苦労人と自由人
リグを取り返すのだ。
そう息巻いてみたものの、方法なんて思いつかなかった。
ただ、リグの作ったロケットの続きを作ったら帰ってくるんじゃないだろうか。
そんなことを勝手に考えていた。
「こんなところに隠してたんだから……、そりゃモモでも分からないでしょ。……ここで一人で作ってたんだなぁ」
「調べたら、一階の階段奥から続く通路がありました。しかも結構大きくて……その、見つけられなかったのは私の落ち度というか」
「資材運び入れるのに出入り口が狭いなんてありえないしねぇ。しかし、何というかリグらしいというか。こんな暗くて狭い場所でずっと作業してたのか」
「いえ、この場所、実はですね……」
モモはメルに耳打ちをする。
「あー……なんともまぁ。よく考えてある。あの子らしいというか、凄いな。もう最初から、リグは飛ばす気まんまんだったんだ」
「それと、言われた材料はいくつか用意したんですが、やはり猛毒に分類されてる薬品がいくつか手に入らなくて」
「あぁ、さっき設計書見てたんだけどそれ、ロケット飛ばす燃料に使うみたいなんだ。だから、なくてもいいや」
しれっと言うメルに、モモは首を傾げる。
飛ばす燃料なら、なぜいらないのか。それこそ必要なものではないだろうか。
「幸い、技術的に難しくて断念してた気密壁やロケットエンジン部分以外はほとんど完成してるんだこれ。私が構成素材変化に手間取って滞ってただけ」
「は、はぁ」
相変わらずちっちゃいままのメルは、なぜかアーセルが引っ張りだしてきたモモが子供の頃に着ていたお古を完全に着こなしながら胸を張って笑う。
「気圧と温度の安定化は、錬金術で可能だ」
「そんなの、あるんですか?」
「この柱が常に発してるから、みんな知らないし必要もないものなんだけど。停電があった日、その錬金術だけは稼動してた。停電がなかったら、私も知らないままだった」
「そんなものが……」
子供服独特のかわいらしさを強調したデザインの服をまったくかわいらしげもなく着こなしたメルは、目の前に鎮座する作りかけのロケットを見上げる。
――絶対あの星まで行ってみせる
「ロケットエンジンもね、私が手伝ってたんだけど。問題だったのは、エンジンが吐き出す熱をどこに逃がすのかというのと、噴射方向、噴射量の調整。ま、できてないも同然だったんだけど」
メルは右腕を捲って見せる。
何だろうとモモが目を凝らすが何も見えない。そこでようやく、それが錬金術の類だと気が付き、目にエリクシルを流して式を起動させた。
おぼろげながら見えたのは、何重にも重ねられた錬金術の式だった。
「それは」
「あの夜、メイリードが使ったあの火炎の錬金術。そのままじゃなくて、出力調整や方向の微調整もできるように変えたし、反動軽減なんかは外してある。これなら熱に耐える噴射口を作る必要もなくロケットを飛ばせるってわけ」
どうだ、とばかりに胸を張る姿は、どう見てもやはり子供のそれだった。
それなりの時間を一緒に過ごしたつもりだが、やはり慣れないままだった。
「あとね、私の体が軽くなったから、結構設計にも余裕ができるみたいね。ここらへんは、アーセルが計算して教えてくれたんだけど。ていうか、ほとんどアーセルが調べたんだけど」
「私が材料集めに奔走してる間、いつの間に仲直りを……」
「仲直り? 喧嘩なんかしてたっけ?」
もう何も言うまい。モモは俯き表情を消す努力をする。
「先に作り上げてただけあって、もうほとんど完成なんだ。あとはモモが持ってきてくれた材料を使って胴体と計器類の接続。それで完成。グリフジーンは先を越されてがっかり、目的を失ってリグを解放する、と」
そんな簡単に行くのだろうか。
ロケットの完成には異存もない。そもそも問題として引っかかっていた部分が全部錬金術によって解決できるというのなら、一足飛びに完成したって驚きはしない。
だが。
「グリフジーンは、メル様に先を越されて目的を失うのでしょうか? 誰よりも早くあの星に行くことが目的なら、彼はもっと早くに行っていたはずでは……」
「……たしかに。んー……あいつ何しに行きたいんだろ。私はもう、あそこに行くのが目的になってるから、そんなこと考えてもなかったな。あいつの目的……」
己の父親とはいえ、物心つく前からすでに姿を消していたグリフジーンのことなどメルは何も知らないも同然だ。
「先輩ー、モモー、そろそろご飯にしましょー!」
アーセルの声が遠くから響く。
「ま、考えてもしょうがないか。とりあえず、ご飯食べよ」
はい、とモモも頷きメルの後をついて部屋を出ようと歩き出す。と、何かに呼ばれた気がしてモモは扉をくぐる前、ロケットを振り返った。
そこには、二本の円柱が鎮座するのみ。ロケットのエンジン部分とメルが乗る操縦席の部分のふたつだ。
まるで柱のようだと、そんなことを思う。
「モモ置いてくよ」
「あ、はい。ただいま」
駆け出して狭い通路を抜ける。
これは最初からあの場所へ繋がっていた通路ではない。
メルたちがロケットを見つけてから繋げた通路だ。リグが通るのも大変そうな狭い通路も、小さいメルやモモならば何の問題もなく通過できる。
すぐに通路は折れ曲がり坂になり、そして玄関の前へと辿り着く。
「さ、すぐにご飯にしましょ。久しぶりに帰ってきたモモのために腕をふるったのよ」
「一本しかないくせに」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「自分の不注意だろ」
んべーと、下を伸ばしてメルが言う。
「たしかに後輩の安全も確保できないような、だめだめ先輩相手と組んだ私に問題があったのは間違いないわね。まったく、私ったら本当に不運ね。あのときは人手も足りなくて仕方なく……」
「あぁ? 後ろが詰まってるから、分かれて作業しようって言ったのはアーセルじゃない! 自分の怠慢さを棚に上げて他人のせいにするとか、本当、人間腐ってるんじゃない? リグも不憫だね、こんな親に育てられてさ」
「んなぁ! 娘は関係ないでしょ!」
「奥様! メル様!」
やっぱり二人は相変わらずだった。仲直りなんかしていない、正確にいえば昔からきっとずっとこうだったのだろう。
ようやくモモはそれを理解して、深いため息と同時、二人の背を押して家へと向かう。
このままでは食事が冷めて台無しである。それは避けないといけない。
「さぁお二人とも、食事にしましょう。急がないと、冷めてしまいます」
ぐいぐいと背を押すと、二人とも仕方なくといった感じでずるずると前へ進んでいく。
ふと、リグはどうしてるだろうか、そんなことを考える。ちゃんと食事を摂っているだろうか、寂しい思いはしていないだろうか、グリフジーンに酷い目に遭わせられてはいないだろうか――ロケットはどこまでできたのだろうか。
昼前の光は、白く力強く屋敷に差し込んでいる。リグのいる場所にもきっと届いているはずだ、モモは太陽を見上げてほんの少しだけ笑った。
■
湿気に長期間晒されてもびくともしないというのは、さすがにやりすぎだと、そんなことを思いながらリグは目の前の大きな柱のようなものを見上げていた。
耐衝撃性、靭性、剛性、伸縮率、熱膨張率、熱伝導率、重量、何を取っても、どこを取っても、すでに夢のような素材が目の前で惜しげもなく使われているロケット。さすがにひとつの素材では不可能だったようだが、延べ五層の複合素材がそれを可能にしていた。
「錬金術は何でもできるんですね……」
「そういう風に作った。欲しい物を作り出す技術だ。そもそも、燃料に使っているものが使っているものだ、その熱量を考えればおかしい話でもないだろう」
「使ってるものって、エリクシルの出所のことですね?」
「ここに来るときも話したが、元は人の魂だ。それなりの熱量があって然るべきだろう? いや、そこに何かを求めてしまうのはロマン主義かもしれないが」
エリクシルは、死体を詰めた墓から見つかった人の魂の成れの果て。
しかし、本当にそれは魂なのか。
死体は焼却処理を行ったのかはわからないが、できてリンがいいところ。
土に埋めないなら、よくてメタンぐらいのものだ。
大体、死者を集めなくたって魂が人に宿っているなら一人ずつ埋葬したって見つかっていたはず。
エリクシルはもっと別の何かなのではないか。
リグの疑問は想像の域を出ないままグルグルと止め処なく回る。
砂しかない大地に立ち並ぶ、白く細い円錐の墓。
羽を付けたら風車の群れだ。たしかにグリフジーンにとっては忌むべきものなのかも知れない。だがそんなこと、今、柱に暮している人たちに関係がないのもまた事実だ。
「想定外なことといったら、リサイクル可能なところだ。ずいぶんとしぶといみたいだな、人間の魂は」
忌々しげに呟き、彼が目をやったのは小さな採光窓から見える風車。
「まるで墓だ。私には、この柱に暮らす連中は街中を墓だらけにして喜んでる変態どもにしか見えない」
世界は死に切っている。死にすぎて、もう死ねないのに死に続けている。豊かではないが地面に住んでいた人間たちが、何故貴様らのために己を差し出すようなことをしなければいけないのか、との怨嗟が彼には聞こえているのだろう。
「結局、あなたは約束を守るためじゃなくて、死んでいった人に許してほしいだけじゃないですか。自分の作った技術がそういった死んだ人たちの上に成り立っているのが許せないから許してほしいんでしょう?」
「お前がそう思うのなら、そうなのかもしれないし、違うかもしれない。言葉が何の証明になる」
「言葉に真実を求めないくせに、人の言うことはお人好しみたいに信じる癖、やめた方がいいと思います」
リグは、ため息交じりに言葉を吐き出すと、ぎゅっと親指を握り込む。表情は変わっていないはずだ。子供の頃から、そうやって躾けられていた。
「いや、そうじゃない。そもそもそういったことを考える労力を避けるほど俺には余裕がないだけだ」
「どういう意味ですか?」
「説明する必要性はないな」
ニノの姿をしたグリフジーンは舌打ちをすると、そのまま踵を返して部屋を出て行った。
「本当かねぇ。そんなことに頭回せないって」
もぞもぞと、髪の毛の中から顔を出したのはファル。リグも慣れたもので、そんな彼女のことを気にはしないで彼女の言葉に答える。
「本当でしょ。質問されたら答えてしまうのがいい証拠だもの。今のことだって、そう。あの人は、他人との会話に思考を割く余裕がないのよ。たぶん。質問したら答えるし、言われたことは信じる。たぶん頭の中は、ロケットを飛ばすことと錬金術の知識で精一杯なのよ」
「助手なんか採るべきじゃなかったんじゃないの?」
意地悪そうに言うファルにリグは笑う。
「それも同じ、言われたから頷いたのよ……。でもたぶん、自分の目的を叶えることだけは曲げないでしょうね」
きっと常に自白剤を飲んでいるような、思考を遮られている状態なのだろう。
ほぼ反射で生きている。そこまでして、彼はあの人工衛星へ行きたがっているのだ。どんな犠牲を払おうとも、地を這いずり泥を啜ってでもやり遂げる必要があるものがあるのだ。
リグは自然と己の口元に浮かぶ笑みを指で覆い隠す。
「そっくり。ほんと一緒だ。……でも」
――私だってやりたいことがある。
「リグちゃん?」
「思考ができないなら、勝負なんて最初から決まってるも同然ね。何だか、ちょっとだけ罪悪感」
「へ? 勝負?」
霧に沈む一番地は、太陽の高さがよく分からない。
壁に掛けてある時計を見て、ようやく今が昼過ぎだと知る。
「そろそろ、社長も会社で気が付く頃かなぁ」
「しかしよくあいつも承諾した……あぁ、そうかそういうことか。私も何か罪悪感が。純真無垢な子供を騙してるような気が……中身はおっさんというか爺さんだけど」
「大丈夫――もうそんな自己嫌悪は済ませたから。もうここに来て一ヶ月ぐらい。そろそろ、始めよう。終わりにしよう。ファルちゃん」
そう言って、頭上のファルを優しく掴むと自分の正面へと持っていく。目と目が合った。何か分からずファルはただ首を傾げる。
リグはいつものように、柔らかい笑みを浮かべている。
「私のお願い、聞いてくれる?」
今日も相変わらず風だけは吹いている。大風車に掻き混ぜられた風は一番地を隙間なく巡り、古い家から順に餌食にするかのように侵食している。
いつか崩壊するこの街で、リグは見えないはずの中天に輝く人工衛星を見上げていた。
その視界を横切るように、大量の水精を溜め込んだ妖精の羽の軌跡が流れた。
水飛沫のようなキラキラとした軌跡だ。
きっと、青空の下で見ればさぞかし美しいものが見られるに違いない、リグはそんなことを考えながら振り返る。
扉の音はしなかったが、窓ガラスには映っていた。
見慣れた、見知った子供の姿。
「さて、説明ぐらいは願えるだろうか?」
リグの口元に隠し切れない笑みが浮かび上がる。
メルがよくしていたような、歯を剥き出しにした笑い方。
「いいですよ。お話しましょう、柱の創造主さま」
世界はここにしかなく、そしてここまでだ。
だからこそ、ここからだ。
リグは振り返る。
グリフジーンは、相変わらず引きつったままの笑顔こちらに向けていた。
風だけは、一番地にも吹き続けている。
それはきっと止まらない。止まらせない。
■
テーブルは戦場と化していた。
メルとアーセルが飛ばすものは、とうとう罵声だけでは飽き足らずに、皿が飛び、調度品が飛び、拳が飛び交う結果になった。
「喧嘩してないんじゃないんですか……」
狙いの逸れた皿を首を傾けて避けながら、モモは深い深いため息をつく。
「チビの癖に!」
「そっちの方が今はチビじゃないの!」
久しぶりのアーセルが作った食事は、記憶にあるとおりの美味しいものであった。
皿は飛ぶが、食事そのものが飛んでないのを見て、モモは安堵。
もしかしたら本当に喧嘩なんてしてないのかもしれない。
そんなことを考えながら、飛んできたコップを受け止める。やはりため息だけは止まることはなかった。




