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風車のある風景  作者: 神奈
本文
25/46

システム

 人がまだ、土の上に住んでいた頃の話だ。

 星は死にかけていた。それは、星の上に住む生命体の死滅ではなく、惑星そのものの死である。

 コアが冷え切ったのだ。

 磁力圏は消失し放射線が大量に降り注ぎ、海溝は次第に埋まり始め、山は削られ始めた。

 原因は分からず、知られず、調べられず、ただただ星の生命体みなは環境の変化に必死に生き延びることで精一杯だった。

 唯一それに対抗しようとしたのがアルソビアという王だった。

 彼がいったいどんな人物だったかを語る資料はなく、知る者はただの一人になっている。

 グリフジーン・ベルベット。この柱の創造者にして錬金術を開発した始祖である。


 ゴンドラが静かに止まる揺れを感じ、ゆっくりとリグは席から立ち上がった。

 目の前にいるのは、彼女がよく知る、自分に初めてできた後輩のニノだ。

「王は星が死ぬのを見逃せず、世界中に助けを求めたのだ。その頃はすでに、人類は退廃していて生活を支えていた技術の基礎はほとんど喪失していた」

 淡々と語る後姿は、やはり何度見てもニノのそれだ。

 ゴンドラの扉が開き、歩き出す。少年の小さな一歩に合わせて、背の高いリグはゆっくりと後ろをついて歩く。

「技術者は一握りしか存在せず、技術をただ運用することができるだけでも、三世代は養えるほどの貴重な技術職だった。貴様らには想像できんだろうが、ただの人間がボタンをひとつ押すだけでなくした半身を取り戻せる、そんな世界だった」

「御伽噺として聞いておきます」

 少年はハッと鼻で笑い、肩越しに振り返った。

 その顔はリグのよく知る後輩の顔ではない。

 歪に曲がった表情から感じるのは怨嗟のこもった視線。目に映るものすべてが憎いとばかりの視線だ。

 ニノを乗っ取ったグリフジーン。

 信じようが信じまいが、ニノがあんな目をするとはリグには思えなかった。

「証明できない事柄を疑う姿勢は褒めてやろう。俺も、もう何が本当で何が嘘かなど分からなくなっているしな」

 風上街一番地。人間が降りられる最下層の街。

 リグは真っ白に煙る一番地を見回し、胸に溜まった澱を吐き出すように息を吐いた。


 以前来たときとは大違いだ。メルもこんな風に息苦しかったのだろうか。

 そんなことを考えながら、先をいくニノの背中を追う。

「わずかとはいえ技術者、研究者と呼ばれるレベルの人間は存在していた。だが彼らは己の知識を差し出そうとはしなかった。システムを理解している人間は、それだけで暮らしていけるし、高い地位も約束されている。王の言葉に耳を傾けず、やつらは沈黙を貫いた。星が死ぬことより、己の地位が危うくなることを恐れたのだ」

「昔の話なんてどうでもいいんです。必要なのは――」

「まぁ、順番だ。基礎を知らぬ者に技術は扱えない」

 言い返せず、リグは押し黙る。頭をもたげるのは焦りばかり。

 グリフジーンの言ってることなんて、これっぽっちだって彼女の頭には入ってきてはいなかった。


 ■


 リグはこんな状況になったときのことを思い出す。


 崩れ落ちたメルに駆け寄り、目の前に座り込んでただ見ているだけのニノに文句を言おうと口を開いたときだ。

 それがニノではないと気が付いたのは。

「ロケットはどこだ。俺はもう十分に待ったぞ」

「だ、れ……」

「それに答えたらロケットの場所を教えるのか? グリフジーンだ。こいつの父親だ。さぁ、ロケットはどこだ」

 気味悪く歪んだ表情が張り付いたニノの口から出る言葉は、目の前の彼がニノではないと突きつけてくる。

 信じるにせよ信じないにせよ、目の前のニノがいつものニノではないことだけはわかった。

「先輩に何したの!」

「質問が多いな。別にどうもしない。ただ呪いを外しただけだ。もう空を望むことは、ない」

「え……なに、それ」

「そいつの空への渇望は、身体変調から来る条件付けだ。それを解除した。これ以上知識レベルを落とした説明を望まれても無理だ、理解できないのなら諦めろ」

 浅くだが、メルは確かに呼吸している。気絶しているといったところだろうか。

 体に目立った外傷はなく、しばらくすれば目を覚ましそうにも見える。

 リグはニノの姿をした何者かが言った言葉をゆっくりと反芻する。

 条件付け。身体変調。

 いつも、息苦しそうに空を見上げていたメルを思い出す。

 もしも男が言った言葉が本当なら、きっとそれはいいことだ。だが、それは同時にメルは空に、あの衛星へ行く理由がなくなったということ。つまり、

 ――もうロケットを作る理由がない。

 余計なことを……。

 とそこまで考えて、リグは真っ青になる。

 今、自分はいったい……何を考えた。

「ロケットはどこだ、リーズフリオ。お前のことは、この体が知っている。そろそろこっちの質問にも答えてもらおう」

 ギブアンドテイクぐらい、愚かな貴様でも分かるんだろう? 男は語尾にありったけの嫌味を乗せて笑う。

 だがその嫌味にリグは反応できなかった。

 自己嫌悪に吐き気を催し、必死で胃液を飲み込むので精一杯だった。

 と、目の前に影が落ちる。

「お嬢様、不法侵入者は私が対応いたします。申し訳ありませんが、メル様を連れてお下がりください」

 すんでのところで、リグは崩れ落ちる自分の体を支えた。

「早く!」

 凛とした言葉に、弾かれるようにリグは倒れているメルを抱えて立ち上がる。

「礼儀どころか、常識すら欠如してるのか」

「礼儀をわきまえていないのはあなたの方です。この家は、現ベルフレア社CEOクリス・グリーフベルア様の邸宅です。許可なき者に開く門はありません。即刻退去願います」

 モモの声を背に、リグは歩く。玄関までの距離が長い。こんなに遠かっただろうか。

 腕の中に納まったメルを見下ろし、そこで、

「あっ」

 床に開いた穴に躓いて盛大に倒れた。メルを下敷きにして、べちゃりと不恰好に前からそのまま。

「せ、先輩。ごめんなさい! 大丈夫ですか」

 心配をよそに、メルは特に何ともないかのように、目を閉じている。

 ――よかった。

 と、閉じられていた目がうっすらと開いた。

「あ、あぁ。リグ。随分気持ちのいい朝だね」

「先輩……」

「なんか、今日はよく寝れそうなんだ……もうちょっと」

 そう言ってまたメルは目を閉じた。

 心の底から気分がいい、とばかりに彼女は寝息を立て始める。

 何もかもから開放されたような、安らかな寝顔。それを見るだけで分かった。

 それだけで十分だ。納得したといった方が正しいだろうか。

 もう、彼女は空を望まないのだと。

「ロケットはどこだ」

 モモのことなどまったく気にもかけず、男はただリグに語りかけてくる。

「……そんな、欲しいんですか? ロケット」

 もう何もない。何もないのだ。空に行く手立ては、何もかもなくなった。

 床に気持ちよさそうに寝転がったメル。

「必要だ。俺があそこへ行くためにな」

「まだ完成してません。ロケットは飛びませんよ」

「はっ、必要な技術なら俺もある。錬金術で補助できればさらに楽だ。そもそも、スターゲイザーに記されたロケットの基礎理論は俺が残したものだ心配しなくていいぞ。作業時間を短縮するために貴様が途中まで作ったロケットをもらうと言っているだけだ。俺はあそこへ行かなければならない。ロケットはどこだ」

 リグがゆっくりと立ち上がる。

「お嬢様……」

「あなた、本当にあの星まで行ってくれるんですか?」

 嫌な予感がして、モモは息を飲む。だがリグもまた、モモを見てはいなかった。

「行くさ、そのためなら何だってやる。何だってやってきた。王との約束だからな。約束は違えないものだ」

「そのために何人殺しても、どれほどの人間の人生を狂わしても、あなたはやるんですか?」

「こんな寄生虫どもに興味はない。邪魔をするなら排除するだけだ。無論邪魔をしないというのなら、別段害するつもりもない。今もこうして交渉に来ているだろう。交渉が決裂するなら、障害を排除して手に入れるまでだ」

 ニノが、いやグリフジーンが立ち上がった。

 リグもまた、応えるように立ち上がる。彼女の口元は引き結ばれていて、感情は読み取れない。

「ロケットは、そもそも、先輩専用に作ってますからあなたには使えない。作業短縮にはなりません」

 リグは力いっぱい親指を握り込みながらグリフジーンを見据えていた。

「あの星まで行ってくれるんですよね? いいですよ、ロケットはあげませんが手は貸します。ニノ君の体じゃ何かと不便でしょう? それに私個人の資金なら出します」

「お嬢様!?」

「……なるほど、悪くない条件だ。では、俺の工房に来い」

 一瞬思案し、そしてふむと頷くとグリフジーンが手を伸ばす。

「ひとつだけ、条件があります」


 リグはグリフジーンの手をしっかりと握った。


 手に伝わる感触は冷たく硬い。もうニノが戻ってこないのだと、リグは理解した。メルもまた、二度と空を望まないだろう。

 知らずに頬を伝った涙が、頬の熱を奪っていく。

 ――ごめんなさい。

「あなたが持ってる知識、技術、包み隠さずすべて教えてもらいます」

「いいな。仕事仲間も、家も捨てて知識欲を取るか。ついてこい、お前が理解できるかは知らないが、教えてやる」


 ■


 巨大風車の羽に巻き上げられる雲が充満する街は相変わらず真っ白で湿気が酷く、そして肌寒かった。

 一番地の変わらない様子を眺めながら、リグはニノの姿をした後姿を追いかけ続ける。

「馬鹿どもが王を困らせたおかげで、星の死が来る前に人類が絶滅しそうなほどだった。新たな技術が必要だった。過去の喪失した技術に依らない新しい技術体系だ。いくら俺が天才とはいえ、零からの技術体系を作り上げるのには時間が必要だった。その間も人は死に続けた。その頃からか知らないが、人を特殊な容器に入れて埋葬するのが流行ったらしい。円錐形の白い塔のような容器を地面に打ち立て、そこに死体を詰め込むのだ。気が付いたときには、そんな白い塔ばかりが目立つ風景になっていた」

 エリクシルを知っているか。そう言って、グリフジーンが振り返る。リグは静かに頷く。

「あれは、その死体を詰めた容器から見つかったものだ。俺が見つけた」

「なっ」

「言わなくてもいい事実を教えてやろう。お前は聞きたくもない事実を知れ」

 つまりそれは、

「この柱は。この世界は。過去に地上で生きていた人間の死体の上に成り立ってる。いや、正確には違う。死体からエリクシルが生成されるのが分かり、それが燃料になると分かった。では次に何が起こるかは分かるな」

「……やめて」

「燃料のための殺人だ。貴様らは、その大量の命の上に立ってるのだ。まぁ、王がすぐにそんなアホなことは止めさせたが。俺のその発見を人の命を食う悪魔の技だというアホな世論も王が押さえ込んでくださった。だが事実は変わらん」

 ニノが立ち止まった。気が付けば見覚えのある路地、たしかこの先を曲がったところにヘルヘイズヘブンの本社があるはずだ。

「ここだ。入れ、すぐに作業を始める」

 湿気にいくらか崩壊しつつあるが、しっかりと家の形が残っていたそこに、グリフジーンはスタスタと入っていく。

 慌てて追いかけるリグ。

「錬金術を使うということはそういうことだ。覚えておけ。最初は倫理なぞは知らんが正しい食物連鎖だった。強者が弱者を食うという、な。だが、お前たちは違う。お前たちは、強者にしがみ付いた寄生虫だ。理想的な食物連鎖は本来完全な円を描くものだが、寄生虫によってロスが生じる。俺があの衛星へ行く理由を教える必要はないが、これだけは覚えておけ、リーズフリオ・グリーフベルア」

 名前を呼ばれてリグは思わず立ち止まる。

 振り返ったグリフジーンは、手を一振り。かすかに鼻にオゾンの匂いが届いた。

 薄暗い部屋に明かりが灯っていく。埃は一切なく、今でも人が住んでいるとしか思えない綺麗な部屋が光によって照らされていく。

 眩しくて思わず目を細める。

「貴様らは寄生虫だ。共生できぬのなら柱は、いつか貴様らを排除するぞ。俺の存在など関係ない。全ては、あるがままそうなるようにできている」



評価、ブクマ、ありがとうございます。とても励みになっております。

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