ココニイルコト
こちらは、漫画として同人誌で発表された元になるシナリオとなります。
漫画にかんしては、下記URLより閲覧が可能です。
https://twitter.com/ZUOmQbOOjYNlMts/status/1240512916287180800?s=20
霧が出ていた。空は白く煙り、まるで閉じ込められているような錯覚すら覚える。お前はどこにも行けやしない、そんな事を言われた気になって、急に息苦しさを思い出した。
9番地よりさらに下ると、巨大な風車が見え隠れし始める。半径一キロもあるその羽に巻き上げられた雲、それが霧の正体である。
風に流され、白い雲が描く風の軌跡を眺めながらメルはガラス張りのゴンドラから地平線を眺めていた。
「これも、そうなんですか?」
背後からかけられた声に、肩越しに振り返ればリグがゴンドラの隅にうずくまって壁を叩いている。
「ん? あぁ強化してあるかって? さぁ? 古いししてないんじゃない?」
「そうですか……先輩、あの」
「だから、無理だってば。私は錬金術師じゃないから」
にべもない否定に、リグは何も言えなくなる。
休みを繰りあげて22番地支社に戻ってきたのはいいものの、結局空に行く素材を作る頼みの綱であった錬金術による強化は出来ない。そうメルに言われたのだ。
「工房でも出来ないもの、私が出来るわけないでしょう?」
視線を下に向けて、吐き出した言葉は響かず床に落ちる。
リグは知っている。メルの錬金術の力量がどれ程かは判らない。だが知っている。彼女が、何かをごまかすときはいつも下を向いていいわけをするように言葉を吐き捨てる事を。
本当は出来る。もしくは似たような事で可能である事を知っている。が、したくない。
――という事だ。
「先輩、あの星まで行きたくないんですか?」
「……いけるなら行きたいけど。でも、ダメなら諦めるよ」
そもそも無茶なのだ。であれば簡単に諦められる。
だがリグは見てしまった。
あと一つピースがはまれば、今すぐにだって作り上げられる自信があった。頭は絶え間なく数字を計算し、幾度となくシミュレーションを繰り返す。
自分達は守られている。
人が住みやすい気圧と温度を保ち、星の外からやってくる有害な電波を遮断する柱。
人は守られている。
そんな柱と星の保護圏を振り切って遠くまでいく意味など無いのだ。
無謀なことに挑戦して命を危険にさらして得られるのは、せいぜい賞賛ぐらいのものだ。
先ほどから静かにメルの横で丸くなっていたもののけがゆっくりと顔を上げた。9番地でのってきたもののけだ。
オコジョのような長細い胴体とつぶらな瞳が可愛い。
彼はゴンドラの中をみまわして隅で震えるリグを見つけると、するすると近づいていった。
「きゃっ……え、と」
少しひんやりとした肌触りに思わずリグが声を上げる。
「心配してるんだよ。さっきからずっと震えてるから」
「きゅきゅ」
鳴き声がかわいらしくて、リグは思わず笑みを漏らす。
動物をなでるように、手を伸ばしてもののけの頭をなでると、
「わっ。な、なになに? 静電気?」
静電気のようなものが走った。
「電精だね、そのもののけの生態錬金組織みたいだけど」
「生態? れん?」
首を傾げるリグ。
「もののけが持ってる自分だけの錬金術のことだよ」
「つまりこのもののけさんは、電精を出す錬金組織を持ってるわけですね」
「いや、どうだろう? 起電陣みたいなことできる錬金術があったら、そりゃ大発見だけど」
苦笑するメルに、リグは首を傾げた。大方エリクシルの属性変換だろうとメルは考える。
「先輩錬金術わかるんじゃないんですか?」
「仕事でもないのに、錬金術なんかつかわないよ」
「そうなんですか……」
つまり、ロケットの素材作成に協力しないという事だ。
「つくよ。リグ」
ゴンドラはゆっくり速度をおとしていく。
柱の壁面を利用して街と街を縦に繋ぐゴンドラは、自動で街の間を上下している。もしも乗降時間内に降りられなければ次の駅まで強制的に連れて行かれてしまうシステムである。
「あ、はい」
勢いをつけて持ち上げた鞄は、随分と重かった。
「すごい久しぶりです。面接以来ですよ」
「風車修理しかしてないからねぇリグは」
「え? 他に仕事あるんですか?」
リグの質問には答えず、メルはあたりを見回す。
風車よりもこの湿気を集めて水を作る集水装置があたりにはたくさん立ち並んでいた。
肌にまとわりつく湿気が余りにも不快で仕方が無い。
「先輩、新人さんって本当なんですか?」
「嘘で一番地の本社まで呼び出さないでしょ……」
「でもこんな時期に……信じられません」
新人は教育が必要になる。現在22番地支店は事務関係の雑務を一手に引き受けるトップが不在だ。全ては代わりにメルが行っている。
ギリギリで回ってる仕事が、新人教育などしたら破綻してしまうことろをリグは心配している。
「ヘイズはバカだからなぁ」
「えぇぇ~」
「信じられないバカだから」
「バカですか……」
「バカだなぁ」
■
可愛い社員達が遠いところからやってくるので、折角だから、と迎えに出たのは失敗だった。
心からヘイズは自分の浅はかさを呪った。
「げ、減俸だけは……。最近バイク買ったばかりで、ローンがですね……」
ベルフレア代表取締役の長女とは思えない発言に、ヘイズは苦笑いを隠せない。
「そうだなぁ……どうしようかな~」
「――バカの上にいやらしいとか、救いがないなヘイズは」
「ぐっ! 言わせておけば」
道すがらヘイズと合流したメルたちは、しっかりと彼に悪口を聞かれてしまっていた。
「ヘイズ社長~。ごめんなさい。ごめんなさいぃ」
「ふむ……そうだな、これからは星をつけて可愛く、ヘイズ社長☆と呼んでくれたまえ! それでチャラだ!」
「バカでいやらしくて、さらに変態の上にセンス無しとか。救いどころか、早く蒸発したほうがいいとおもう」
「メル貴様! いいよわかったよ! お前は減俸だ!!」
「下げてみな。書類の束が本社に届くよ」
「むぐ……」
嬉しそうに。それは嬉しそうにメルが笑う。
「せ、先輩。社長なんですから」
「そうだった、社長だった。バカだから忘れてた。ごめんなさい、ヘイズ社長☆」
「きもっ!」
何かが破裂したような、強烈な衝撃音。
メルの綺麗なストレートが、ヘイズの体を貫いていた。
■
本社の扉を勢い良くあけると、扉の向こうから何かが飛び出してくる。思わず首をすくめたリグの耳に届いたのは声。
「メル~~~! ぶっ」
慣れた手つきで何かを捕まえたメルが、ゆっくりと手を開くと鼻頭を押さえてふらふらと飛び上がってくる妖精。
「ファル、久しぶり。相変わらずカビ臭いねここ」
「そのキモイのが臭いの。中の水くさってんじゃない? ん? なんか薄くなったんじゃない?」
ファルがヘイズの前の前までいってふらふらと見下ろす。
「あぁ、さっき私がふっとばした」
「なるほどね~。ささ、入って入って。バカに出すお茶はないけど、可愛い可愛い社員達には高級なお茶がでるよ~」
「ヘイズ社長㍍はみんなに愛されてますね」
「そうみえるなら、俺のベルフレアさんの評価を考え直す事にするよ。というか、今なんて発音したんだ?」
「ヘイズ社長ξ、ですか?」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! リグくん!?」
「リグそいつはバカだから相手にしなくていい」
「あ、先輩まってくださいよ」
先を行くメルたちを追いかけて、リグはヘイズを置いて走り出す。残されたのはヘイズ一人。幾分薄くなった自分自身を見下ろしながら、情けなさに笑いが漏れた。
ヘイズヘルヘブン本社は、1番地と呼ばれる人が住める上層区の中で一番下層に存在する街に事務所を構えている。
雲海と街の底の高さはほぼ同じで、風に巻き上がった雲が街を覆い白く煙っていた。
霧よりも濃い白で、外に一時間ほどたっていれば体中びしょぬれになるほどだ。水資源の少ないこの柱では、この街は水をくみ上げる井戸のようなもの。
大事にされているものの、人が住む場所ではないと考えられている。
昔に広がった街は既に廃棄され捨てられていた。
いるのは酔狂な人とその人数の倍以上もいる、もののけ達ぐらい。
そんな中にあるヘイズヘルヘブンの本社は、もとはヘイズの持ち家だった小さな物件を改築したものだった。
柱のどこに行っても支社を見つけられるほどには手広く展開している修理業を営む本社とは思えないほどにみすぼらしかった。
「22番地支店の現状は、改善するべきだ」
「必要ない。今の今まで十分にやってるはずでしょ」
「今の今までで限界だ」
「いや限界じゃない! 現状を変えるほうがきつい」
小さな事務所の小さな応接室で、メルとヘイズはにらみ合っている。テーブルを挟んで視線が火花を散らしていた。
「せ、先輩……また、倒れちゃいますよ」
「リグはだまってなさい」
「う……」
「リグちゃんかわいそー」
頭上でちゃかす妖精を払いのけ、メルは静かにヘイズを見据えた。
リグを連れてきたのは失敗だった。
そんな事を思いながら、リグを連れてくるようにいったヘイズの先手に舌打ちをする。
「一応の捜索願いはだした。管理局がまともに動いてくれるとはおもえないが」
「そんな一個人に必死になるわけないでしょ。あいつらはいつだって平等平等っていって何もしないんだから」
「しかし他に頼るところもない。そしてこのままではメルが倒れると判断した。だから新人を入れる」
「いらないって! もう倒れないって」
「そんなに青白い顔していうもんじゃない」
深く息を吐き出しヘイズがソファの背もたれに体を預ける。
「なんで新人いれるのが嫌なんだ。所長の、ベイルの扱いなら何もかわらないぞ」
「これ以上面倒ごと増やされたらたまんないって言ってるだけ。新人の教育はだれがするの? 唯でさえ人手が足りていないってのに新人ほったらかして仕事していいわけ?」
「大丈夫だ、既に経験者だといっただろう。技術的な事を教える必要はない。だからその点はもんだいない」
「そんな簡単な話じゃないでしょ……」
「先輩……本当に大変ならその時に言えばいいじゃないですか。ね? 別に今ここで喧嘩しても意味ないですよ」
リグの言い分はわかる。
わかるが、まるで自分が使い物にならないから新人を入れて補う、そういわれてる気がするのだ。思わず口をかみ締めメルは俯いた。
役立たずといわれるのは、度し難い屈辱だ。
「ねぇ? ヘイズ社長ω」
「だから、それはどうやって発音してるんだ!」
「もういいじゃん、ヘイズ。とりあえず紹介しようよ。ずっと待ってるよ?」
「あ、そうだった。はいってきてくれ、ニノ君」
ヘイズの背後に向かって飛ばした声にあわせて、がちゃりと部屋の奥の扉が開いた。
「……わぁ」
思わずリグがため息を漏らす。
人、であろうか。年は10代前半もいかないだろうか。整った顔に、驚くほど白い肌。
「ヘイズ、自警団に自首するなら付き合うよ」
「え、えぇ!? ヘイズ社長▼、さすがにそれは……」
「うおおい! なんか良くわからない勘違いするな!」
「社長ってそういう筋の人だったんですね。あ、水棲族だから性別はないのか。で、もショタは……」
「付き合い古いけど、これは引く……」
ヘイズから体を引きながら、メルとリグは汚らしい物を見るようにヘイズを見る。
「ほんと、ヘイズって変態だよねぇ」
「うおい! メル達はいいけどファルは何言ってんの!?」
「いいの?」
「いいんですか?」
「うおおお! ちくしょーー!」
ようやく落ち着きを取り戻したヘイズの横に、ニノと呼ばれた少年が座っていた。
「絵になりますねぇ」
「リグって結構面食いだよね」
「え? そんなことないですよ~。でもヘイズ社長£と、ニノ君が並ぶとこう。ねぇ?」
ヘイズはもとより、ニノの容姿はそういわれても仕方ないほどに美しかった。無表情のような彼の顔がまたそれを引き立てている。
「いや~照れるなぁ」
「照れるな作り物」
ヘイズの頭の上にとまっていたファルが、小さいその手でぱちりと彼の額を叩く。
「っく! ファル貴様……!」
「……ニノです。勤めていた修理屋の取締役が事故で亡くなりまして。貯金も少なくなったのでこちらに。ある程度の作業はできますが、ブランクがあるので最新の物はすぐには触れないとおもいますが、よろしくお願いします」
いっこうに紹介してもらえないので、仕方なくといったかんじでニノが目の前に座る二人に挨拶をした。
「あ、あぁ。よろしく。22番地支店のメルと――」
「リーズフリオです」
あわてて二人が頭を下げる。
「リーズ……あなたがベルフレアの」
はじめからヘイズに聞いていたのか、少し目を開いたぐらいで、彼に表情の変化は殆どなかった。だが、少なくても表情がまったく無いというわけではないようだ。
「あまり家のことは気にしないでね。絶縁したわけじゃないけど、関係は本当にただ実家ってだけなの」
「は……はぁ」
「ファル、社則とかはもう伝えてあるんでしょ?」
「もっちろーん。この有能美妖精のファルちゃんに抜かりなんかないのです!」
「そう、よかった」
「ん? いいのか? ずいぶんあっさり認めたじゃないか」
ヘイズが顔を上げてメルを見る。彼女の表情はいつもどおりで感情は読み取れなかった。
「人手が足りないのは事実。それに、久しぶりにみたから」
首を傾げるリグ。
「あぁ。さすがに気がついたか……。ま、そういうこともあるんで、君のところしかダメなんだ。宜しく頼む。さぁ、面通しはおわりだ。今日はお疲れ」
「あの、先輩?」
「さ、私達も帰ろう。じゃ、ニノこれから宜しく」
「はい。宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げるニノを、少し睨むような目で見ているメル。リグの問いかけは、答えを得られないままゆっくり霞んでいく。
ようやくひと段落ついて、メルとリグはニノを連れて支店に戻ることになった。
「また来いよメルー」
「失礼します、ヘイズ社長Ω」
「待つんだ、リグ君! だからどうやって発音してる!」
「かっこいいねそれ」
「ヘイズ社長∬」
「改名したら?」
メルの笑い声につられ、ファルがヘイズの頭上でケタケタと笑う。
「発音できるかーー!」
■
結局、ニノは22番地支店の新人になった。
メルは最後に確認するように、ヘイズに「私は断ったから。それだけは覚えておいて」とつぶやいた。
「よろしくね、ニノ君」
「よろしくお願いします」
リグは思わず頭をなでる。
色の薄い彼の髪の毛は、まるで女の子のようにふわふわでこれが若さなのかと衝撃を受けた。
「いつまで頭なでてるの。弟でも子供でもなくて、同僚なんだからやめなさい」
メルに言われてようやく手を離すリグ。
「じゃぁ明日から通常通りにきてね」
「わかりました」
そういって彼は、家が近いからといって9番地で降りていった。
「不思議な子ですねぇ」
「そう? そうかもね」
ゴンドラはゆっくりとあがっていく。日が暮れ始めた雲海の境界線は、真っ赤に染まり目を細めるほどにまぶしかった。
もう巨大風車の羽は見えない。だけど、羽が目の前を通るあの大きな音だけがまだ耳にこびりついていた。




