいぶんと長く感じた。

「気のせいじゃないですか?」

「そうかもしれない。だが我々にはそれが真実だ。そしてなぜ君は、それでもなお素晴らしい作業を続け、そして笑い続けられたのか。我々もののけには理解できない」

 それが宇宙に行けば分かるかもしれない。

 君がそこまでして、そうまでして願った場所を叶うなら見てみたい。

 もののけたちは口を揃えてそう言った。

「ひどい人たちですね」

「我々は口を噤もう。だが我々の記憶は、もののけとして共通。しかし共有されるにはいくつか条件と時間がかかる。つまり、共有化される前になかったことにできる」

 幸い我々は、今のところ隔離されているのと同じ状態だ。もののけは試すように呟く。

 秘密を秘密のままにしておきたいのだろう?

「酷いですねぇ」

 だが、リグは笑った。操縦席の出入り口に座り、足をぶらぶらとさせながら、俯き目を瞑り笑う。

「その電精槽を降ろしてくれまいか。我らの父がどうあろうと、メイリードが何をしようと、このロケットは飛ぶのだと我々は確信したのだ。どうか受けてくれまいか」

「知ってます? それ、脅しって言うんですよ。」

「……我々にはこうするほかなかった。だが、断じて君の心を聞いてしまったことは故意ではないと誓おう」

 ただ、目の前に転がってきたチャンスをつかんだだけだ。それだけだ。彼らはそういうのだ。騒がしく楽しいことしか興味のないもののけたちは、だがしかし静かにリグの言葉をまって佇んでいる。

 

 ふた呼吸ほどして、リグは口を開く。

「私からの条件をひとつ飲んでくれたら、いいですよ? そしたら契約成立です。私にも得るものはあるから」

 ゆっくりとリグは目を開けた。

 白いもののけが、こちらを見上げている。きっと分かってるだろう。リグの口からそれを言わせるために、彼らは泥を被っているのだと分かった上で。口が開いた。

「先輩とロケットを、絶対に連れて帰ってきてください。このロケット、帰ってきてくれないと困るんです」

「今さら嘘など言わなくても――」

「まさか」

 首を振り、リグは笑う。

「私が乗れるロケットを作るための、大事な資料ですから」


 このロケットには、戻ってくるための機能も燃料も積んではいない。飛んだら飛びっ放しだ。だがもし、ひとつでも可能性があるのなら、少なくともその可能性を掴み取ることができるとしたら、やれることはすべてやってからだと、リグはそう信じていた。

 だから信じて笑った。静かな、優しい笑みだった。

 もののけたちはそれを見上げてただ無言でロケットへと乗り込み始める。

 契約は交わされたのだ。


 ■


 老人が笑っていた。

 風洞街一番地、誰もいない大きな部屋に一〇本の柱が立っている。二本は途中で折れ、今は八本になっている柱は天辺に人が十分座れる程度には太い柱だ

 その柱の上にふたつの人影があった。ちょうど向かい合う柱に二人はいた。

「頂上決戦がまさか、扉ひとつで着くなんてなぁ!」

「否定」

「いやー、あのババァ、メイド服とか着ちゃって。あ、時間凍結してるからババァじゃないな。うん。酷いなぁ、ほんと酷い。見た目が酷い。責任者は一体誰だ、文句を言ってやるぞ。そのあと褒めてやる。写真はだれかとったのか?」

「悪趣味」

「つっても、もう僕らには何もすることがないからね」

「否定。することがないのは貴様のみ」

「あん?」

 老人は、驚き壁牛の方を見る。

 よく見れば薄暗い部屋の中が揺らめいているのが見えた。それが何か、彼にはすぐには分からなかった。

「我々は、あんたらに盾突くのだけは慣れててね。まさかアーセルが言うように、ほんとにカイルがここにいるだなんて、想像もしてなかったが!」

「ヘイズ!」

 思わず大きな声が上がる。

「私が来ることぐらい想像できなかったか? 糞ジジィ。お前も俺たちも全員アーセルの掌の上だよ。よかったな」

「っく! ……水棲族ごときが!」

 老人の周りにエリクシルが集まりだす。錬金術が起動していくのが、ヘイズにも見えた。だが馬鹿みたいに遅く、あんなものが役に立つとは思えない。

「相変わらずの固執した選民思想だな。ほら、周りをよく見ろ。とくに老人は転んだだけで一大事だぞ」

 柱がいきなり水に沈んだのかと錯覚するほどの大量の水がせり上がり、辺りを囲んでいた。

「ま、気が付かないのは無理もない。私の本体は今もあんたの部下が監視してる中、社長室でくつろいでるさ。そう見えたろ?」

 ヘイズは己の体を伸ばし、風洞街へ侵入したのだ。

 ゆっくりと時間をかけて薄く伸ばした彼の体は、今ようやくここまでたどり着いた。

「急げ」

「おっと、そうだったな。んじゃ、あばよ。あんたはそこで、自分の思いどおりにならない結果に地団駄でも踏んでな」

 水の壁は一気に支えを失い、老人めがけ落下し始めた。

 老人は、流されまいと足に摩擦強化の式を起動し、必死でしがみつく。

 長く大量の冷たい水が彼を押し流そうとする。だが、老人はそれに耐えて見せた。

 そしてようやく水がはけたと思ったときには、もう誰もこの部屋には残っていなかった。


 ■


 ちょうどヘイズが大量の水を管理者の老人にぶちまけていた頃、ようやくメイリードは満足したように玄関から出てきた。

 まるで舞台女優気取りで、ゆっくりと見せ付けるように段差を下りて、メルと対峙するさまは、あまりにも場違いな姿だ。

「何だ、その呆れた顔は。コスプレっつーなら、お前もそうだろうが。何だその、おっきなお友達向けの媚々な格好は。親として恥ずかしい」

 どっちもどっちではあったが、もう誰も何も言えない。

「あんたが燃やしてくれたお陰さ」

「あー、そんなこともあったな。あの程度の熱量なら、真空断層でも作りゃ何の問題もねぇだろうが」

「……」

 問題がないレベルでそれを展開できるのが当たり前の世界で話されても困ると、メルはうんざり顔でため息。

 相変わらずだ。

 相変わらず、目の前の馬鹿は辺り構わず当り散らし、己の当たり前を他人に押し付ける。

「そこから離れろ。リグは渡さないし、ロケットも壊させる訳にはいかない」

「あん? お前まだ、空に行くつもりなのか?」

「だからどうした」

「行く理由なんかねぇだろ。呪い解けてるくせに。もうただの惰性だ。やめとけやめとけ。あほらしい」

「むしろ、あんたがここにいる理由が分かんないね。私への八つ当たりならもう済んだだろう」

「はぁ? 何だ聞かされてねぇのか。んじゃいいや。本人から聞けよ」

「本人?」

 メルの疑問に、メイリードは家の中を指し示す。

「アーセルだよ。ベルフレアの社長令状?」

「令嬢だ、アホ。イントネーションぐらいしっかりしろ」

「うるせぇな。発音なんか関係ねぇだろうが。死ね!」

 勢いに任せて振った腕。ただそれだけで、庭が割れた。

 爆音は連続して続き、波及する振動に街が落ちるのではないかと心配になる。思わず身を低くし、揺れをやり過ごす。

 と、一瞬目を離した瞬間に、もうメイリードはそこにはいなかった。

「お前さぁ、ほんと何で空行く訳? つーか、ロケットは完成しないだろ?」

 背後から、まるで井戸端会議でも始めるかのような気軽さでメイリードの声が飛んできた。

「……別に。最初から私はあそこにしか興味はないよ」

 声のする方向に向かって、躊躇いなく拳を振り抜いた。

 その速度は一瞬にして風を切り裂き音を追い越す。

 それでもなお、メイリードを捕らえることはできなかった。

「おお、怖い。ずいぶん早くなったなー。だが、その程度かよ。っか、下らねぇ。正面きっての殺し合いで私に勝てるとおもってんのか?」

「だから、知ったことじゃない! もうロケットは完成する! そしたらあんたもグリフジーンも置いて、私は空に行くんだ! どけ!」

「あっそ」

 真正面に捉えた音速超過の突進は、そのまま力任せにメイリードに止められた。

「んじゃま、このもののけは関係ねぇだろ。一緒に消してやんなよな。そらっ」

「!! あっ……ああああ!」

 布を切り裂くような音が響いた。

 張り付いていたユズが引き剥がされているのだ。

「や、めろ!!」

「心中とか、まじはやらねぇっつーの。そういうのは、よそでやれ。人様に迷惑かけるな。お、親っぽいな」

「もののけを人として扱ったことなんかないくせに!」

 力が違った。速度では如何ともしがたい絶対的な力そのもの。

 メルの力ではメイリードをまったく抑えることができず、必死でメイリードの手から逃れようとしているユズもまた、固着の錬金術の前になす術なく引き剥がされていく。

「離せ!!」

 ふと、視線がぶれた先、グリフジーンがメイリードの錬金術に束縛されてるのが見えた。

「諦めろって。錬金術の出力比べだったら私に勝てる奴はいねぇよ。こすく、エリクシルを奪うことも今じゃできねぇだろう? 残念だったな」

 ユズからエリクシルが流れ出し、その式がグリフジーンを押さえつけているのが見えた。その上で、筋力増強の式を使いメルを完全に押さえつけ、さらにユズを固着化させている。

 馬鹿なのか? 五人ぐらいいるのか? 突っ込みが追い付かないバカげた錬金術の連発だ。三人を相手に、三つの式を同時に別々の場所へ、ばらばらのエリクシルの配分で動かし切っているのだ。しかも、その中の一人はグリフジーンだ。

 出力もその器用さも、そもそもとしての次元がおかしい。

「ま、お前がこの辺りのエリクシル喰いまくったお陰だけどな、あのおっさん押さえつけられてるのはよ。まったく、生まれたときからお前はエリクシル喰うのだけは上手い。太るぞ? 年取ってから腹のあたりがな」

「くそ!! 放せ!!」

 ユズの抵抗に一瞬拘束が緩んだ瞬間、メルは掴まれていた腕を引き剥がし一気に後ろへと跳んだ。

 錬金術は使えない。

 唯一のエリクシル供給源だったユズが奪われてしまった。

「さ、まぁ諦めて今度はお前が時間回廊で未来にタイムスリップするといいぜ? こいつ、ずいぶんエリクシル溜め込んでるしな。ま、起動ぐらいできるだろ」

「!!」

 見覚えある式が展開していく。

「どうだ、驚いたか? 私にとってはつい最近見た式だけど。ま、理屈さえ分かりゃ真似ぐらい誰でもできる。燃費は悪いが、起動したら八〇年ぐらいはエリクシルなくても動くし、申し分ねぇ」

 レイナの固有錬金術だ。

 あまりにも懐かしくて、思わず涙が出そうになる。

「あ……」

 メルには、それがレイナの生きた証にしか見えず、動けなくなってしまった。

 服は千切れ千切れで、その隙間から覗く肌は例外なく黒く焼け付き、夜の闇に溶け込んでいる。髪の毛と右目だけが闇の中に浮かび上がるメルを、メイリードは笑いながら見下ろしていた。右手にはレイナの錬金術を、そして左手にはメルから引き剥がされたユズの姿があった。

 ――どっかで見たことがある。

「どうしたよ、そんなに諦めよかったか? ま、聞き分けのいいガキは好きだぜ。遠慮なくぶちのめせるからよ」

 あのときと同じだ。

 自分は何もできないのだ。こんな体になって、それでもなお何もできずにいる。

「あ……あぁ」

 体から力が抜けていく。いくつか、細々と起動していた錬金術は、ほとんどすべてが停止した。

 頭上に広がっていく見覚えのある錬金術。

 辺りがかすかに明るくなっていくのが見えた。

 時間が遅くなる分、目に届く光の量が増えたのだ。

「夜明け……」

 まだ夜明けには早い時間、メルはその場に膝を着いて空を見上げる。星が光ってるのが見えた。気持ちの悪い薄明るい空に、目に眩しい星の光が刺さる。

「あぁ。あそこに」

 行ってみたい。


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