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風車のある風景  作者: 神奈
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遠い空の向こうに

 夕日が差し込むガレージを、応接室の窓から眺めると、まさにこの夕日を見るためにガレージをあつらえたのではないかというぐらいぴったりと夕日がガレージの入り口と重なるときがある。

 今日は丁度その日だったらしく、リグは応接室の机で頬杖をつきながらその夕日を眩しそうに眺めていた。

 ガレージには、最近リストアを終えた中古の発電機が鎮座している。夕日に照らされたソレは、赤と黒の色以外を忘れたみたいに強烈なコントラストに描き出されていた。

「やぁ、リグちゃんなにしてるのぉ~?」

「きゃああああああ!」

 いきなり視界に現れたユズに、リグは思わず大声を上げのけぞる。

「わ、わわ……んぎゅ」

 そして体勢を崩し倒れた。


 真っ赤に染まる応接室も、もうすぐに光は入ってこなくなるだろう。今日最後の太陽の光の中で、リグとユズは向かい合って机を覗き込んでいた。

「ほー、これがロケットですかぁ」


「作れそうにもないんですけどね」

 設計上、理想値に近い材料が手に入ればいつだって空に行けるものではある。だがそんな都合のいい材料なんてありはしない。熱に強く頑丈で有害な電波を防ぎ軽くそして加工しやすい素材。

 バカらしい。今日日漫画の主人公でも、もう少し地に足のついた設定である。

「んーふふ。メルに断られたのかなぁ?」

「え、分かるんですか?」

「メルは、仕事以外で錬金術使いたがらないからねぇ。これに必要な材料がどんなものか、もののけの私には判らないけどさぁ、少なくとも錬金術でも使わないと作れないんでしょ? 風車のブレードも、こんな数字じゃないものねぇ」

 軽く頑丈で、腐食しないかなり特殊な素材で風車の羽はできているが、大量生産と大量の需要のおかげかそこまで高価なものではなくなっている。

 風車に利用される羽は、技術的には常に最先端の技術が使われている。そしてその素材がはじきだす数字は、リグが欲しがっているものに足りない。

 いくつかには使えそうだ。

 だが熱に弱く、熱膨張を推進力に利用したロケットエンジンの噴射口部分にはまるで無理だ。

「ねぇ、リグちゃん。どうして空いきたいの? 高所恐怖症でしょ? 技術者の好奇心ってやつ?」

 ユズの素朴な疑問に、ゆっくりとリグは顔を上げた。

 その顔は少し寂しそうで、だが決して揺るがない芯の通った意思のある表情だった。

「昔は――

 昔は、高所恐怖症じゃなかったんです。

 リグはぽつぽつと語り出した。


 子供の頃は、メイドのモモと屋根にだって上っていたのだ。

 足元のおぼつかない夜だって、別段怖い事なんてなかった。むしろ好きなほうだったかもしれない。特に広い庭を見下ろすのは好きだった。

 この世界が豊かで、何もかもが満たされているとそう錯覚できたから。

「別に、これといったトラウマがあるわけじゃないんですよ。屋根からは落ちた事もありますけど、別にそれで高いところがダメになったわけじゃないんです」

「えぇ、いや屋根から落ちたって。そんな簡単に言っちゃだめでしょぉ~。大事だよぉ」

「あ、いえ。本当にたいした事じゃ無いんです。モモが受け止めてくれましたし。怖くなかったわけじゃないですけど」

「ほほ~さすが耳長だねぇ」

「ええ、それに彼女は体術ならっていたんで」

「たいじゅつ? 今のメイドさんは何でもするんだねぇ」

 リグは笑いながら首を振る。

「うちは、数より質という考えなんで、なんでもする使用人、じゃなくて何でも出来る必要があるんです。モモも子供の頃からずっとその教育を。……すみません、話がそれました」

「モモちゃんのこと、大切にしてるんだねぇ」

「そうですね、大切な幼馴染です」

 そんなリグをみて、ユズは少しうらやましくも思う。


 ユズは、自分にはそういったものがあるのだろうかと、ふと自分の属する環境を考えるが、すぐには思いつかなかった。

「他にも色々あったとおもいます。高いところが怖くなった理由は。全部おもいつかないですけど、多分一番は――」


 この世界の構造だ。


 雲海からぽつりと突き出る二本の柱。ただそれだけ。

 いつ折れてもおかしくない、折れないかもしれないが折れてもおかしくない。

 そうでなくても、外側に必死に張り付いている街が落ちることなんて、別段夢物語などではない。実際、

「13番地だと思います。私の家17番地なんで全然しらなかったんです。9番地の上に落ちた街の話」

「あぁ……あそこかぁ」

「昔父の仕事の手伝いで、唯一の物的資料ということで落ちた13番地を見に行くことがあったんです。そのときは13番地だなんてわけもわかってなかった頃でしたけど。ユズ先輩は見たことありますか?」

「あそこはもののけの街だからねぇ、結構みてるよぉ」

「じゃぁ、支柱の破断面みたことありますか?」

「破断面?」

「街を支える、支柱があることは知ってますか? 小さい街でも一つはある柱です」

「んー、中央通りの下に良く走ってる支柱のことかなぁ?」

「そうです、それです。絶対に折れない、街を支える要の柱」

 そして、唯一折れた13番地の支柱。


 13番地を支えていた支柱は十本あった。街を大きくするという名目で、最初から多めに用意されていたものだ。現在の工法でも必要になる支柱は大体五本。

 一体どこまで13番地を大きくしようとしていたのだろうかと思うと、それだけでも自然と体が震える。

「硬化グリフ鋼を基礎に、硬化軽量の呪いを編み込んだ触媒層を挟んで、グリフ鋼以外にもフュート柔金やゲルドタイト、だいたい……八百層ぐらいの合金編んで重ねた合板を丸めて中空構造にした柱です。今も昔もこれは変わっていません。それを柱に突き刺して固定して……」

 その柱が固定部分からではなく、中央から引きちぎられているあの風景を思い出した。

 思わずリグは己の肩を抱く。

「一度だけ、空から見たことがあるよぉ、十本の柱」

「錬金術が切れた瞬間、合金部分から引きちぎれたんです。電精の供給が切れたとたんこれです。私達の技術はそんなものなんです。錬金術におんぶ抱っこ、そして人間の私には錬金術は触れない。それが怖くて」

 いつからだろうか、足元がおぼつかなくなったのは。いつからだろうか、歩くたび床がきしみをあげてる幻聴を聞き始めたのは。

 いつだって床が抜けて空に放り出される自分を想像している。

 と、いきなり肩を抱かれる感触にリグは驚いて顔を上げた。

「大丈夫だよぉ~。もしかしたらエリクシルが必要の無い柱が作れるかもしれないしねぇ」


 もののけには体温がない。彼らの体はもとより生物より無機物に近い。だけれども、なぜかそんなユズの腕が、肩に回された彼女の腕が、涙が出そうなほど温かかった。


 ■


 リグと違ってギアボックスを任せられるニノは、想像以上にメルにとって役立つ存在だった。起電陣などの錬金術が使われている風車の修理はいつもできるだけユズに回していたが、ニノが来てから幅が増えた。

「休みを取れるようになったのはいいことだけど」

 だがやはり、リグのようにはいかない。ニノの技術が悪いわけではない、むしろこんな子供にしては驚くべき技術だ。どこで仕事をしても恥ずかしくないほどに。

 だがやはりニノはリグではない。

「終わりました」

 するすると柱を器用に降りてくるニノ。体が小さいので、なんだか風車が大きくも見える。

「おつかれ」

 言いながら、見上げた空の真ん中に光星に目を奪われる。

 見下ろしていたニノがつられるように空をみあげ、星を見つけた。

「星、ですか?」

「柱から一番近い星……、だってさ」

「月よりも近い星なんてあるんですか?」

「……ニノは物知りだね。あるんだってさ、人の手で打ち上げられた星だっていってた」

「すごい錬金術もあるもんですね。風車にでも使えば――」

「いや、ないよ」

「え?」

「グリフジーンじゃないの? でも今そんな技術はなくなってるよ。作れやしない」

 軽量の呪いを幾ら重ねても重さはなくならない。あの高さまで打ち上げられる力は途方もないものになるだろう。絶望的に高い天井だ、とメルはため息を吐き出す。

「錬金術くわしいんですか?」

 ニノの目が静かに自分を見つめているのを意識しながら、視線を動かさずメルは口元に笑いをつくる。

「まさか。ただの風車修理工が詳しいわけないじゃない。慰め程度にしかしらないよ」

「断定するような言い方をされたので。いけない、と」

「……ま、どっちでも変わんない。少なくとも私には無理」

 その言葉は、まるで呪いみたいに体にしみこんだ。

 軽量の呪い。材質の効果変質させた強靭なロケットを打ち上げる。柱と同じ気圧や気温を保存させるエンチャントを維持。

 全部そろえば地上三万キロの超高高度へ上るゴンドラは、あの星に到達する。

 手を伸ばしても届きそうにもない。


 そこは、この世界でいっとう高い場所だ。


「メルさん、クライアントへの報告にいってきますね」

 言われてメルはようやく現実に意識が戻る。

「あ、あぁ。ごめん、ありがとう」

「いえ」

 歩き出したニノの背を見つめ、ため息を吐き出した。


 日は既に暮れ、夕日に染まる街中を荷物を背負って歩く。子供だというのにニノもしっかりと荷物を背負っていた。想像以上に鍛えられているらしい。

「ニノ。ニノはあの星までいけると思う?」

「高さもしりませんが……技術的にはいつか可能になるんじゃないですか? 今も後ろの柱へいくための飛翔艇は効率化されていますし。しかし、なんであの星へ?」

「いや、理由なんて無いんだけど。私は高いところが好きだから、もしもいけたらいいなぁって、そう思っただけ」

 自分は今どんな顔をしているだろうか。メルは無理やり顔を崩して俯く。

「そうですか。……どうしました?」

 ニノの目の前に立ってメルは静かに手を差し出していた。

「荷物もつよ。重いでしょ?」

「え、あ。はい」

 素直に渡してから、思わずニノはしまったという顔をする。

「あ、すみません、大丈夫ですから――」

「気にしない。耳長にはこんなの重くもなんともないから」

 身長だけでいえば、ほとんど同じ年の姉弟にすら見える。


 二つの影は、ふらふらと人ごみを掻き分けながら街道を柱のほうへ。ヘイズ22番地支店はもう少しで見えてくる。

 両肩にかかる重さが、今はいやな思考を奪ってくれる。何も考えず目をつぶり諦めるのは楽でいい。目の前に与えられた作業を淡々とこなして時間をつぶしていくのだ。

 明日まで、明日になったら明後日まで、明後日になったら明々後日に。

 一つ一つ時間をつぶして先へ進めばいい。

 きっとそれは一番楽で一番確実な方法。

 見てもいないのに、頭上で星が光っている気がした。意識している自分だけは、皮肉なほどはっきりとわかっている。


 ■


 すっかり日が落ち、ガレージには小さな照明でおぼろげに照らし出された発電機が静かにたたずんでるばかり。

 応接室から二つの影がその発電機を眺めていた。

「こんなのが作れちゃうんだから、いつか出来るようになるよぉ、うんと頑丈な支柱」

 リグは、ユズの根拠のない言葉が嬉しくて、思わず笑う。

「そう、ですね」

「んんふふ、あ、そーだ。リグちゃんの秘密を教えてもらったお返し、しないとねぇ」

「別に秘密ってほどでも」

「私はよくわからないんだけど、このロケットの設計書どおりの材料がそろえばいいのぉ?」


「え? えぇ。そしたら少なくても問題はロケットエンジンの出力と生命維持装置だけになります。こちらは、錬金術ではなく装置の開発になりますから」

「あとはメイルに錬金術を使ってもらえればいいと~」

 リグは顔を上げる。

「いや、結局先輩がこれ作れるかどうかは判らなくて……」

「んー大丈夫でしょ、メイルなら」

「そんなに先輩はすごいんですか? これ工房でも不可能でしょって先輩に言われたんですけど」

「じゃぁ、なんでリグちゃんはメイルに聞きにきたのん?」

「え、そりゃ知り合いで錬金術が――」

 モモが言っていた、のもあるだろう。嬉しそうに錬金術を使う彼女を見て、メルならば、そう思ってしまっていた。

「たぶんその直感はあってるよ~。それにメイルは、錬金術は使わないといったけど出来ないって言ってないでしょ?」

「へ、屁理屈じゃないですか」

「大丈夫大丈夫~。きっとメイルは手伝うっていうよぉ~。どんとまかせてぇ~。あ、それと」

「はい?」

「リグちゃんはどうしてあの星行きたいの?」

 ユズは背を向けてくねくねと体を揺らしているので、リグからは表情が窺えない。

「先輩の病気です。前みたいに倒れたら大変ですし……」

「本当に? 本当にそれだけぇ?」

「……スターゲイザーっていう本しっていますか? 先輩から借りたんですけど」

 と、いきなり出された本の名前にユズは首を傾げる。

「そこに書いてあったんですよ、星のこと」

「へぇ、だからいきなり星にいくんだーとか、言い出したのねぇ。納得がいったよぉ~。つまり星になにかあるのね?」

「――喪失されたとしている浮遊、飛翔の錬金術の起動を確認。だが、もののけの発生は未確認」

 本に書かれていた一文だ。流し読みしていたら絶対に気がつかないほんの一行ちょっとの文章。

「へ……へぇ。へへぇ。そんなこと、が」

「あ、そうです。もののけさんは、もののけを増やしてくれるクリエイターさんを異常なほど大事にするって聞いたことあります。錬金術が増えるのは、いいことですよね?」

 自分のやってる事の後押しが欲しいのか、詰め寄るようにリグはユズをすがるように見つめる。少し呆けるように反応がなかったユズが、深呼吸をしてようやくリを見据えた。

「んふふ~、そりゃ私達はねぇ。リグちゃん、別にもののけが増えても困るだけでしょ?」

「その錬金術へのエリクシルの供給は、太陽の光だけで発電できる装置で行われているそうなんです。もしも本当なら世界はかわります」

 空飛ぶ技術なんて、私はお断りですけども。そう言ってリグは苦笑する。


「んー、人間はそれがあると嬉しいのかなぁ?」

「実用化されれば後ろの柱にだって簡単にいけます。もう街が落ちることだってなくなるんです。もっと土地が広げられる、そうすれば……どうなんでしょうね。嬉しいんでしょうか」

 語尾は小さくなり風の音にかき消された。

 技術と商売のために、メルを危険な空に打ち上げようとしている自分を自覚してリグは下唇を噛み締める。

 最初の熱意は、きっと昔に見ていた夢物語のせいだ。そして後押しするように見つけた、衛星に残った喪失してしまった錬金術と、太陽の光だけで発電する未知の科学技術。

「技術の発展は、人類の、いえ、この柱に住むぐむ」

「リグちゃん~」

 むぎゅっと頬をつままれ、リグは言葉をつまらせた。

「リグちゃんは、どうしてメイルをあそこに?」

「……。この設計図を描いたときは、たぶん嘘でした。モモを喜ばせたいってそれだけで。約束したんです、いえ見得を切ったんです私。星にだっていけるようになるって。錬金術をつかえないモモに、科学だってすごいんだって言いたくて」

 結局モモは錬金術を手に入れた。だからこそなのかもしれなかった。もうモモは自分がやっている事に理解を示してくれなくなってしまうのではないか。科学技術など大した事のないものだと、思われてしまうのではないか。自分が不安なのだと、ようやくリグは理解した。

 兄も父も、自分が風車修理工になる事を止めた。



 実際、ヘイズに入るまでに面接した風車修理業者はみな、女などと笑うばかり。錬金術も使えない人間の女が、風車の修理にどう役に立つのかと笑う。名前を明かせば、今度は何の冗談だと逃げられる。

 自分が子供の頃から必死になっていじくってきた歯車は、知識は、風車は、意味なんてなかった。

 そう思われてしまう。それが怖かった。

「そう、ですね。だから最初私は自分の手だけでロケットを作ろうとして――」

「メイルにお願いするなら、私けっこう自信あるんだよねぇ。どうする?」

 ――風車だって錬金術と科学技術のあいのこなのに

 可能性があるなら足掻こう。そう思った。

「そうですよね、はい。お願いします。ユズ先輩」

「おっけー。どんとまかせとけぇ~」

 ユズの根拠のない自信に、思わず苦笑いをかみ殺した。


 そういえば。そう言って、今まで無言だったニノがメルのほうを振り返ったのはもうすぐ会社に着くかというところだった。

「なに?」

「なぜか、メルさんの経歴の開示がなかったんですけど。他の方は一応会社から経歴を教えてくれましたが。あぁ、リグさんはまぁわかるんですけど」

「あれ? なかったかな? さぁ、あれはヘイズが管理してるからね私はしらないな」

「そうですか、あのせめて名前だけでも」

「なまえ? メルでいいよメルで」

「ユズさんはメイルってよびますよね?」

 随分とつっかかるな、とメルは思わず身構える。

「メイルだから、略してメル。別におかしい話じゃないでしょ? リグが実家でリズって呼ばれるのと同じだよ」

「確認ですけど――」

 前置きをして、ニノは静かにメルを見つめる。もうとっくに日は暮れていて、家の窓から漏れる光と月明かりだけが二人を照らしている。

「メイリードという耳長の方をご存知ですか?」

「さぁ? ……ん~、どこかできいたかな」

「メイリード・ベルギスという名前なのですが」

「あーあぁ思い出した。クリエイターでしょ? 最近名前きかないけど。そいつがどうかしたの?」

「いえ、名前が似てらしたので関係があるのかと」

 耳長の名前というのは、両親の名前を貰うような形で付けられるため、ある程度の関係性が見えてくる。逆に言うとそれ以外に意味のない記号だ。

「偶然でしょ、あんなやつは知らない。関係なんてないよ」

 ぴしゃりと言い切るメルの事を、一瞬ニノは窺うように見据えたが、すぐに背を向けて歩き出した。


「すみません、ただ気になっただけですので」

 するとすぐ横にメルが並んできた。

「この会社に入る前はふらふらしてたからね、それで経歴なんてないの、だから多分会社にも資料は残ってないと思う。多分ヘイズが気を使って隠してくれたんだと思うよ。気にする事ないんだけどね」

 恥ずかしい話だね、とメルは笑う。

「なるほど、すみません変な事を聞いて。あまりに錬金術使うのが上手かったので、てっきり親族なのかなと」

「錬金術は嫌い。仕事なら仕方が無いけど、仕事ももっぱら機械いじりばかりで起電陣なんて殆どいじらないしね。それに錬金術は肝心なところで役に立たないし……」

 アーセルの事を思い出し、思わずメルは右腕を掴む。あまりにも力強く掴みすぎて、作業服が軋んだ。

「そう、ですか」

「そういうこと」

 目の前にヘイズヘルヘブン22番地支店の看板が見えてきた。ガレージは半開きで、中からかすかに光が漏れている。リグがまだ作業でもしているのだろうか、発電機のリストアでガレージを使っていたはずだが既にガレージのほうに光はついておらず、その奥の応接室から漏れてくる光だった。

「まだ、いるのか。さ、荷物おいたらさっさと上がろう」

「はい、お疲れ様です」

「お疲れ様、ニノ」


 既にリストアが終わったピカピカの発電機がガレージの中央で鎮座していた。

「綺麗ですね」

 その発電機は大きさは家一軒分近くある巨大なものだった。工場用の風車である。

「私は、運び入れたときの苦労以外思い出せないね……」

 実際運搬業に携わる耳長十人を動員して軽量化の呪いをかけ続けながら必死にここまで持ってきた物だった。

「これをまた戻すんですよね」

「またあの騒ぎさ。想像したくも無い」

「これを一人でリグさんが……」

 みれば応接室でリグがこちらを見ながら手をふっていた。

「せんぱーい、お帰りなさーい」

「お疲れ。リグ」

 応接室の光を受けて、油に濡れた金属の表面がまるで液体のように滑らかな輪郭を浮き上がらせている。

 それは触ってしまったら、すぐにでも崩れてしまうようなそんな儚さにすら見えた。

 気がつけばメルは発電機に手を伸ばし触れていた。

 機械油独特のすべる感触。ふと目に入ったのは発電機の中央を貫く巨大な軸。家一軒分ほどある発電機の上部は普通の家の屋根ぐらいの高さだ。

 見上げていた軸の影で何か動くものがあった。

「や、メイル~」


「ユズ。なにしてんの。発電機壊す前におりておいで」

「せめて危ないからって言って欲しかったかもぉ~」

 言いながらもユズはするすると発電機から降りてくる。

「ねね、メイル。ちょっとお願いがあるんだけど~」

「休暇ならこの前とったばかりでしょ?」

「や。違うよぉ~。あのねぇ」

 ユズは振り返り、応接室の窓からこちらを見ているリグに目配せを一つ。任せとけ、とばかりに腕を振り上げた。

「リグちゃんのために、錬金術使って欲しいかなぁって」

「無理」

 それは迷いも容赦もない即答だった。


 ニノが荷物を置いて、応接室の奥にある勤怠管理に使われている黒板に作業終了の印を書き込んだ。

 背後で、ユズが不満の声を上げているのを聞きながら、彼は表情も変えずに応接室を見渡す。

 中央に置かれた大きなテーブルには、今紙が広げられている。ロケットの設計図である。

「ニノ君も、お疲れ様」

 ガレージを覗き込んでいたリグが振り返る。

「お疲れ様です、リグさん。検収書ここにおいてきますね」

「はいはーい。飛ばないようにしておいてね」

 しっかりしてるなぁ、と独り言のように呟きながらリグは窓から離れるとソファに座る。


「お仕事なれた?」

「え? えぇ、はい。皆さん良くしていただいてます」

「よかった。もう帰る? お茶ならあるよ」

 言いながらも答えを聞く前に、既に湯飲みにお茶を入れ始めているのを見て、ニノは苦笑を隠せなかった。

「そうですね、じゃぁちょっといただいていきます」

「ごめんね散らかってて」

「これ、ロケットの設計図ですよね?」

「え? うん、そうだよ。でも、夢物語なの」

 リグの言葉に、ニノは首を傾げた。

「どうしてですか? 見た感じ、すぐにも作れそうなほどしっかりしてますけど」

「確かに作れなくはないよ。グリフ鋼の半分の重さで、強度をそのままで、熱伝導率を十分の一。そんな夢みたいな素材があれば、だけど」

「……それはまた随分と」

 町を支える現技術最強にして最軽量の素材であるグリフ鋼を超える素材など、手に入りようもない。ニノにも、無謀だと理解できただろう。

「メルさんは、作れるんですか?」

 窓越しに、ユズと大騒ぎでやり取りしているメルを眺めながらニノが言うと、リグは何も言わず首を振った。

「そうですか。……そうだ、リグさんはメルさんの本名ご存知ですか? 誰も教えてくれなくて」

「え? 先輩の名前? あ……そういえば、しらないかも。うわ、わたし先輩の家もどこにあるか知らない」

 リグは今更ながらに、何も知らなかった自分に驚く。

「やはりご存知ないですか」

「あーでも、ユズ先輩はしってるかも」

 煮え切らないニノの表情に、リグは笑って答える。

「あーあ、結局ユズ先輩でもだめだったかぁ。ニノ君はなんか知らない? 夢見たいな素材を作る方法」

「え? いや錬金術は使えませんよ。人間ですし」

「あははは。違うって、知り合いとかでグリフ鋼の材質変化できそうな人。工房に勤めてる人とか」

「十歳ちょっとの僕より、リグさんのほうが知り合い多いと思うんですが……いざとなればベルフレアの」

 そこであわててニノは口を噤む。


「うちの錬金術部門は、いつも別の会社にお願いしてたのね。だから、私が直接お願いできる人にはいないんだよねぇ……って、ユズ先輩!」

 リグの声に視線をあげると、ユズが泣きながらガレージを飛び出していくところだった。

「うわーーん、メイルのバカぁ~~!」

 取り残されたメルは、疲れたとばかりに頭をかいて応接室のほうへやってきた。結局ユズでもだめだったのだ、とリグはため息をつく。メルが開けた扉の音は無機質で乾いていた。

「先輩、ごめんなさい。なんども……」

「あー。どうせユズが勝手に言い出したんでしょ。あいつリグのことお気に入りだからねぇ。初めての後輩ができたーってリグが来たとき大喜びしてたし」

「え、そうなんですか?」

 結局仕事は真面目にならなかったけど。そう言ってメルは、笑いながらニノの横に腰をかけた。

「私にも一杯頂戴」

 手馴れた手つきでお茶を入れようと、リグは湯飲みに手を伸ばす。

「あ、僕が」

「いいからいいから」

「リグはニノのことお気に入りだね」

「え? えぇぇ、いや、やや。べべべつに、そんな。ニノ君まだ十歳ぐらいじゃないですかっ」

 あわてたリグの手から、お茶がこぼれる。

「あー」

 設計図の上に広がるお茶。古い紙で出来た設計図は、容赦なくお茶を吸い込んでいく。

「いやあああああああ!!」

 リグの叫び声は、夜道を泣きながら走っていたユズの耳にすら届くほどだった。


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