金髪の可愛い、
こちらは、漫画として同人誌で発表された元になるシナリオとなります。
漫画にかんしては、下記URLより閲覧が可能です。
https://twitter.com/ZUOmQbOOjYNlMts/status/1252524465436549120
もののけが静かに見守っているなか、三人の女性達が忙しそうに何かに取り付いてはわいわいがやがやと手を動かしていた。
小さな工房というべきその場所で、採光の窓すらないその場所で、吹いて消えそうな拙い照明がいくつか、もののけの目の前でゆれていた。
もののけは、暇そうにその裸電球の照明をつついてみる。
ゆらゆらと影が躍った。
周りの影の変化に、天井で寝転がっていたもののけたちも顔を上げた。
ここに居るのは10人弱ほどのもののけたちだ。
死ぬためにやってきた、もののけ達だった。
「おいこらー。照明たたくな」
メルの、のんびりした声にもののけは顔をだす。
猫のような箱のような形をしたそのもののけは、メルと目を合わせるとまたそそくさと物陰に隠れた。
「ったく。暇なら外に遊びにでもいきなよ」
めんどくさそうな呟きを吐き出しながらも、彼女は手を止めず作業を続けている。耳長族の癖に器用な手つき。
ほかのもののけが見ている風景を思い出しながら、猫のような箱のようなもののけは物陰でもぐもぐと先ほど拾ったナットを口のなかで転がして遊ぶ。
外に遊びにいった10人ほどのもののけ達はどうしただろうか。そんなことを考えながらもののけはまた天井にあるいくつもの柱の隙間の一つに身を滑り込ませて目を閉じた。下では騒がしい鉄のぶつかる音。
上では、やまない風がたてる低いうなり声。ずいぶんとそれが心地よかった。
■
一番地の薄暗さは、巨大風車が巻きあげる雲の所為だ。
なんて、犯人探しをしたところで仕方が無い。
柱の最下層、一番地のさらに一番下。街が始まるそこに二つの人影があった。
一つは背の高い女性。
もう一つは、彼女の弟にしては年が離れているように見える男の子。
だが、その子の顔は歪み引きつっていて、焦点の合わない目をきょろきょろと動かしていた。
「ずいぶんかわったが、確かにこの先はあるぞ」
「やっぱり」
えらそうな少年の言葉に、特に気にする風もなくリグは頷きを返す。
「もののけ達がいるからな、これ以上降りることは不可能だが」
「なんでそんなことするんです?」
「閉じ込めたのだ。エリクシル徴収から逃げ出したバカどものいくつかがこの柱に逃げ込んだ。柱はエリクシルを集める役目もあったからな、奴らに使われるわけにはいかん。それゆえ、上へ上へと追いやって二度ともどってこれないように蓋をした。その結果だけが残っている」
「徴収って、殺すってことですよね」
「そうだな。端的に言えばそうなるだろう。殺すにしても、貴様が想像するようなものではないが」
二人の目の前には、巨大な棒のようなものが風上に向かってまっすぐ伸びていた。
その先、かすかに雲の濃淡に隠れたその先に、大きなものが回っていた。
巨大風車の羽だ。目の前の棒は風車の軸。
リグは、一度かがむと何かを両手で拾い上げ胸に抱いた。もののけだ。
大きなクッションのようなマシュマロのようなシルエットにおざなりな手足をつけたそんな丸い塊のもののけだった。
それをぎゅっと抱きしめるとリグはため息を漏らす。
「アレだけ遠くにあるのは、やっぱり羽のしなりの問題、でいいんですよね」
「ほかにはあるまい。別に貴様が行くわけではないのに、何をいっているんだ」
「いえ、そうなんですけど」
だからといって、恐怖が和らぐものではない。
「高所恐怖症とは想像力豊かな者の被害妄想のようなものだな。至極めんどくさい」
「いえ、一応なんというか言いだしっぺはわたしですし。危険がないわけでないんでしょう?」
「それを採用したのは俺だがな。まぁいい、そこでまっていろ。さっさと取ってくる」
そういって、少年は柱に飛び乗ると回転にあわせて歩きながらゆっくりと羽のあるところへむかって進み始めた。
ぎゅっと、リグの手に力が入る。もののけがつぶれた。
「ぷぃーー」
子供のおもちゃが立てるような声でもののけが鳴いた。
あまりに間の抜けた泣き声に、回転する軸の上にいた少年がバランスを崩す。
「あっ!」
声をあげたリグの目の前、ぎりぎり滑り落ちる寸前で、彼はなんとか体勢を立て直す。
「おい、邪魔をするなら工房にもどっていろ!」
たぶん今までで一番感情のこもった声に、思わずリグは肩をすくめる。
「あ、いや。すいません。この子、鳴くとは思わなくて」
「……っち」
怒りの向かう先をなくした少年はそのまま、歩き出す。
「もう、だめよ」
胸のなかでつぶれかかっているもののけを見下ろす。もののけは、まっしろでやわらかく、まったく表情は読み取れないがつぶらな瞳は、リグをじっと見上げていた。
ふと、どこから声がでたのかきになって、リグは耳を近づけてみる。
すると胸の中でもののけが身動ぎをした。
「ぷぃー」
その控えめな鳴き声にリグはにんまりと笑顔をつくる。
ふと視線をはずすと、他にももののけたちが集まってきていた。
一番地はもののけの多い街だ、だが彼女はこんな数のもののけに囲まれる経験は初めてだった。
「わぁ、どうしたんですか。なにかのお祭りですか?」
やおらにぎやかになった足元に、リグは声をかける。
「リグちゃんに抱きつかれているもののけが呼んだのさ」
「え? あ、なんか私まずいことしました?」
先ほどの鳴き声は嫌がっていたのか。思わず手をゆるめると、するりと白いマシュマロみたいなもののけはリグの腕のなかから抜け出た。
「いや、そうじゃないよ。あんたが柔らかい、と。そういっているのさ」
「えーっと」
——褒められているんでしょうか?
反応にこまってリグは苦笑いを返すほかできず、足元にころがったもののけと視線を合わせるようにその場に座り込んだ。
「あ、こら。まて」
みると、先ほどリグにだきかかえられていたもののけが走って逃げ出そうとしていた。
「あ」
声をかけようとして、だができずに見送り、伸ばした手を所在無さげに下ろす。
「あいつめ、記憶を一人いじめするきさね」
座り込んだリグの前でつまらなそうにつぶやいたもののけは、くるりとリグのほうへ振り向く。
「あ、あのー。よく状況がつかめていないのですが」
「まぁ、つまりお前さんに抱き上げてもらいたいもの達の集まりなんだよこれは」
■
もののけにも、色々あるのだなぁ。
そんなことを考えながら、7匹目のもののけを抱き上げる。こんどは見た目以上に軽く、だが硬かった。
見た目は砂時計の中身のような均一なひょうたん型だ。中が空洞なのだろうか。そんなことを考えながら抱きしめる。無言でつまらないので、ぎゅっとしてみるが反応はなかった。
「あのー、皆さん私の事しってたりするんですか?」
「そりゃもちろんさ。というか、わたしらは君の実家から遊びにきているしね」
「……えーー!?」
軸を歩いていた少年がまた転びそうになった。
「先輩は、どうしてますか?」
「元気さ。あんたが考える以上にね。少なくても、あんたがとった行動は無駄じゃなかったってわけだ」
「そう、ですか。ならよかった……」
それ以上リグは口を開かずうつむく。
正直あまり知りたくないというのもあった。元気なのはそうだろう。
物理的な怪我を負っていたわけではない。むしろ、体調が悪くなる錬金術がなくなったのだ元気で居るはずだ。だが、つまるところそれは、
——先輩はやっぱり空を望まなくなったんでしょうね。
目の前でゆらゆらとゆれている、昆布みたいなもののけがリグの無言をただ静かに受け止めていた。
抱きしめたもののけが12人を超えたあたりで、リグは首を傾げる。
「そもそもなんで、私もののけさんを抱きしめてるんでしょう?」
「メイルじゃ、薄いしなぁ」
「?」
首をかしげる。
「モモちゃんもなー。まだまだ……」
「アーセルは金取られそう」
「何の話です」
「そりゃ、柔らかさの話だよ」
同時、突風が吹いた。
「うわわわっ」「きゃーー」「ピィーーーー!!」「おわあああああ」「ちょ、なにこれっ!」「風ーー」
ごろごろと転がっていく十数匹のもののけたち。
「貴様ら、邪魔をするなら消えてなくなるか?」
「あ、お帰りなさい」
気がつけば風車の羽の破片を担いだ少年が立っていた。相変わらず引きつってひん曲がって焦点の合わない目をした顔だったが、苛立っているのだけは分かった。
「別段貴様が己を安売りすることに意見はないが、見ていて気分のいいものではない。俺の居ない場所でやれ」
「え? え?」
わけが分からず疑問符を顔に浮かべるリグに、少年は舌打ちをすると、そのまま横を通り過ぎ歩き去っていく。
肩には、彼の身長の数倍もある大きな鋼材。
羽一枚で一キロはあるのだ、軸にのこった欠片といってもその大きさは想像を絶する大きさだった。
「とれたんですね、それさえあれば重量も強度も一気に理想値を超えます。しかし、さすがですねぇ、超軽量超硬度超靭性。何をとっても、今手に入る最高の鋼材ですよ」
「当たり前だ。しかしいいのか?」
「なにがです?」
少年は一度振り返り、検分するようにリグをねめまわす。
「もう残りは無いぞ。軸の接合部分の余剰すらはぎとってきた。これ以上手に入れようとするなら、別の羽を落とすしか、器用に削るほかない」
「別にそれだけあれば十分ですよ」
転がってあちこちに散らばったもののけたちが、気がつけばリグの足元に集まってきている。その先頭を、欲しいものが手に入って満足そうな笑みを浮かべながらリグが歩いていた。
――自分の作っていたロケットに興味なし、か。
「その科学に傾倒した思考は少々俺には理解できないがな。お前がいいならいい。王も、いっていた。他人には分からないものでも納得できることはあると」
鼻をならし、肩に乗っていた巨大な鋼材を担ぎなおすと少年はまたスタスタと歩きはじめる。
「あの、その王様ってどんな方だったんですか?」
「すばらしいお方だ。偉大で雄大で誰よりもやさしいお方だった」
「……随分抽象的、ですねぇ。背格好とか、見た目とか」
「ふむ。あの方が王座から降りて歩きまわれることは少なかったからな……たしか、このぐらいか」
そういって、少年は己の頭より少し小さいぐらいを指し示す。
「……自分の背格好ちゃんと認識してます?」
「あたりまえだ。大体今のこの体より少し小さいぐらいだ。間違いはない」
「え、えー。少年の王様、ですか」
「少年? いや王は女性だ」
「え」
さすがにこれには、後ろのもののけたちも驚いたのか動きが止まった。
「美しいお方だった。たわいも無いことでころころと笑って、愛らしいときもある。だが物静かで、まるで張り詰めた水面のように美しく儚い。この世の美のすべてを集めたといっても過言ではあるまい」
「えーっと、ロリコンさんですか?」
「バカを言え。王に懸想などするか」
背格好はまさに少女。目は大きく、美しい金色の髪の毛を短めに――
もののけたちはリグの後ろを歩きながら一生懸命その姿を想像した。
意識は記憶として共有されていく。
短い距離であれば意識は届き、そして広がっていく。
最初はゆっくり一番地にその金髪の小さな少女の姿は広がり、次第に上へ上へ速度を増しながら広がっていく。
記憶の波は、まるでゆっくりと柱が呼吸するように波うちそして17番地へと届いた。
日も暮れ始め、すでに街には街灯がともり始めた頃、一人のもののけがそれを知る。
「メイル」
口のなかでナットを転がして一日がくれようとしていたもののけは、ゆっくり天井にある柱の隙間から顔をだすと、下で作業を続けているメルに声をかけた。
「なに?」
「ちょっと、こっち向いてくれないか?」
「なに。忙しいんだけど。なんか用?」
不機嫌そうに顔を上げる。体は縮みどう見ても女の子から少女へともどってしまった彼女を見下ろして、思わずもののけは口の中からボルトを落としてしまった。
ぽとりと、しかし鉄のボルトは重力による加速を得てそれなりの速度で、
「いたっ」
メルの頭に落ちた。
金髪短めの髪の毛、目が大きく背格好は120〜30ぐらい。
「頭はよさそうじゃないが」
「な、なに!」
「あと、心も狭い。短気だし」
「意味もわからずボルト投げつけて、暴言まではかれて怒らないやつがいたら、病気だ! 降りてこい! 今すぐ、溶接にエリクシル使い切ってやる!!」
箱に猫耳をつけたようなもののけは、メルの怒声から逃げるようにまた天井の隅に隠れた。
と、メル、足元に転がった先ほど頭に落ちたボルトに目をやり、そして拾い上げる。
「……このボルト朝から探してた奴だ」
――これはまずい。
さすがに逆鱗ロイヤルストレート。
もののけは慌てて天井の物陰から走り出す。
「おいまて!!」
まるで獣のような身のこなしで、メイルジーンは一瞬にして天井に張り付く。
「ちょ、まってくれ。不可抗力というものだ。ボルトは、転がっていたのを拾っておいたのだ」
バチバチと空気を切り裂くような電精の流れる音が当たりに響く。
狭い天井の柱と柱に一匹と一人は四つんばいで向かいあっていた。
「へぇ。見つけたから、むしろ感謝しろって」
「そ、そうそう。そういうことだ」
「どこで拾ったのかだけ聞いてやる」
もののけの額に汗が流れる。
「こ、工具箱?」
爆音がとどろいた。
その音は外には響かず、工房へと通じる通路を通って晩御飯のしたくをしていたモモの耳にも届く。
だがその頃にはぼやけた小さな音になっていて、何の音だかモモにはよく分からなかった。
彼女は首をかしげ、一度台所から暗くなり始めた庭先を眺める。夜空には未だ早いが、いくつか明るい星が空に瞬き始めていた。




